狭間

夏伐

 ジリリリリリ……


 電話線の繋がっていない黒電話が鳴る。私は読んでいた本をページを開いたまま横に置く。 


 受話器を取ると『バチバチ……』と電話の向こうで何か燃える音がした。


 木か何かが倒れる音がして、それからは何かが燃え、倒れ、崩れ落ちる音が聞こえる。私は何も言えずに、ずっと耳を傾けた。


 これは世界の終わる音。

 もしくは始まる音なのだ。



     ☆



 ぐらぐらと脳みそが揺れる。ひどい目眩だ。


 意識が急浮上して、体が動かないことを理解する。地面にぺったりとうつ伏せで倒れているようで、周囲に人の気配もなければ何か物音がする訳でもない。


 私がどこにいて今どんな状況になっているのか、何も分からない。


 真っ暗闇の中にいる。


 ふと、どうしてこんな状況になったのか記憶を辿ろうとして何も覚えていない事に気が付いた。


 いつまでそうしていただろうか。


 体の感覚はあるのに、風の感覚もなく、土の臭いもない、かといって人工物の上にいるというわけでもない。


 腹も減らず、ただただぬるま湯の中で倒れている感じ。


 私は永遠にこのままなのだろうか? そんな疑問がいつの間にか諦めに変わりそうな時だ。一筋の光が差した。


 光と共に体が動くようになる。

 空を見上げると、天が割れていた。


 まるで箱を開くように、だんだんと天が開く。立ち上がり見つめていると、私の体がふわりと浮いた。


「まだ何か残っている」


 声が降りかかった。


 その声の言う『何か』は私の事だろうというのは分かった。


「誰かいる?」


 その声に幾人かが断る。「うちはいらない」「私も」「う~ん、この箱の人間はちょっとうちには合わないかな」「しばらくしまっておけば良いんじゃないの?」


 自分のことながら、さすがに怒っても良いんじゃないかと思う。


 暴れたらまたあの闇の中に戻らなければならないかも、と思うとどうしても萎縮してしまう。


「じゃあこっちで預かるよ」


「ああ、お前なら大丈夫だな」


「うん、任せた」


 そんな会話の後、私は箱から出され光の中からまた別の箱に放り込まれた。


 まるで先ほどの出来事が夢だったかのように、私は古本屋のようなところに眠っていた。

 電話の音が鳴る。ジリリリリリ……。


 この店主のいない店、そして周囲には何も存在しない闇の中、ずっと電話から聞こえる世界の悲鳴と産声を聞き続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狭間 夏伐 @brs83875an

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ