ブラディー・アリス――二刀流少女剣聖は憂鬱です。

わら けんたろう

第1話

 リィーン。


 ――ヌシさま。右から七人くるよっ!


 リィーン。


 ――主殿あるじどのっ! 左です。左から五人きます。


 薄暗い森の大木の陰から、剣やハルバート、槍などを手にしたガラの悪い男たちが現れて、私を取り囲んだ。


 思わず「またか」とため息が出た。


 私の名前はアリス。

 アリス・バトラー。アルメア王国の冒険者ギルド「ギルド9625」に所属する新人冒険者だ。もうすぐ十六歳になる。


 黒猫紳士っていう人物からの調査依頼で「竜人の国」へ向かう途中だ。なんでも、竜人の国の商人と取引関係を結びたいらしい。

 「竜人の国」は、アルメア王国から隣国ベナルティア王国へ入り、ベナルティア王国を横断して、さらに東にあるという。


 ちょっと長い旅になりそう。


 いま私がいるのは、アルメア王国とベナルティア王国との国境付近。

 人の往来がほとんどない薄暗い森の中の道を歩いていたら、どうやら盗賊どもにからまれた。


「女冒険者か。うへへへへ、まだガキっぽいが、いいタマじゃねぇか」


「うひょー、白金髪女、たまんねー!」


「まずはオレ達で楽しんでから、売り飛ばそうぜ」


 ベナルティア王国の国境警備は、一体どうなっているのだろう?

 数年前にアルメア王国軍の奇襲を受けて、手ひどくやられたと聞いたことがある。けれど、こんな奴らを野放しにしておくほど、この国は弱体化しているのだろうか。


 山賊、盗賊にからまれたのは、今日はこれで三度目だ。


 盗賊たちは、値踏みをするような下卑た目で私を見てへらへらと笑っている。ズボンをグイっと上げて、舌なめずりしている男もいる。


 キモイ。


 背後にいた男が近づいてきた。

 イヤな視線を感じる。


 男の視線が、私の胸、おしり、腰を這う。

 そして私の腰に佩いている剣を覗き込んだ。


「おいおい、一丁前に剣を二本も差しやがるぜ。ヒャハッ」


 私は視線を正面に向けたまま。この男には一瞥も与えない。


 男が私の剣に手を伸ばす。


 ――リリーン。


 剣の鞘の先についた小さな鈴が鳴る。

 

 男は断末魔の声を上げることもなく崩れ落ちた。

 その身体から噴き出した血飛沫が、私の頬を濡らす。


「キモイ手で触らないでくれる?」


 私の右手には神剣「天羽々斬あめのはばきり」。男が手を伸ばしてきた瞬間、私は左の腰に佩く剣を抜いて薙いでいた。


 ――まぁまぁの振りです。少し力みましたね。


 右手の神剣「天羽々斬あめのはばきり」の指導が入る。


 神剣は、ヤマト王国で鍛えられたという不思議オカシな剣。人の手をわたってあるじを探して旅するらしい。神剣にあるじと認められた者だけが、剣を鞘から抜くことができる。


 ――いつも、言っていますよね? 真綿でくるむように柄を握るのです。


 そして、あるじだけが神剣の「声」を聞くことができる。剣と対話できるのだ。


 話だけなら、とても素敵な剣だ。私も「なんて素敵な剣だろう。剣と対話できるなんて夢みたい」、そう思っていた。実際に神剣を手にするまでは。


 ――ヌシさま、左からもきたよっ!


 右の腰に佩いている神剣「天尾羽張あめのおはばり」の声がした。


「このメスガキ、斬りやがった」


 仲間を斬られて怒ったのか、三人の盗賊たちが左側から剣を振り上げて襲い掛かってくる。


 私は盗賊たちに向かって、一歩踏み込んだ。

 ぐるんと、周りの景色が左向きに回転する。


 ――リリーン。


 私の背後で、ドサドサッと人の斃れる音がした。


 右に佩いた神剣「天尾羽張あめのおはばり」を抜いて左に薙いだ私は、そのまま左にくるりと廻り、その勢いを利用して右手の「天羽々斬あめのはばきり」を袈裟懸けに振っていた。


 背後を一瞥すると、三人の男が折り重なるようにして倒れている。


 ――もぉ、そんなに乱暴に振り回さないでよー。


 ――踏み込みが浅いですよ。主殿あるじどの


「……」


 私は両手の剣を握り締め、わなわなと肩を震わせた。

 一瞬にして、四人の仲間を斬り伏せられた盗賊たち。彼らの目つきが変わる。

 

 けれど、いまごろ目つきを変えても、もう遅い。

 というか、目つきが変わっても彼らの運命は変わらない。


「こ、このガキがぁ! 痛い目に遭わせてやるぜ」


 ――主殿あるじどのっ、「風」の方向(筆者注――2時の方向の意)から二人来ます!


 ――ヌシさまっ、「水」の方向(筆者注――6時の方向の意)からも!


 つぎつぎと盗賊たちが、私に襲いかかる。

 彼らの剣撃をひらりひらりと躱して、私は盗賊どもを斬り伏せる。


 ひとり、またひとりと斬り伏せるたびに、鮮血の雨が降り注いだ。


 ――前方斜め133°から槍の男が接近!


 ――明後日の方向から、きてるよ!


 ひゃ、133°って……。

 明後日の方向って、どこ!?


 ――つぎは、左方向の敵から殲滅しましょう。


 ――いやいや、ここはいったん後方に引いて、間合いを取らないとっ。


 ――ダメです。左です。


 ――アホか、後方よ。


 ――は? ふざけんな。左です。


 ――ナマクラが何言ってんの? 後方っ!


「ああ、もう、うるさい、うるさい! 全然、集中できなーい!」


 最後のひとりを斬り伏せながら、私は怒鳴った。

 そして、ふーっ、ふーっと肩で息をしながら両手の剣を睨む。


「あ、あなたたち、叩き折られたいの?」


 ――ぬ、ヌシさま、血塗れ。……笑ってる。


 笑っている?

 どうやら、私は笑っているらしい。


 そして気が付けば、盗賊どもの返り血を浴びて全身血塗れだ。


 ――こわっ、主殿あるじどの、顔が怖いです。

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ブラディー・アリス――二刀流少女剣聖は憂鬱です。 わら けんたろう @waraken

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