エッケの祈り屋、ハーファの呪い屋

ひゐ(宵々屋)

エッケの祈り屋、ハーファの呪い屋

 祝福が欲しい? あるいは、病を治癒してほしい?

 誰かを呪ってほしい? あるい、病にしてほしい?


 それなら『アプ・コリフ』の湖にあるお店に行ってごらん。


 昼は祈り屋。魔法使いエッケが「祈りの右手」で祝福を与えてくれるよ。


 エッケは天才魔法使い。どんな傷も病も、その手で撫でただけで治してくれるよ。

 奇跡を起こす魔法薬だって、その右手の魔法で作り出せるんだ。


 夜は呪い屋。魔法使いハーファが「呪いの左手」で呪詛を与えてくれるよ。


 ハーファは天才魔法使い。呪いたい相手を言えば、その手一振りで苦しめてくれるよ。

 一滴で人を殺すことのできる毒だって、その左手の魔法で作り出せるんだ。


 ――もし、昼も夜もお店に行ったのなら、わかるかもしれないね。

 昼も夜も、そのお店の『店主』は同じ顔をしていること。同じ人物であること。


 エッケとはハーファであり。

 ハーファとはエッケであること。


 けれども同じ魔術師とは、簡単には言えないんだ。

 本来どちらかしか持つことのできない「祈り手」と「呪い手」、その両方を持っているからね。



 * * *



 ある日の夕方のこと。

 お店が「祈り屋」でも「呪い屋」でもない時間。


 一人の男が、その店に殴り込んできました。


 店内の掃除をしていたのは、緑のローブの青年。その緑色は、薬草の緑色でしょうか。毒草の緑色でしょうか。

 箒を手にした彼の右手には、白いリング。左手には黒いリングがありました。


「まさか本当に生きていたとは」


 店に入ってきた男は、恐ろしい足音を響かせて『店主』に迫ります。瞳をぎらぎらと輝かせ、まるで肉食動物のようです。ものが多い店の中、床に置かれた小瓶を蹴散らし進んできます。


「エッケ……いや、ハーファか? 何にせよ、この俺が、片方を殺し損ねていたとは」

「――ああ、あなたがあの時、僕を殺そうとした人か」


 対して『店主』は、涼しい顔をして、緑の目を細めます。


「いや、僕を殺した人か」


 ――かつて、天才魔法使いといわれた双子、エッケとハーファは、恐ろしい魔法の餌食となりました。


 一体誰による魔法だったのか、どうしてこんな仕打ちを受けたのか、二人にはわかりませんでした。

 わかることは、それが本当に恐ろしく、暴力的な魔法だったこと。

 痛みを感じさせる間もなく、存在を吹き飛ばしてしまうかのような魔法。


 ……そんな魔法を受けたのならば、本来生きているはずがありません。

 男は『店主』に、手を構えます。


「エッケでもハーファでも、どちらでも関係ない……とにかくお前の存在は邪魔なのだ。お前のように才能のある魔法使いがいては、俺のような魔法使いが困るのだよ」


 しかし、そこで男は考えます。


 店主の右手は間違いなく「祈り手」。

 店主の左手は間違いなく「呪い手」。


 両方が一人の人間に備わるはずがありません。片方の力しか、人間には宿らないのです。それがこの世界の掟なのです。


 ではこの『店主』は一体何者?

 エッケか、もしくは、ハーファか。

 あるいは。


「ちょうどよかった、僕もそのうち見つけ出さないとって、思ってたんだよ」


 男が魔法を放つその前に。


「僕の兄弟を殺した人をね」


 『店主』の足元が輝いたかと思えば、その姿は男の背後にありました。


「……いや僕を殺した人だったかな。ごめんね、僕がどっちだか知りたかったかな。でも、僕自身でもちょっとよくわからないんだよね」


 『店主』の「祈り手」の右手には、エッケの愛した銀の長剣が。

 『店主』の「呪い手」の左手には、ハーファの信じた漆黒の短剣が。

 それぞれの切っ先が、男の首を狙っていました。


 すかさず男は動きます。瞬間移動魔法で素早く移動し、死の魔法を放ちます。


 けれども、エッケの聖なる長剣が、恐ろしい魔法を断ち切りました。

 そして、ハーファの短剣が、おぞましい力を帯びて男の胸を貫きました。



 * * *



 残念ながら、その日の夜、お店は開けませんでした。

 その次の日のお昼も、お店は閉じたままでしたが、夕方になり『店主』は一日ぶりに店を開けることにしました。

 ようやく片付けが終わったのです。


 店の外に出て、腕を上げて伸びをすれば、両手首のリングが夕日に輝きます。


 左手の黒いリングが揺れます。


「ねえエッケ、あれは、いい人だったのかな。誰かを救うために、行動したのかもしれないよ」


 右手の白いリングが揺れます。


「ねえハーファ、あれは、悪い人だったのかな。単純に僕達が憎くて行動したのかもしれないよ」


 朝焼けにも見える夕焼けの中、立っている人影は一つだけです。


「数にはいれないでおこうか、話を聞けばよかったね」

「それにしても難しいね、いい人と悪い人、どちらが多いかなんて。いまのところ、どっちもどっちじゃないか」

「でもいつの日にか、君との賭けが終わる日が来る、そうだろう?」


 『店主』は、間違いなくエッケであり、同時に、間違いなくハーファでもありました。


 ――かつて、天才魔法使いといわれた双子、エッケとハーファは、恐ろしい魔法の餌食となりました。


 一体誰による魔法だったのか、どうしてこんな仕打ちを受けたのか、二人にはわかりませんでした。

 わかることは、それが本当に恐ろしく、暴力的な魔法だったこと。

 痛みを感じさせる間もなく、存在を吹き飛ばしてしまうかのような魔法。


 ……それによって、身体も魂も半分を失うほどの大怪我を負い、死にかけましたが。


 エッケによる祝福か。

 ハーファによる呪いか。


 二人は一人になることにより、生き残ることができたのです。


 瀕死によるショックにより、どちらが魔法を使ったのかなんて、憶えていません。

 どちらの身体をベースにしているのかも、わかりません。

 記憶も曖昧。自分はエッケだった気がしますし、ハーファだった気もします。


 けれども難しいことを考えるのはやめました。

 兄弟がここにいる。それは確かなことでしたので。


 『店主』は、今日も客を迎え入れます。


「人間は、きっと善い生き物だよ。他人を思いやれるようにできた生き物さ」

「人間は、きっと悪い生き物だよ。他人を憎むようにできた生き物さ」


 昼には「祈り屋」として右手を使い。

 夜には「呪い屋」として左手を使い。


 祈りを求める善良な人々の方が多いのか、呪いを求める不良な人々が多いのか、世界を見ながら。


【終】

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