復仇の双刃
いち亀
仇を地獄へ、極楽の君へ
とある群雄割拠の乱世、その片隅。
*
「わざわざ見てこいって・・・・・・あの
面倒くさそうに語るのは、
「まあまあ旦那、こういうところで真面目にやるのが贔屓への近道じゃないですか」
槍で茂みをかき分けながら馬介を宥めるのは、
馬介が率いる十人の組、そのうち三人が見張りから戻ってこないのだ。敵地からは遠いので火急の事態でもないのだが、馬介たちの頭である
「しかし旦那、なんであっしだけなんです? 他の奴も呼んでくれば楽でしょう」
「あいつらは信用ならんし、嫌われてるのが明白だからな。闇に紛れて背後から斬られかねん、お前が一番安心だ」
「おお、そりゃ有り難きお言葉」
「それに、この辺には黒瀧の忍が出る。腕の立たん者を連れてきても足手まといだ」
「しかし忍といったら、こういう木陰に――」
四郎の軽口に答えるように、近くの茂みがカサカサと音を立てる。
「構えろ」
「はっ」
一瞬で気を引き締める二人。四郎が槍を構えて茂みを探り、馬介は打刀を抜いて背後に備える。ゆっくりと進むこと、数歩。
「――きゅう?」
茂みから顔を出したのは狐だった。拍子抜けして、二人とも笑い出す。
「お前の仕業か! こいつ、食ってやろうか」
おどけて狐へ叫ぶ馬介と、それを笑っている四郎――の喉元から、刃。
「――四郎!」
「 」
声にならない叫びを上げながら、四郎は倒れ込む。背後に立っていたのは、黒装束の小柄な人間。
「おのれぇ!!」
馬介はすぐさま斬りかかる。しかし黒装束の忍びは、滑るように後退。間合いを空けて、両者は睨み合う。
「貴様・・・・・・黒瀧の忍びか」
忍びは答えない。だが、黒衣の間から覗く目元は、明らかに大の男のそれではなく。
「もしや
女、それも子供となると、さすがに躊躇う。しかし奴は、卑怯な不意打ちで仲間を殺したばかりだ。
「今すぐ得物を捨てよ、ならば命だけは――」
馬介が言い終わらないうちに、忍びは短刀を突き入れてきた。それを打刀で防ぎ、馬介は迷いを捨てる。
「覚悟しろ、外道!」
恥知らずの曲者、絶対に逃がさない。しかし相手は黒瀧の忍び、生け捕りにすれば我が軍にとって大きな利である。討たれた四郎のためにも、武者としての意地を見せるときだ。
忍びは正面から打ち合おうとせず、小刻みに動いては隙を伺ってくる。こちらから斬りかかるのを躱し、懐から刺す腹だろう。
そこで馬介は、右手のみで打刀を持ち、左手で脇差を抜いた。
武者同士の斬り合いでは、両手で刀を支えねば打ち負けることが多い。しかし、短刀や鎌で襲ってくる曲者に対しては、二刀の構えで守りを固めつつ斬り捨てるべき――というのが、剣術の新たな定石となりつつあった。それに習い、脇差しをかざして中段を守りつつ、打刀を上段に構えて忍びに詰め寄る。
忍びは左から仕掛け、馬介が応じると同時に右手の打刀を狙う――それも読めていた、打刀を振り下ろす。それを忍びは短刀で受けたが、力の差は明らかである。大きな隙を晒した忍びの右腕へ、脇差しを突き入れる。
「ぐうっ!!」
やはり女子の声。利き腕を刺された忍びは、短刀を取り落としてうずくまる。
勝負はついた。相手が侍なら介錯するのが努めだが、この忍びは味方に見せなければならない。
「大人しくせい、貴様はこれより我が軍の――」
言いかけた馬介を激痛が襲う。腿に、刺さっている。
*
忍びの女子――
「おらおら」
続いて脇。甲冑の隙を短刀で裂いていく。
「おらおらおら、痛いか」
締めに、股間。男の急所を念入りに刺す。息も絶え絶えに倒れ込む武者を、しばらく眺める。
首を掻き切ってやれば、奴は楽になるだろう。
だがそれでは、ぬるい。苦痛に悶える姿を、よく目に焼き付ける。芙束だって腕を刺されているが、痛みを鎮める粉を予め含んでいたので、おかしくなるほどではない。
痛み止めに付きものの、夢を見るような心地に包まれながら、芙束は語りかける。
「見てるかあ、
武者が苦しむのをもう少し見ていたかったが、芙束も早く休みたくなってきた。首の骨を蹴り砕いて、懐を探る。陣の様子を記した図、これは良い収穫だ。
ふらふらと山道を引き返し、仲間の忍びたちの元へ戻る。
「芙束、戻りました」
「おう、お疲れさん。首尾は」
「兵を四、武者を一、殺して参りました。武者が持ってた文、これです」
忍びの親方は、芙束の戦果に満足したようだった。
「よくやった。傷は?」
「もう血は止まりました、明日には傷も塞がるかと」
「そうか・・・・・・しかし芙束、いくらお前の治りが早くても、片腕を囮に使い続けては保たないだろう」
「戦いが下手なもので。こうでもして油断させないと難しいのですよ」
「そうか・・・・・・まあいい、もう休め」
「はっ」
仲間の忍びと挨拶を交わしつつ、芙束は寝床へ。
二振りの短刀を手入れしながら、友の名を呼ぶ。
「葉澄、極楽はどうよ? 芙束の仇討ち、ちゃんと見てるかよ?」
芙束と葉澄の血を吸った二刀。葉澄の仇を、殺し続けてきた二刀。
その始まりを、芙束は片時も忘れていない。
*
芙束と葉澄は、のどかな農村に生まれた平凡な女子たちだった。
五年前、二人が十三歳を迎えた頃。尾我氏の兵たちが略奪に来て、全てを壊していった。
収穫目前の稲は根こそぎ刈られ、家々に蓄えてあった米や野菜は全て奪われた。抗った者はその場で殺されたし、他の男や年寄りはまとめて焼かれた。女と子供が集められ、兵たちは誰を攫っていくかの話し合いを始めた。
父も兄も友も殺され、芙束は呆然としていた。そうしているうちに、何人かの兵が芙束を囲み、着物を剥ぎはじめた。男たちに犯されると分かって、はじめて泣き叫んだ。しかし、いくら叫んで暴れても、兵たちはびくともしない。
そこで動いたのが葉澄だった。葉澄は、芙束の裸に気を取られていた兵の短刀を奪い、芙束に群がっていた兵たちへ襲いかかった。
誰にでも優しく笑みを振りまいていた葉澄は、鬼の形相で暴れ、何人もの兵に傷を負わせた。しかし、すぐに彼女は組み伏せられた。
怒りに染まった兵たちは、葉澄を丸裸にし、じっくりと痛めつけていった。すぐに息絶えることもできず、血にまみれながら悲鳴を上げ続ける葉澄を、押さえつけられた芙束はずっと見ていた。
やがて芙束は短刀を持たされ、葉澄の前に立たされた。友なら楽にしてやれと言われた。
葉澄にとどめを刺すべきか、それとも敵に抗うべきか。芙束は迷い続け、どちらの恐怖にも勝てなかった。業を煮やした兵たちは、二人の腹に短刀を突き立て、他の女を攫っていった。
痛くて、寒くて、悔しくて。
震えながら、芙束は葉澄の手を取った。ここで死ぬしかないなら、せめて葉澄のそばにいたかった。
薄れゆく心地の中で、二人は口づけを交わした。それが二人にとって一番に幸せな触れ方だと、初めて気づいた。
そのまま二人は息絶えた――はずだった。
芙束は生き残った。芙束は、深手の傷だろうと治してしまう力の持ち主だったのだ。
村の焼け跡に来た黒瀧忍軍に拾われ、芙束は忍びとして生きることになった。芙束のような珍しい力を持った者たちも、忍びには多くいた。皆、憎しみを燃やして戦っていた。
芙束が殺しに使っているのは、芙束と葉澄の腹に刺さったままだった二振りの短刀だ。
この力でも治せない傷で命を落とすまで、できるだけ多く、仇の兵たちを殺すと決めていた。それだけが生きる道だった。
それでも、今でも夢に見る。
葉澄と笑う、葉澄と駆ける、葉澄を抱きしめる。
それだけが日々の全てで、幸せの全てだった、遠い日々を。
復仇の双刃 いち亀 @ichikame
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