始海シカイソギンチャクの辛漬け・下
「イソギンチャクと昆布と海苔で漬け物、ですか……」
「“
「付けても付けなくても変わらないと思いますけど。干したとはいえ、見た目まんまイソギンチャクですし」
ミノリの言う通り、彼女が持ってきた干しイソギンチャクは、水分が抜けているとはいえ外見をそのまま残していた。生きて動くさまを想像しないようにして、調理のほうに意識を向ける。
「漬け物にする場合は干した食材を水に戻して柔らかくして、細かく切って、“漬け汁”につけて火にかけながら混ぜ、冷暗所で保管する。これでいいんだな」
「まぁざっくりいうなら、そうです。生野菜の漬け物なら、塩でもみこむだけでもいいですけど。乾燥した食材を使うのであれば、味をなじませるために加熱したほうがいいでしょうね。特にイソギンチャクは、何となく火を通さないと怖いですし」
「気になっていることをわざわざ強調しないでくれ……」
「あ、オウルさん。もしかしてイソギンチャク苦手ですか?」
痛いところをついてくるミノリに背を向けて、俺は食材の選別を始めた。
「無視しないでくださいよ! ちょっと可愛いところあるなって思っただけですから!」
「細かく切る、というのは一口サイズ、というイメージでいいのか?」
ミノリのコメントを完全に無視して問いかけると、彼女は頬を膨らませながらも頷く。
「細かめに切った方が味が染みやすいでしょうけど、お好みですね。食感を求めるなら、ある程度大きく切った方がいいですし。あ、でもイソギンチャクの形が残るのを好まれないなら、細かく切るの一択ですかね」
「お前は本当に一言多いな……」
「よく言われます」
全く反省する気配のないミノリにため息をつきつつ、調理器具をそろえていく。
砂糖やらみりんやら、ミノリが持ってきた調味料類を適当に混ぜ、そこに“始海サンショウ”の実を散らして漬け汁をつくった。その間水につけて戻していた始海シカイソギンチャクと始海コンブを細かく切り刻む。始海ノリは干しているものが無かったので、生のものを一緒に切って混ぜる。
もはや始海シカイソギンチャクが原形をとどめないくらい、細かくなったのを確認してから――色の違いから、元が何なのかは作っている俺には一目瞭然だが――切った食材たちを漬け汁に投入し、加熱。軽くかき混ぜながらしばらく煮立たせ、適当なタイミングで火を止める。
「あとは粗熱をとって、冷ませば完成ですね」
俺が火にかけていた器を布の上に下すと、ミノリが横からのぞきこんできた。
「うん。香りからしてけっこうピリ辛な雰囲気がします。おかずというより珍味になるかもしれないですね。でもご飯も進みそう。良いんじゃないんですか」
いっぱしの批評家のようなことを口にするミノリだが、俺も見た目と香りは彼女と同じ感想を抱いていたので突っ込むことはしなかった。
・・・
『直接回線にて失礼します。キャプテン・オウル』
「ああ、ジェイ。しっかり休めたか」
『はい。キャプテン・オウルのおかげで、久しぶりにゆっくり眠ることができました。ありがとうございます』
「それはよかった。で、連絡をくれたのは新メニューの件か」
『おっしゃるとおりです。ミノリさんから、オウルさんと一緒に漬け物を作ってくださったと伺いまして。差し支えなければ、私も試食させていただいてもよろしいですか』
「ああ。そうだな。そろそろ食材も冷えたころだろうし、いいだろう。ジェイの研究室に集合だ」
『承知いたしました』
通信端末越しに深く頭を下げる気配がしてから、通話が切れた。
「普通、船長と船員の通話なら、こんな感じだと思うんだがな……」
ミノリとの差を一人で嘆きつつ、彼女にも召集の連絡を入れる。
・・・
ジェイの研究室に到着すると、なぜかそこにはクレインもいた。
「なんでOLIVE号の船長がここにいるんだ」
俺のつぶやきに、彼はウインクをしてみせる。
「ミノリから聞いたよ。オウルが新料理を開発したってね。それは新星開拓の第一人者として、食べてみないわけにはいかないじゃないか。僕が試作した料理だって、このメンバーで試食したのだしね」
「お前のと違って、俺のはけっこう冒険しているからな。イカダ焼きのように美味しいとは限らないぞ」
さりげなく予防線をはるも、彼は一向に気にしたそぶりを見せない。
「それも聞いているさ。あのイソギンチャクを使ったのだろう? 鹿のジャーキーのような、独特な風味があって驚いたものだが、あれを上手く調理できれば本当の料理人だよ」
「やっぱり、干した始海イソギンチャクを試食したのって、クレインだったんだな」
「もちろんさ。新しい食材は真っ先に口にしないとね」
船長が真っ先に新食材を口にするというのは、毒見という観点からするとどうなのだろうか。OLIVE号の食糧係は毎回冷や汗をかいていそうだ。この場にいないもう一人の食糧係に同情しつつ、俺はジェイが持ってきた容器のふたを開けた。
「おお」
「これは……辛い味付けにしたのかい?」
ミノリも味付けまでは教えていなかったらしい。辺りに漂う中華料理店のような香りを嗅ぎながら、頷きで答える。
「主食が欲しくなりそうな雰囲気が早くもしているが。早速いただこうか」
俺が容器を持ち、ジェイが小皿にそれを取り分けてくれる。律儀に全食材が入るように分配されていくのを、俺は横目で眺めていた。
「オウルさん。イソギンチャクが苦手だからって、ジェイに圧をかけて除けようとしないでくださいよ」
「オウル。食材に使っておきながら、君はイソギンチャクが苦手なのかい?」
突然ミノリとクレインに口撃されて、俺は大きく首を横に振る。
「違う。奴の動きが苦手なだけだ。心臓も脳も無いのに、意思があるみたいな動きをするのが不気味じゃないか。食べたことはないから、味はわからないが」
「脳が無いのに動く、というのは確かに不思議だな! それにしても苦手な生き物で料理をするとは、オウルもなかなかチャレンジャーじゃないか。まぁ宇宙移行士のホープの君なら当然のことか」
クレインは愉快そうに笑うが、俺は全く笑えなかった。今思うと、なぜイソギンチャクを使う気になったのか我ながら謎である。味にパンチが欲しかったのは本当だが、その好奇心が奴への苦手意識をも上回ったのだろう。悔しいが、クレインの言い分を肯定するしかない。
「……これで、全員にいきわたりました」
俺の気まずい気分を打ち消すように、ジョイの声が耳に届く。容器を机の隅においてから、盛り付けてもらった小皿といつもの携帯スプーンを手にもった。
「じゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
一瞬、イカダ焼きを食べたときにクレインが乾杯の音頭を取っていたことを想いだしたが、俺のキャラじゃないと思いそれをするのは止めておいた。そもそもそんな気分じゃない。明らかにイソギンチャクとわかる灰色の物体を、コンブとノリで挟み口に運ぶ。
「! これは……」
「ご飯のお供、ですね! このピリ辛な感じ、何杯でもいけちゃいそうです」
「食糧庫係としては、新たな悩みの種が増えたのではないか? それにしても旨いな。僕は始海シカイソギンチャクも美味しいと思うぞ? むしろそれが、他の海藻類の味を引き立てているように感じる。名づけるとしたら『始海シカイソギンチャクの辛漬け』といったところか」
「そう、ですね。1度の食事で出す量は気を付けた方がよさそうです。でも、これならクルーの皆さんにお出しできそうです。どれも簡単に手に入る食材ばかりですし。キャプテン・オウル。ありがとうございました」
スプーンと小皿を脇に置き、深々とお辞儀をするジェイに、俺は慌てて手を振った。
「いや、そんなにかしこまってお礼を言われることじゃない。こちらも実験半分だったし、良い息抜きになった。それにクレインの言う通り、イソギンチャクは意外といける」
「だろう? ジェイも元気になり、オウルも息抜きができ、旨いメニューがまた一品、僕たちのレパートリーに加わった。とてもめでたいことじゃないか。これらを祝して、乾杯!」
「「乾杯!」」
結局クレインが乾杯するのかよと思いつつ、俺も反射的に皆と小皿を合わせた。ジェイも元気になって、皆の笑顔が見られて良かったと思っているのは間違いない。
少し好みが別れる味にはなったが、特に好むクルーたちの間では「酒が欲しい!」という主張が日に日に強まり、ジェイが頭を悩ませることになるのは、また別の話だ。
上司がつくるごはんのお供 水涸 木犀 @yuno_05
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