どこかの辺境剣士団の二刀流剣士の話

月影澪央

序章

 ここは沢山の魔物が暮らし、人間がほとんど住まない辺境。


 剣や魔法が存在するこの世界で辺境剣士団で剣士をしている二級貴族の小泉こいずみ凱矢ときやは腰の左右に一本ずつ剣を提げ、一つ年下の後輩剣士である一級貴族の水風みかぜ波瑠人はるとと、辺境剣士団の仕事の一つである辺境の見回りをしていた。


 今二人が見回っているのは、いつ戦争が起こってもおかしくない隣国から入ってくる魔物、『悪性魔物』がこちら側に入ってきていないかということ。

 元々この国に生息する魔物、『良性魔物』に関しては何も気にしていない。


 仮に見つければ、本部に連絡の上で討伐を開始する。そのつもりで二人は辺境の担当地域を回っていた。


「波瑠人、なんか今日おかしくない?」

「そう……ですね。魔物たちの様子が……全然違う」


 良性魔物たちが、今二人が向かっている方向から逃げてくる様子が見てわかる。


「何かいるのか……? 今日は」

「ぽいですね」

「ちょっと急いでみよう」

「わかりました」


 そして二人は良性魔物たちに逆行するように走って向かって行った。



「おいおい……」


 見つけた魔物のその姿を見て、凱矢はそう呟いた。


 その魔物の姿は二本足で立つ巨大な狼のようだった。どう見ても良性魔物にはいない姿だった。突然変異の可能性もあるが、突然変異にしては変異しすぎだった。


「どう思う……? 波瑠人」

「この国にはいない。発見済みの悪性魔物のリストにもない。恐らく、隣国向こうで作られた悪性魔物だと……」

「作られた、か……大分やってきてるな」

「ですね……」


 二人は情報を知ったうえで身構えた。


 凱矢はその魔物のことを睨む。悪性魔物は凱矢のことを睨み返す。

 そんなことをしている間に、波瑠人は剣士団の本部である王国剣士団に連絡を入れていた。


「波瑠人、」

「許可出ました」

「おっし……」


 凱矢は右と左に提げていた剣に手を掛けて左足を引き、低い体勢に屈む。


「波瑠人、いつも通り情報収集頼んだよ」

「はい」


 凱矢は波瑠人にそう指示を出し、一気に魔物に接近した。


 魔物は向かってくる凱矢を捕まえるような動きを見せたが、そんなので凱矢が簡単に捕まるわけも無く、あっという間に魔物との間合いを詰め、瞬発的に二本の剣を同時に鞘から引き抜いて下から上に×印を描くように魔物の腹あたりを切り裂いた。


 魔物は急いで後ろに跳んで凱矢との距離を確保する。


 どうやら魔物は痛みは感じないようだった。


 それが作られたという証拠なのかはわからないが、作られたなら少し可哀想と思うこともあるかもしれない。でもそれを許してしまえば、あっという間に町が一つ無くなってしまう。それを防ぐのが辺境剣士団の仕事。やるしかないことなのだった。

 二人が今更可哀想なんて思うことはないが。


 一旦後ろに下がっていた魔物は、右手に光の槍のようなものを生成し凱矢に向けて勢いよく投げつけた。


 凱矢は横に素早く跳んで、その槍を難なく避ける。


 槍は凱矢の後ろにいた波瑠人の方に向かって行く。だが、波瑠人も凱矢と同じように難なくその槍をかわした。


 凱矢は波瑠人がそんなことも出来ない奴だとは思っていないので、気にせずに次の攻撃を仕掛けて行く。


 魔物は今度は大剣を生成し、突っ込んでくる凱矢に振り下ろした。


 凱矢は左手に持っている剣でその大剣を受け止めながら、右手の剣で魔物を斬った。


 最後には左手は押し込まれてしまっていたが、攻撃ができればもうそんなことはどうでもいい。

 凱矢はすぐに切り替えて左手を大剣から抜き、そのまま振りかぶって左手の剣で魔物を斬る。


 そして素早くターンし、今度は両方の剣を一緒に振り、一度に二つの傷をつけた。


 魔物にできた傷からは真っ黒な血が流れ出て、地面に黒い血だまりを作る。凱矢は素早く後ろに跳び、魔物と距離を取った。


 その血に毒が含まれていることだってある。だから凱矢はいち早く反応し、危険を回避したというわけだった。


 凱矢が距離を取ったのをいいことに、魔物は一気に凱矢との差を詰めてきた。


 魔物の勢いは凄まじく、大剣の重さも相まって、凱矢は二本の剣をクロスした状態で受け止めたにも関わらず、相当な衝撃を受けた。


「っ……!」


 凱矢はじわじわと後ろに押し込まれていく。


 その時、魔物に特殊な力が加わり、魔物は一瞬一気に力が抜けて凱矢は後ろに跳んで回避することができた。


 その特殊な力をかけたのは波瑠人だった。


 現在貴族の中でも最上位である一級貴族のみに認められる、その家の奥義。一級貴族である波瑠人は、その水風家の家の技(奥義)である『かげり』を使うことができる。

 影斬りは、相手の影を斬ることによってダメージを与えることができる。


 波瑠人は今の少しの間に魔物の後ろに回り込み、その影斬りを入れていた。


 正気を取り戻した魔物は、二人に挟まれている状態を打開しようと横に移動して行った。

 波瑠人はその魔物をものすごい速さで追いかけ、斬ると言うよりは打撃のような攻撃を剣で入れ、それによって魔物は本来着地する予定だった場所とはかなり離れた場所にバランスを崩しながら着地した。


「先輩! あとは頼みましたよ」


 波瑠人は魔物の元々の着地予想地点に立ってそう言い、何があるのかしゃがみ込んだ。


「了解! ありがと」


 凱矢は波瑠人の様子など気にせずに、体勢を整えようとした魔物の方に向かって行った。


 さっきまでの疲労は、この少しの間に少しは回復出来ていると思われる。


 そして凱矢の剣がどちらも薄く緑色の光を纏い、凱矢は一気にスピードを上げで魔物に迫った。


 魔物は大剣を横向きに構え、凱矢の攻撃を受け止める体勢を取った。

 それでも凱矢はそのまま突っ込んでいく。


 凱矢は魔物に近づいたところで跳び上がり、剣をクロス状に構え、上からの重力も利用しながら攻撃を仕掛けた。


 ナナカゼ流『風光ふうこう』。

 それが今凱矢が発動させた技だった。


 一級貴族を除いて、剣士は剣技の流派に所属する。その流派の表面での最強の技が各流派に存在し、『風光』は凱矢が所属する流派『ナナカゼ流』の技だった。


 ナナカゼ流はいわゆるスピード型と呼ばれる流派。スピード型だと、パワーに欠けることが多いが、凱矢の場合はそれを剣二本分というところでカバーすることができる。それが凱矢の強みだった。


 凱矢の攻撃は魔物の剣と正面から激突した。


 その衝撃のおかげもあってか、魔物の大剣にひびが入り、そこから大剣は真っ二つに割れてしまった。


 そして凱矢はそのまま押し切り、魔物の心臓の辺りに大きな穴を開けた。


 すると魔物は一気に力が抜け、後ろ向きに倒れて行った。


「ふぅ……」


 凱矢は落ち着いた様子で二本の剣をしまい、そう息を吐いた。


 その後、凱矢は辺りを見回し、しゃがみ込んでいた波瑠人を見つけ、駆け寄って行った。


「波瑠人、」


 凱矢は波瑠人の背後からそう声を掛ける。


「先輩、終わりましたか?」

「ああ」

「そうですか」


 波瑠人は最後の方の凱矢の戦闘は全く見ていなかったようだった。


「何してるの?」

「いや、こいつが踏まれかけてたんで」


 波瑠人がそう言って振り向くと、その手の中には小さなリスのような魔物がいた。


 二人に挟まれていた状況から打開しようと、魔物が移動して着地しようとしたちょうどその辺りに、波瑠人はその小さな魔物がいることを見つけた。

 だから波瑠人はすぐに魔物を追いかけ、その場所じゃないところに着地させようとしていた。

 ちなみに、結局魔物が着地した場所に何もいないことは確認済みだった。


「なるほどね。波瑠人らしいわ」

「ちゃんと情報は集めてたので」

「わかってるよ」


 そして波瑠人はその小さな魔物を放した。小さな魔物は波瑠人の方を見てペコリと頭を下げて森の中に消えて行った。

 まあ、頭を下げたかどうかはわからないが、二人にはそう見えた。



「おーい」


 その時、二人を呼ぶ声が聞こえた。


 その声の主は竜に乗っていて、竜は二人の近くに降りてきた。


「遅くなってすまない」

「遅いっすよ」


 応援に来た仲間の剣士に凱矢はそう言った。


「悪い悪い。でもまあ、俺たちの力が無くたって倒せただろ?」

「まあ、そうだけど」


 凱矢がその剣士と話している間に、波瑠人は素早く二頭いる竜のうち一頭にさっき倒した魔物を紐で括り付けた。凱矢は死んだかどうか、ちゃんとは確認していなかったが、一応死んではいるようだった。


 このあと死体を拠点に運び、詳しく調べる予定になっている。


 ものすごい記憶力を持っていて、魔物の情報は良性悪性問わず全て知っている波瑠人の見立てとしては、この魔物は今まで見たことが無いことから、新しい魔物。

 良性魔物たちが逃げていく様子から、悪性魔物。

 痛みを感じていない様子だったから、作られた魔物。といったところだが、詳しいことは調べてみないとわからなかった。


「準備出来ました」


 波瑠人は他の二人にそう声を掛けた。


 そして波瑠人は魔物を括り付けた竜にまたがり、凱矢と仲間の剣士はもう一頭の竜にまたがり、三人は辺境剣士団の拠点に帰って行った。



 数日後、その魔物の詳しい情報がわかった。


 波瑠人の見立てはほぼ当たっていて、凱矢が危機感を感じて避けた真っ黒な血には毒が含まれていた。


 二人の予想が当たっていたのは、今まで積み上げた経験があったからだ。


 現在の辺境剣士団には、二人のような強くて経験のある剣士が多くいる。


 だが、いずれこの剣士たちだけでは限界が来ることとなる。




 これはこの世界の行く末の、この国の運命の、まだ序章に過ぎなかった。

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