第02朝 最期のリンゴ
――
「リンゴ……食べたいな。真っ赤なリンゴ」
リンゴに音を立てて噛みつくと、しゃくっとした感触でみずみずしさを感じる。
少しずつ口の中に広がる甘酸っぱい蜜の味はとても美味しい。
さらに、それを彼が必死に守ってきた家族と共にするだけで、美味しさは膨れ上がった。
そんな、ささやかでありながらも穏やかな平穏だけが、彼の幸福だった。
……彼の?
誰の?
リンゴを食べる夢を思い描き足を止めて首を傾げるヨウに、ハツゾメは微笑んだ。
「林檎? ああ、林檎の夢が食べたいんだろう。私がお前のために探してやろう。ほら、おいで」
「……うん。ぼくはリンゴの夢が食べたい」
まさかそんな、リンゴが食べたいなんて思うわけがない。
しかしヨウはまだリンゴを食べる夢を口にしたことはなかった。
だから彼は余計に混乱し、頭を振る。
みずみずしさを感じて美味しい。
甘酸っぱさが美味しい。
……彼らはそんな風に味覚を感じない。
美味しいと思い喜ぶ感情が、美味しい。
幸せだと思い感傷に浸る思い出が、美味しい。
……夢から得る感情のすべてが彼らにとっての糧なのだから。
だからなぜ、唐突にリンゴが食べたいと口にしたのかヨウ自身ですら理解できなかった。
それがどういった意味をもって放たれたものなのかも分からないまま、彼は再び呟いた。
「ああ、サクヤ。ぼくはきみとリンゴが食べたいな」
最期に彼が目にしたリンゴのように真っ赤な瞳が揺れる。
「サクヤと一緒に、リンゴの夢を食べたいよ」
思い出が塗りつぶされたその瞳は、すでにひとのものではない。
「そしたらとっても、楽しいだろうね」
腹を空かせた彼はこれからも夢を喰らい続ける。
まだ
最期にリンゴを口にしたときと同様に、揺れる瞳から僅かなしずくを零して……。
~了~
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旭夜の騎士と夢喰い魔物の獏夜 江東乃かりん(旧:江東のかりん) @koutounokarin
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