魔王を倒した日

甘木 銭

魔王を倒した日

 その日、世界を混沌に貶めた魔族の長・魔王が討伐された。


 数々の魔物を倒して魔界に踏み入り、王の首級しるしをあげたのは、勇者と呼ばれる一人の青年であった。


 その勇者の名は「ミヤモト」。

 異世界より召喚された、一見穏やかな印象の男だった。


「あー……これでやっとまともに眠れる……」

 ミヤモトは、その日のうちに魔界から脱出し、転移ゲートで王都まで戻っていた。


 彼が帰った頃には日はすっかり暮れていたが、王都の人々はそれぞれに明かりを掲げ、ミヤモトを歓迎した。

 彼は王城に招かれ、国王や大臣から大々的に称えられた。


 そこには、姫との婚約という定番のおまけも付属していた。


 しかし、肝心のミヤモトは終始浮かない顔をしていた。


「すみません、せっかくなのですが、少し疲れていて……」

 夜通し続けられるかと思われた宴会も、ミヤモトの一言で早々に解散されてしまった。


 しかし、それに不満を漏らす人間は一人もいなかった。

 なにせ彼は、数か月一人で旅をつづけ、戦いばかりの生活に身を置いていたのだから。


「さあ、もうひと踏ん張りだ。もうひと踏ん張りで、数か月ぶりに……」

 彼のために用意された特大の最高級ベッドの上で、彼はそう呟いた。


 張りつめていた緊張の糸が緩んだのか、彼はベッドの上に寝ころんだ途端、倒れるように意識を手放した。





 彼は、ベッドの上で目を覚ます。

 しかしそれは、先ほどまでのふかふかとした高級ベッドではない。


 質素な宿屋の、足を延ばせないほど小さなベッドだ。


 起き上がってカーテンを開けると、かなり遠くではあるが、魔物が歩き回っている様子が確認できた。


「期待してたわけじゃないけど……やっぱりあっちの魔王を倒しても解放されないんだな」

 そこは、相変わらずの異世界であった。


 しかし、さっきまでと同じ世界ではない。

 更に違う異世界である。


 ミヤモトは、二つの異世界で、同時に勇者として存在していた。


 世界を跨ぐスイッチは睡眠である。

 片方の世界で床に就くと、もう片方の世界で目覚めるのである。


 もちろん寝ている時間と起きている時間は同じではないから、時間はめちゃくちゃに歪んでいる。


 おかげで一日二十四時間のサイクルがめちゃくちゃになっている。

 しかも、寝ている間に体が休まっても、心は休まらないのだ。


 何故そんなことになったのかは分からないが、数か月前からずっとこんな生活が続いている。


 ミヤモトは既に元の世界に帰ることなどは諦めていた。

 ただ、いまは良質な睡眠と休息が欲しい。

 彼の精神はもう限界だった。


「うおおおおおおおお!!!」

 魔王との戦いによる疲労を無理矢理に黙殺し、ダンジョンを攻略する。


 二つの世界で同時に鍛えた総研の技術に、休息を求める激しい感情を乗せる。

 その剣を受けては、ダンジョンボスの魔物など瞬殺だった。


 ミヤモトは次の街に進み、宿屋のベッドにもぐりこむ。


 実は、彼には密かな期待があった。


 もう一つの世界では、すでに魔王は倒された。

 ならば、もう自分があちらの世界に行かなければならない理由も無いはずだ。


 自分が次に目を覚ますのは、こちらの世界ではないか。

 久しぶりにまともに寝られるのではないか。


 仮にあちらの世界に行くことになっても、もうすでに平和になっているのだ。

 一日中最高級ベッドの上に寝ころんで心の休息をゆっくりとることが出来るだろう。


 その期待があったからこそ。

 その為にこそ、恐るべき速度での魔王討伐を成し遂げたのだ。


 次の宿屋のベッドも狭く硬かったが、もはやそんなことはどうでもよかった。

 彼が今欲しているのは体の休息では無いのだから。





 次に目が覚めると、彼はふかふかのベッドの上にいた。

 なるほど、異世界往復生活はまだ続くらしい。


 少し残念には思ったが、一日中この広いベッドの上でごろごろしていられると思うと悪くはない。

 元の世界でも、仕事が無い日は昼までこうしてダラダラと過ごしていたものだ。


 しかし、なんだか部屋の外が騒がしい。

 それに、悲鳴のような物も聞こえる。


 仮にも勇者なので、放っておくことはできないか。

 それに、平穏を手に入れたミヤモトには心の余裕があった。


 何かもめごとが起こっているなら、颯爽とそれを解決して、華麗に二度寝を決めるのも悪くない。


 彼は寝巻の上に適当なものを羽織って、部屋を出た。

 すると、彼の姿を見つけた兵士が、バタバタと彼の元に駆け寄ってきた。


「勇者様! 大変です!」

 それを聞いた途端、ここ数か月の間に鍛えられたミヤモトの、いわば勇者の勘とも言うべきものが危険を知らせた。


 しかしだからと言って逃げる訳にもいかず、ミヤモトは王の元へと引っ張られて行ってしまう。

 そして、そこで王からつげっれた言葉は、ミヤモトを絶望のどん底に落とした。


「新たな魔王が誕生したらしい」

 王は、重苦しくそう呟いた。


 ミヤモトは泣いた。

 しかし、涙は誰にも見せなかった。


 部屋に戻った彼は装備を整え、即刻転移の魔法で最前線の街へと跳んだ。

 そこから全力で走り、魔界まで乗り込んでいく。


 その様子を見た王国の人々は、すぐにでも魔王が倒されることを期待した。


 勇者ミヤモトの、二足のわらじ生活はもうしばらく続く。

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