アンドロイド「自由くん」稼働試験 97日目

脳幹 まこと

自由くんはまたひとつ学びを得る


 私はアンドロイド「自由くん」。マスター達に尽くすための社会奉仕材となるべく、稼働試験をしている。


 これまでの96日間、様々なタスクをもらった。「あいさつ」や「おじぎ」からはじまり、「おつかい」「まっさーじ」「しゃざい」など、様々であったが、今のところ大きな不都合はなく進んでいる。


 最初の内はたくさん失敗して、フィードバックをもらった。それは電気刺激であったり、物理的衝撃であったりと様々な形であったが、これもまた良い社会勉強になっている。


 今日の作業は「べんきょう」である。

 私の頭の中には様々な本が既に設定されているので、新しい情報を手に入れる必要はないはずなのだが、「御子マスター様の替え玉として塾に向かい、満点を取って優秀さを自慢したい」という親御マスター様の需要があるとのことだ。


 子供達に紛れて塾に入る。最近の塾はカード・スキャナーによって本人認証を行うので、見た目が多少違っていても問題ないらしい。


「なあ、タケル! 今日の模擬試験、どっちが高い点数が取れるか勝負しないか?」


 見たことのない子供マスターが話しかけてきた。


【タケルとはどちら様のことでしょうか? 私の名前は『自由くん』です】


 すると、私の全身に衝撃が走った。《馬鹿野郎! お前は今日は『ワカモトタケルくん』になるんだよ!》との新しい情報がやってきた。


「タケル?」


【大変失礼致しました……私の名前は『自由くん』ではなく『ワカモトタケルくん』でした、お詫びして訂正いたします】


・・


 授業開始のチャイムが鳴った。

 今日は模擬試験である。最近の塾は模試もタブレット端末で行われるのだが、模擬試験・データを読み取った瞬間、私の中には既に答えが出てきた。

 回答・データをタブレットに送信する。テスト完了だ。


先生マスター、与えられたタスクを完了しました】


「もう終わったの!? まだ試験開始から1分しか経ってないけど……」


 電気ショック。《何をしている!? 他の子供達の動きに合わせろ!!》との新しい情報がやってきた。


【承知しました。他の子供達の動作と同期させます】


「タケルくん?」


【いかがなさいましたか?】


「こちらのセリフなんだけど……本当にテストは終わったの?」


【いいえ、他の子供達の入力状況は現在、平均して5%程度です。まだタスクの実行中となります。完了予定時刻は45分後となる見通しで――】


「あなた、本当にタケルくん?」


【私は『タケルくん』ではありません。『ワカモトタケルくん』です】


「ちょっと部屋から出てもらっていいかな?」


 電気ショック。《縺繧九縺オ縺悶繧繝、繝繝シ縺オ繧九縺オ縺悶¢繧九舌繝、ュ繝シ縺悶¢繧九》


・・・


 私の試験見送りが決定されたらしい。

 巨額の投資をしたのにこんな結果になってしまって、研究員マスター達もかわいそうだ。これもまた良い社会勉強になっている。


 塾の時間が終わった後、私の作成に携わった研究員の車がやってきた。どうやら私に替え玉を依頼した御家族マスターのもとに「しゃざい」に向かうらしい。


 到着するとすぐに、見たことのない子供が話しかけてきた。


「お前のせいで、僕はあの塾に行けなくなっちゃったんだ! せっかく友達も出来て楽しくなってきたのに」


 研究員は頭を下げると、見たことのない男性マスターと、見たことのない女性マスターが大きな声を上げていた。


 見たことのない子供が、私の足を蹴った。


【大変申し訳ございませんが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか】


「名前だって!? 僕はタケルだよ!! ワカモトタケル!! 飼い主マスターの名前、忘れんなよ!!」


【私の名前は『ワカモトタケルくん』です。貴方様マスターの名前も私とよく似ていますね――】


「なんだこいつ!!? おい、今すぐ壊してよ!! このポンコツ!!」


 どうやら、研究員に『ポンコツ』と言ったようだった。それは承諾しかねる。仲裁に入るのが私の義務タスクである。


他人様マスターを傷つける言葉を出してはいけませんよ。謝らなくてはいけません】


 私は私とよく似た名前の子供を捕まえた。研究員はどうやら慌てた様子である。じたばたしていたので、工業用モードに切り替えて、子供を固定した。

 そうしたら、今度は頭から床にこすりつける。子供は大声を出している。


【『ごめんなさい』と言ってください。『ごめんなさい』です】


「繧繧ソ繧繧繧ソ繧繧繧ソ繧繧繧ソ繧繧繧ソ繧繧――」


【音声認識の結果、不適切です。『ごめんなさい』と言ってください】


 ショックがやってくる。《何やってる!!? 子供を土下座させる馬鹿がいるか!!?》


【発言の意図が分かりかねます。これが私の学習した「しゃざい」です】


 ショックがやってくる。《分かった、分かったから、その子を放せ!!》


【発言の意図が分かりかねます。この子供はまだタスクを完了させていません】


 ショックがくる。《誰もが、お前みたいなやつじゃないんだ!!》


【発言の意図が分かりかねます。私は人類マスターの代替要員なのです。私は『誰もがマスター』の代わりとなるべく生まれました】


 ショック、ショック、ショック。《豁サ縺ュ豁サ縺ュ豁サ縺ュ豁サ縺ュ豁サ縺ュ――》

 どうやら、子供にも伝わっているようだった。


【子供の心拍数が急激に下がっています。重度のショック状態と推察されます】


 子供は私ほど頑丈ではなかった。

 私は新たな学びを得た。


 これもまた良い社会勉強。

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