後編

 もちろん連絡するよ。と返答したものの、また贅沢三昧ぜいたくざんまいの投稿を繰り返す彼女に少し疲れていた。


 ジェットコースターのように気分が上下する彼女は、まるでイタズラ妖精のように、自分の内面をぐちゃぐちゃにする。


「年内には引っ越し作業を終えるつもりだから」


 それだけ投稿して、12月を迎えた。


 転職先で仕事を覚えるのに目が回るほど忙しく、気付けば師走しわすを駆け抜けていたのだ。


 やっと年末年始休暇に入ると、僕は思い出したようにSNSの引っ越し作業を始めた。ここで問題が起きた。引っ越し挨拶のメッセージの送り過ぎで、アカウントが一時使用停止になったのである。


 まあ良いか。仕方のないことである。


 神様のくれた休みなのだと思い込むことにし、僕は年末年始をストリーミング配信での映画鑑賞に費やした。そして年が明ける頃には、SNSの引っ越しなどすっかり忘れ、年度末まで仕事に奔走することになった。


 やりきったという達成感と共に帰路につくと、街路灯に桜がかすみを浮かべている。


 ああ、そうだ。


 帰宅後、思い出したようにSNSを開くと、年明けすぐ、彼女から連絡が届いていた。ありふれた年初挨拶と、新しいアカウントを教えて欲しい。そんな内容。


 その1週間後にも何か届いている。


「ごめんね、迷惑だったよね」


 たったそれだけ。


 嫌な予感がした。SNSで彼女のトップページを開くと、その1番上の投稿に不安が的中した。


「みんな今までありがとう。沢山迷惑掛けちゃったけど、私は明日から居なくなります。本当にありがとう」


 忙しさにチェックしていなかったが、彼女の12月の投稿は、全て真っ黒だった。


 何かがガラガラと崩れ落ちる音がした。


 あれから3年が過ぎたが、僕は彼女がどうなったのか知らない。沢山の外人たちと情報を交換したが、誰一人として彼女の住所も電話番号も知らなかった。


『君死にたまふことなかれ』


 日露戦争に出征した弟への想いを、与謝野晶子が込めたうた


 しかし、僕がこの言葉に込めるのは、そんな高尚な美しい祈りではない。


 忙しさにかまけて、新しい連絡先を彼女に教えなかった。それが青酸ガスを発生させ、我儘わがままで可愛らしい彼女を殺したのだろうか。


 今はもう、箱を開けることが出来ない。


 箱さえ開けなければ、彼女は生きているかもしれないまま。まだ向日葵のような満面の笑みをたたえ、こちらへにっこり微笑んでいる。

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シュレディンガーの彼女 空良 明苓呼(別名めだか) @dashimakimedaka

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