美味しいチャーハンを作るあの人を推す

日諸 畔(ひもろ ほとり)

チャーハンを食べに行く女子高生

 私は密かに推しているものがある。毎週土曜日のランチタイム、この瞬間は今や生きがいといっても言い過ぎではないはずだ。


 家から自転車で四十分ほど走った先にある中華料理店。私の土曜日はここのために存在している。高校二年女子の私が、はるばるやって来るのには深い理由があるのだ。

 目的は、とても美味しいチャーハン。ではなく、それを作るあの人を見るため。詳しくはわからないが、家の手伝いをしているのだと思う。しばらく通った結果、導き出した結論だ。


 着席するのはもちろん、厨房がよく見えるカウンター席。もはや常連となっている私は、セルフサービスの水を滑らかにコップへと注いだ。

 きっかけは去年の夏、家族でたまたま入ったこの店で、チャーハンを食べたことだった。

 当時の私は、涙を流しそうになるくらいに感動した。チャーハンの味に。父、母、弟がドン引きしていたのは秘密だ。

 こんな素晴らしいチャーハンを作るのはどんな人だろうと、失礼にも厨房を覗いたのがいけなかった。よかったのかもしれないけど。


 そこにいたのは、大学生くらいの女の人だった。

 すらっとしているのに、力強く中華鍋を振る手つき。たまに見える汗ばんだ凛々しい横顔。揺れるポニーテール。私は彼女に一目惚れした。

 もちろん恋愛的な意味じゃなくて、推しって意味で。女同士の恋愛なんて、私には考えられない。いや、でも悪くない気もしてきた。


「いらっしゃい、いつもありがとうね」

「ランチのチャーハンをお願いします」


 注文をとりに来たおばさん、いや、もうお義母かあさんと呼んでしまいたい方へ一言。


「チャーハンひとつねー」


 お義母さんは元気に厨房へと声をかけた。


「はーい」


 奥からちょっと低めの返答。この声もたまらない。私は斜め後ろから、彼女の姿を見つめる。

 リズミカルに振られる鍋と、宙を舞うご飯。あれは、この世でただひとつ、彼女が私のために作るチャーハンなのだ。そう、私の、私のため。


「うーい」


 あんまりやる気が感じられないのも素敵。何から何まで素敵。


「はい、おまたせ」

「ありがとうございます」


 お義母さんが私のところにチャーハンを持ってきてくれる。

 香ばしい香りが鼻をくすぐる。見た目からわかるご飯のパラパラ具合。たくさん入ったチャーシューの茶色と、ネギの緑、卵の黄色が色鮮やかに輝いていた。


「いただきます」


 レンゲを片手にチャーハンをすくい、口に運ぶ。一瞬にして私の世界がチャーハン一色に変わった。

 複雑に絡み合った風味が、油でまとめられ踊り狂うようだ。味も食感も素晴らしいとしか言いようがない。

 私の手は規則的に動き、レンゲを上下させる。表面的な意思は関係ない、これは本能なんだと思う。


「ごちそうさまでした」


 悲しいことに、幸せな時間は長くは続かない。チャーハンのなくなった皿は、私の胃袋とは反対に空っぽだ。

 あの人は他の人のチャーハンを作っている。私以外の人にも作るんだ。仕方ないのはわかっているけど、どうしてもヤキモチを焼いてしまう。チャーハン、つまり焼き飯だけに。

 あ、今のは聞かなかったことにしてください。


 名残惜しいけど、食べ終わったのにあまり長居しては迷惑になる。私はお金を払うため、席を立った。


「あー、ヨウコ、手が離せないからレジお願い」

「うーい」


 ヨウコって言うんだあの人。名前を知れたなんて、今日はとても良い日だ。記念日にしよう。

 いやいや、待て、待つんだ私。その前にあの人、ヨウコさんがレジだと。それは大丈夫か、大丈夫じゃない。

 あわわわわわわわ。


「六百八十円になりまーす」

「あ、はい」


 慌てて財布から千円札を取り出す。初めて会話しちゃった。


「よく来てくれるよね」

「へ?」


 まさか話しかけられるなんて。私の存在を知っていたなんて。ただでさえ真っ白だった頭が、さらに白くなる。これが虚無というやつか。


「チャーハン好きなの? はい、おつり」


 そう、大好きなんです。あなたのチャーハン。そのおつり、洗わないで家宝にします。

 混乱した私は、おつりを渡そうとしたヨウコさんの手を握っていた。いったい何をしているんだろう。


「あ、あの、好きです」

「は?」


 そして、主語のない告白をしていた。


「えーと、悪い気はしないけど、お友達からでもいい?」 

「え? え?」


 私の推し活は、次のステージを迎えたようだった。

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美味しいチャーハンを作るあの人を推す 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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