最終話 言われたい言葉

 その後男は、店主に持ってきてもらったロープによって縛り上げられ、店の奥の倉庫に閉じ込めた。だが、これで終わりではない。


 警備隊員たるもの、プライベートよりも仕事優先だ。例え休日にドレスを選びに来たとしても、そこで強盗が発生したのなら、その対応に当たらなければならない。

 捕らえるだけでなく、その後の対応も含めてだ。


 クリスもとうにドレスを脱ぎ、店に着た時の格好に戻っている。ここからは、完全にお客さんどなく警備隊の一員だ。

 そして警備隊員たるもの、既にとった行動の反省も必要だ。そう、反省も必要なのだ。


「隊長、もうあんな作戦はやめてください。俺を刺せばいいなんて、私の心臓が止まるかと思いましたよ!」


 今となっては作戦であるのは十分わかっているしが、最初それを聞いた時は気が気じゃなかった。


「それは、すまなかった。だが、ああやって強盗の気を反らしさえすれば、お前なら確実に脱出できると信じていた。現に、その通りになっただろう」

「それはそうですけど、本当に心配したんですよ」


 自分を信頼していたのは嬉しいが、当時の心境を思うと、やはり複雑だ。

 しかしそれ以外にも、クリスはまだ、モヤモヤした思いを抱えていた。


「あの男は詰所に連れていかねばならんし、店主からも正式に被害届を受けとることになる。ドレス選びの続きは、また今度だな」

「ええ。別に構いませんよ」


 元々、ヒューゴがちっとも褒めてくれずに、不満に思っていたところだ。クリスとしても、中止になっても何の問題もない。

 しかしそれこそが、今も続くモヤモヤの最大の原因だったりする。


(ドレス選びが中止になったことより、それをちっとも残念と思えない方が問題かも)


 あんな、ちっとも褒めてくれず淡々とした反応を繰り返されるだけなら、むしろ中止になってくれてよかった。

 次もまた、今回と同じようなことになるなら、いっそ永久に中止にしてもいいのではないか。つい、そんなことを思ってしまう。


 いくら着飾ったとしても、一番褒めてもらいたい人に届かないなら、なんの意味があるだろう。


「あの、隊長……」


 いっそ、キッパリ断ってしまおうか。そう思い声をかけようとしたその時、ヒューゴの足下に何かが落ちているのに気づく。


「これって……」


 それは、ポケットに入るサイズの小型の本だった。どうやら、ヒューゴが男を押さえつけている間に落としたもののようだ。


 拾って手に取るが、そのとたん、ヒューゴが血相を変えた。


「ま、待て。それを見るな!」


 何があるのか、彼にしては珍しいくらいの慌てぶりだ。だが見るなと言われても、むしろそう言われたからこそ、自然と目が向いてしまう。


 改めて目にしたその本には、こんなタイトルが書かれていた。


『淑女に好かれるための必読本』


 要は、どうすれば女性にモテるか書かれている、恋愛指南書だ。しかも、所々に付箋が差し込まれている。

 そのうちのひとつを開き、目を通す。


「えっと……ドレス選びの際のエスコート方法。実際に着た時の褒め言葉100選。隊長、まさかこれって……」

「見るなと言っただろうが!」


 怒りか、はたまた羞恥によるものか、顔を真っ赤にして怒鳴り付けるヒューゴ。こんなものを見られたのだから、そうなる気持ちもわかる。


「こ、こんな時何を言えば喜ぶかなんて、俺にはわからん。参考にして何が悪い」

「いえ、別に悪いとは言ってませんけど……」


 極度な女嫌いであり、女性と見ると警戒する対象としか認識できなかったヒューゴが綠に褒め言葉を知らなかったところで、今さら驚きはしない。


 それよりも、これを見て思ったことは他にある。


「参考にって、全然実演できてなかったじゃないですか。私、一回もまともに褒めてもらってませんよ! わざわざこんなの用意してるなら、何か言ってくれたっていいじゃないですか!」


 抱えていた不満をこんな形で言うことになるとは思わなかった。

 ヒューゴが少しでも実演できていたら、こんなにもモヤモヤした気持ちにはならなかっただろう。


「それは……すまない」


 これにはヒューゴも怯んだようで、急に声の調子が落ちる。

 それから、申し訳なさそうに言う。


「いざとなると、書いてある言葉をただ伝えるだけでいいのかと思ってしまったんだ──いや、こんなのはただの言い訳だな」

「いや、まあ……確かにそれはそうですね」


 例えどれだけ気の利いた言葉でも、本に書いてあることをそのまま言われたとなると、あまり嬉しくない。


 しかもだ。さっきチラリと見たところ、その褒め言葉というのは、『そのドレスよりも君の方が綺麗だよ』などといった感じだ。

 ヒューゴからこれを言われて嬉しいかどうかは微妙。いや、ハッキリ言ってしまうと、ドン引きするだろう。

 この恋愛指南書、かなり胡散臭い。


「だが自分の言葉で何か言おうにも、綺麗だの可愛いだの思っても、それをどう伝えればいいのかわからなかった。言葉足らずですまなかったな」

「い、いえ……」


 ここまでしっかり謝られると、逆に恐縮してしまう。褒めるひとつでここまで真剣に悩むところが、なんとも生真面目な彼らしかった。


 だが今の話を聞いて、ひとつ気になるところがあった。


「あ、あの……それじゃ隊長。私のこと、ちゃんと綺麗とか可愛いとか思ってたんですか?」


 口に出して、なんとも言えない恥ずかしさが込み上げてくる。こんなこと、わざわざ聞べきものなのだろうか。それに、もしもこれで違うなんて言われたら、今までで最大のショックを受けることになりそうだ。


「当たり前だろう。なぜわざわざそんなことを聞く」

「──っ! い、いえ。隊長のことだから、もしかしたらそんな感覚がないのかもな、なんて思って……」


 だけど、ちゃんとそう思ってくれていた。

 ますます気恥ずかしくなってくるが、同時に嬉しくもなる。

 いくら期待をしていなくても、いや期待していなかったからこそ、いざ言われてみると、その分喜びも大きいような気がした。


 しかしそんなクリスとは裏腹に、ヒューゴはなんとも面白くなさそうだった。


「お前は俺を、綺麗とか可愛いとか、そんな感覚の無い奴だと思っていたのか?」

「えっと……もしかしたら、そういうこともあるかもしれないなって……」

「いくらなんでも、そんな風に思っていないやつに求婚などするか!」


 すっかりへそを曲げてしまったヒューゴ。しかしクリスにだって言い分はある。そもそもこうなったのだって、ヒューゴがあまりにも何も言ってくれなかったのが原因なのだ。


「それなら、今度またドレス選びに来た時は、ちゃんと褒めてくださいね。もちろん、自分の言葉で。あとできれば、どのドレスがいいか、隊長の意見も聞きたいです」

「なに!? だ、だが、俺にはドレスの良し悪しなどわからんし、見当違いのことを言うかもしれんぞ」


 さっきまでの不機嫌さはどこへやら。思わぬ反撃に、ヒューゴはとたんに狼狽えだす。だがクリスも、これを取り下げる気はなかった。


「そんなの、私だって似たようなものですよ。でも、なんとなくこれが好きってのくらいはあるんじゃないですか? そういうのを言ってほしいんです」


 専門的な見立ても、特別気の利いた言い回しもいらない。ただヒューゴが何を好きで、どんな風に思っているか。そういう本音を知りたかった。


「むぅ……努力しよう」


 ここで、ハッキリわかったと言わないところがヒューゴらしい。


 しかしそれでも、クリスはそれで満足だった。

 ヒューゴは変なところで生真面目だ。その彼が努力すると言った以上、頑張ってくれるのは間違いない。そんな、少しおかしく、けれど確かな信頼感を持っている。


「期待していますよ」


 元々あまり乗り気ではなく、途中色々と不満も出てきたドレス選び。

 だけど今は、次またここに来るのが、少し楽しみになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました 番外編 『ドレスと褒め言葉』 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ