焦がれる想いは灰の中-灰瑪瑙異聞録-

恋犬

焦がれる想いは灰の中

 いつもそうだ。オウビは思い返す。

 いつも自分は、気付くのが遅かった。


 握ったその手が自分のものより小さく感じるようになったのは、十五の歳の頃。

 まるで本当の姉のように慕い、手を握られて神社の境内けいだいを散歩した日々。

 その物憂ものうげな瞳で自分だけを見ていて欲しいと感じたのは、十七の歳の頃。

 暖かな陽光の降り注ぐ縁側で膝枕をされながら、その瞳を見ているのが好きだった。

 

 そして、自分の胸の想いに気付いたのは――。

 本当に、本当に遅すぎたのだ。



「おいたわしや、父上……」


 父の亡骸なきがらを前に、震える声でオウビはなげいた。


 今朝、父が死んだ。


 いつものように不浄を修祓しゅうばつするため神社を出た父は、夕方に赤黒い肉の塊となって帰ってきた。

 不浄の振るう神通力で火だるまにされ、父は全身にひどい火傷を負っていた。焼けただれた皮膚から絶えず血を流し、人の声とは思えない叫びをあげる様はまるで地獄の亡者のようであり、もはやあの温和な顔と声の面影はどこにもなかった。


 それから父は三日三晩苦しんだ後、まるで虫のように死んだ。


 こんなものは人の死に方ではない。いや、不浄を修祓する使命を帯びた巫覡士ふげきしであるならば、誰にでも起こり得る死に方だとは分かっている。だがそれがまさか自分の父に起きるなどと、オウビは想像もしていなかった。

 不浄との戦いで不覚をとったのか。ありえない。父に限ってそんなことは決して。いったい何が起きたのか、何故父は死ぬことになったのか。


 よろよろと力なくオウビは立ち上がると、父の遺体を取り囲むように座る巫女達を見渡す。オウビと共に父を看病していた巫女達はみな、暗い憔悴しょうすいしきった顔をしている。神社の巫女総出で看病していたのだ。

 まだ十歳にも満たないウズメでさえ、寝る間を惜しんで血のにじむ包帯を交換してくれていた。

 

「みな、ご苦労だった。今は少し休め。父の遺体をどうするかは、それから決める」

「……オウビ様」


 そう言って立ち去ろうとしたオウビを巫女の一人が呼び止めた。この神社の中でも長く役目を務めてくれていた年配の巫女だ。


「オウビ様、父上が亡くなられた今、その息子の貴方がこの神社を継がなくてはなりません。貴方が、不浄を祓いこの一帯を護る守護者となるのです」

「ああ、分かっている。だがそれは、今する必要のある話か」


 何かと思えばそんなことか。

 その巫女が言いたいことは分かっているとも。だが今は、少し心の整理が必要だ。


「ですから――」

「く――」


 くどい。そう怒鳴ろうとしてオウビは気づく。いつの間にか傍に寄って来ていたウズメが、オウビの袴をぎゅっと強く握っていることに。

 ウズメのその行動がどのような気持ちからのものなのかは、オウビには分からなかった。


「ウズメ、手を離せ」

「オウビ様、あの――」

「離すんだ」


 そのウズメの手を離そうとして、オウビは自分の手が震えていることに気付いた。震える手を強く握り締める。その震えは悲しみからではない。心の底からふつふつと沸き上がる、炎のような怒りからだ。


 その握り拳を見て、ウズメはびくりと肩を震わせ手を離した。殴られるとでも思ったのだろう。普段のオウビならば決してそんなことはしない。だが今のオウビならばやりかねないと思われるほどに、怒りに支配されているのは誰の目から見ても明らかだった。


 巫女たちの自分を恐れる視線にわずらわしさを覚え、血と焼け焦げた肉の匂いがする父の寝室から出ると、オウビは足早にある場所へと向かった。

 向かうのは神社の奥にある、彼女のための座敷牢だ。



 オウビが扉を勢いよく開くと、座敷牢の中にいた二人の人物が顔を上げた。

 一人は仮面をつけた男、もう一人は――。


「ああ、オウビ君。ちょうど修繕しゅうぜんが終わったところですよ」


 仮面の男の、妙に場違いな明るい声を無視してその横を通り過ぎる。

 オウビには仮面の男などまるで視界に入っていなかった。この部屋へと踏み入った瞬間から、視線はもう一人の方を向いたままだ。


 オウビの視線の先、そこには巫女装束を纏った美しい少女が佇んでいた。

 座敷牢の鉄格子から差し込む朝日に照られて、なまめかしく輝く黒い髪と透き通るような白い肌。

 うれいを帯びた朱色の瞳がオウビを一瞬捉え、すぐに足元へと伏せられた。


 ――嗚呼、本当に美しい。


 一瞬ではあるが怒りを忘れるほどに、少女は可憐で、美しかった。

 まずい。はっと正気に戻りかぶりを振る。何を呆けているのかと、オウビは内心で自分を叱責しっせきする。確かに美しいがこれに心奪われてどうする。

 これは、目の前にいるこの少女の姿をしたものは。


 人の枠から外れてしまった、人ならざる者であるというのに。


 少女の姿をしたそれが纏う巫女装束の袴は、本来女性が纏うべき赤ではなく忌み色である鈍色にびいろ

 長い黒髪の間からは二本の赤黒いつのが生え、巫女装束からのぞく手指には人形のような球体の関節。

 そして口には武骨なくつわめられ、その口の開閉を妨げるよう封じていた。


 これは星鉄ほしがね神籬ひもろぎの樹で出来た魂の檻。これこそは悪しき不浄を修祓するための道具。

 鬼の魂を内に封じた、鬼械きかいと呼ばれる人形だ。


「イズルハ」


 父が実の娘のように愛でていた、少女の姿をした道具の名を呼ぶ。

 だがイズルハは顔を伏せたまま、オウビの方を向こうとはしない。

 返事がないことは分かっている。イズルハは口元に嵌めた轡のせいで声を出すことが出来ない。だからいつもなら顔を上げるなり横に振るなりして返事をするのだ。

 それさえもせず、イズルハは沈黙している。


「イズルハ」


 再び名を呼ぶ。父がああなってしまう前までは、こんなに怒りを込めてその名を呼ぶことなどなかった。

 返事がないことに我慢がならず、オウビは微動だにしないイズルハの前へと歩み寄ると、その額の角を掴み無理矢理に顔を上げさせた。

 水晶玉の目がオウビの顔を映す。そこに見えた怒りの形相は、どちらが鬼なのかと自問したくなるほどみにくく歪んでいた。


「イズルハ、父が死んだ」


 血を吐くような面持ちでオウビは声を絞り出す。


 イズルハはオウビが物心ついた頃からそばにいた。巫覡士としての役目のある父よりも、イズルハと共にいた日々の方が長かったかもしれない。オウビとイズルハは言わば姉弟のようなものだった。少なくともオウビの父はそう扱っていたし、オウビ自身イズルハを家族のように思っていた。


 人形を家族として扱う父とオウビのことを他の巫覡士たちは変人扱いしていた。修祓の道具でしかない鬼械を実の子のように扱うなど、ありえないことだと。

 だが人と鬼械の関係とはいえ、そこに絆があるとオウビたちは信じていた。


 町に不浄が現れたと聞いた時も、何も心配などしていなかった。父は年老いているとはいえ一流の巫覡士、それに長年連れ添ったイズルハが共にいるのなら、自分がおらずとも何も問題はあるまい。そう思いオウビは二人を見送った。


 だがその判断が誤りだったことを、オウビは父の死を以て知ることとなった。

 

「お前のせいだぞ、イズルハ。防御をおこたり父に致命傷を負わせ、祓うべき不浄も目の前で逃走を許し、お前は何とも思わないのか。負い目の一つでも感じていないのか。お前をずっと娘のように扱ってきた父が、死んだのだぞ」


 町人たちからの知らせを受けてオウビが駆けつけた時、そこで見たものは焼け落ちた無数の家屋と顔も判別できないほど黒く焼け焦げた父。

 そしてその前で何をするでもなく、ただ立ち尽くすイズルハの姿だった。


 いつもならばこのイズルハが神通力で全ての攻撃を防ぎ、父には傷一つつくことなどなかった。

 イズルハも無傷ではなく、片腕を失うほどの損傷をしていたが、今は仮面の男によって修繕され五体満足な状態だ。

 父もこの人形のように簡単に治せたならと思わずにはいられなかった。


「お前がその身を賭して、父を護らねばどうする。イズルハ、お前ならば出来たはず、家族のために――」

「オウビ殿、せっかく直したところなのですから、むやみに壊さないで下さいね。これら鬼械の修繕に使える材料にも限りがあるのですから」

「ジングウ殿、これは私とイズルハの問題だ。口を挟まないで頂きたい」


 ジングウと呼ばれた仮面の男は、オウビが怒りに満ちた眼光を見てもまるで気にした様子もなく、不思議そうに首を傾けた。


 この男はイズルハを直すため遠路はるばるやってきた神宮家の使いだ。呼んでもいないのにイズルハが壊れたことを察知しやってくると、オウビたちが父の看病に必死になっている間ずっと修繕に取り掛かっていた。


 みかどお抱えの人形師といえど、オウビからすれば身内が死ぬかもしれない修羅場へ無遠慮に入り込んできた迷惑な客人でしかない。


「そうは言いますがオウビ殿、イズルハを責めたところで無意味ですよ。貴方の父の死はイズルハが原因ではなく、彼がただ判断を誤っただけです」

「……なんだと。父上に何の落ち度があったと言うのか。父は一流の巫覡士、イズルハとも家族のように信頼関係を築いてきたのだぞ。互いを信じ合い、支え合っていればこんなことには……!」


 ジングウの言葉に、オウビは父を侮辱されたと思った。

 家柄や役職も関係ない。今すぐその胸倉を掴んで引きずり倒してやろうかとさえ思った。

 そうしなかったのは、そうするより前にジングウが問うてきたからだ。


「オウビ殿、貴方は何か誤解をしているのではありませんか。鬼械と絆を結べていると、本気で思っているのですか」


 最初、オウビはその問いの意味が理解できなかった。

 何を言っているのかこの男は。そんなことは当たり前だ。

 父が言っていたのだから。鬼械にも心はあるのだと。


「鬼械とて内に鬼の魂を封じ込められているのだろう。人とは異なるとしても自我は確かにあるのだと、父はそう言っていたぞ」

「仰る通りです。ですが自我があるとは言っても、ごく一部の例外を除いて、ほとんどの鬼械には夢を見ているかのような薄ぼんやりとした意識しか存在していませんよ。ましてや感情と呼べるものなどないに等しい」

「そ、それなら――」


 それなら私や父のことも何とも思っていないのか。

 その全てを言葉にすることは躊躇ためらわれた。口に出してしまうことが恐ろしかった。

 確かにあると思っていた絆が、ただの幻だったなどと信じたくはなかった。


 だがジングウはオウビの言わんとすることを汲み取ったうえで、その胸中を案じることもなく刃物のような事実を突き付けた。


「それはもう、当然でしょう。鬼械にとって貴方たちはわば夢の中の住人なのですから。果たして、顔の見分けもついているかどうか。鬼械はただ命じられたことを命じられた通りに実行するだけ。何かを思ったり考えたりなどしません。貴方の父を思いとっさに護ろうとするだなんて行動、起こそうはずもない」

「そんな、そんな馬鹿な」


 そんな馬鹿なことがあるか。言い返そうとして、喉がからからに乾いていることに気付く。いつの間にか手は震え、心臓が早鐘はやがねのように鳴っていた。


「イズルハは、私が幼い頃、誰に命じれたわけでもなく私の手を引いて境内を歩いて、手を振ればそれに応じて――」

「ああ、それは恐らく鬼へと堕ちる前、人であった時の記憶がそうさせているのでしょう。別に貴方だからしたわけではないですよ。血によって結んだ縁と、神籬の樹の内に刻んだ術式で言うことを聞いているだけで、貴方たちと鬼械はあくまで術者と道具の関係でしかないのです。まさか、長い間運用してきて愛着でもわきましたか。それはただの道具、人との絆を持つなどありえませんよ」

「――――」


 愕然がくぜんとするオウビを前に、あっけらかんとした様子でジングウは答える。畳み掛けるように父や自分が信じてきたことを否定されて、オウビは力なくイズルハの角を離した。

 足が震える。気を抜いてしまえばその場に崩れ落ちてしまいそうだった。


「オウビ殿、お忘れなきように。鬼械は人の代わりに不浄と戦い、修祓するための道具です。もしそれを忘れてしまわれているのであれば、貴方もいずれ父君と同じ末路を辿ることになりますよ」


 ジングウはそう言い残すと、もう用は済んだとばかりに道具を片付け座敷牢から出ていった。


 残されたのはオウビとイズルハ。

 どれだけそうしていただろうか。互いに目を合わせないまま、身じろぎ一つせずただただ立ち尽くしていた。


「……イズルハ、本当にそうなのか。私たちは、お前にただ幻想を抱いていただけなのか」


 ようやく絞り出した、答えなど返ってくるはずのない問いかけ。

 裏切られた気分だった。いやそもそも、裏切る以前の問題だ。

 イズルハは、自分たちのことなど何とも思っていないのだから。


 しばしの沈黙ののち、オウビも座敷牢から出ていこうとよろめくように歩き出した。

 その時、袖に何かが引っ掛かった。考えるまでもない、イズルハの仕業だ。そでの端を指でつまみ、オウビが立ち去るのを留めようとしていた。

 その人間臭い仕草は返ってオウビの神経を逆撫でした。


「……それも、ただの人の真似事なのか」


 そう言ってその手を振りほどくと、オウビはイズルハの方を見ることもなく座敷牢を後にした。



 それから数日後。

 オウビの父の遺体は火葬されることになった。不浄の火によって焼かれた父の遺体は、祓いきれないけがれを纏っていた。

 このまま放っておけば、父の遺体そのものが不浄の依代よりしろとなりかねなかったからだ。

 灰となるまでき上げて浄化するしかない。


 父を焼く炎を見つめていた時、オウビの頬を何かが伝った。

 それが涙だと理解するのに少し時間がかかった。自分が泣いていることに気付かなかった。それが父の死をいたんで流れたものなのか、それとも別の感情からか。流れる涙の理由などオウビにはどうでもよかった。


 拭った涙に映る炎。それを見てオウビは決意を新たにした。

 自分は父のようにはならない。イズルハの扱い方を間違いはしない。誤った幻想を捨て、道具として使っていくと。


 炎が燃える。その炎が父もイズルハとの思い出も、全てを燃やし尽くしてくれる気がした。

 その日からオウビとイズルハとの間には決定的なみぞができた。



 葬儀の後、すぐにオウビは父の後を継いで神主となり、町と人の清浄せいじょうを護る役目を担うようになった。

 巫覡士としての役目に明け暮れる日々の中、神社には他にも鬼械を管理していることもあって、滅多なことでは修祓にイズルハを連れていくこともなく、次第にイズルハと顔を合わせること自体少なくなっていった。


 いっそ他の神社にゆずってはと進言してくる巫女もいた。だがオウビはそうはせず、半ば死蔵するような形で神社で管理し続けた。

 オウビ自身、何故そうしたのか理解せずに。


 やがてオウビは男児を授かることになった。

 名をアガト。自分によく似た元気な我が子をオウビはいつくしみをもって育てた。

 アガトの世話と教育はウズメたち神社の巫女に任せることが多かったが、仕事の合間でも愛情を注ぐことを惜しまなかった。

 この子が立派な巫覡士となり神社を継ぐその時まで、決して死にはすまい。腕に抱いた我が子を見て、オウビの決意はより強いものとなった。

 


 そうして父の死から十数年の歳月が流れた、ある日のことだった。

 隣町の修祓の手伝いから帰ってきたオウビは、アガトの姿が見えないことに気付いた。

 いつもなら真っ先に出迎えてくれるはずの息子の姿は、神社内を探し回ってもなかなか見つからない。


「ウズメ、アガトはどうした。あれは誰と遊んでいる。まさかエンジュか?」

「いえ、エンジュとも遊んでいますが、今は、ええと……」


 観念して社務所で仕事をしていたウズメに尋ねると、ウズメはいたずらをとがめられた子供のように言いよどみ、視線を天井に彷徨さまよわせた。

 明らかに何かを隠そうとしている様子だ。


「どうしたウズメ。アガトは、今何をしているんだ」

「その、ですね。実は、イズルハと神社の裏手に――」


 ウズメが言い終える前に、オウビは走り出していた。

 何故走り出したのかオウビ自身分からなかった。突如として胸に沸き上がったざわつきに突き動かされ、気付けば走っていたのだ。

 神社の本殿ほんでんを回り込み本殿の裏手へと辿り着いたとき、そこに見えたのはまだ幼いアガトと、イズルハの後ろ姿だった。


 地面に落ちている松ぼっくりを拾い、楽しげに笑って何かを話すアガトと、何度も頷いて答えるイズルハ。

 ここからではイズルハの顔を見ることはできない。いつもの物憂げな表情なのか、それとも笑っているのか。

 手を繋いで歩くその姿はまるで母子のようであり、歳の離れた姉弟のようであった。


「――――――――」


 何も問題はない。イズルハがアガトを危険に晒そうとしている訳でもない。

 だがその姿を見た時、オウビの胸に何か言いようのない思いが去来した。

 そして何故だか声をかける気がおきず、オウビは胸を抑えてその場から立ち去った。



 それからだった。アガトが成長するたび、イズルハの横に並び立つその背が近くなるにつれ、オウビの胸に生まれたわだかまりが大きくなっていったのは。

 それの正体が何なのかもわからず、だが二人が共にいる様子を見るたび目を離せなくなっていた。


 そして、アガトが数え年で十五歳になったある日のこと。オウビは見てしまった。

 暖かな陽光の注ぐ縁側で、眠るアガトに膝枕をしてその頭を優しく撫でるイズルハの姿を。

 その瞬間、ずっと名前も分からず胸の内にあった感情のわだかまりが一気に膨れ上がり、渦を巻いて心の中に吹き荒れた。


「それは、私の」


 思わず口をついて出そうになったその言葉に、オウビはとっさに口を塞いだ。

 今、自分はいったい何を言おうとしていたのか。


 ――それは私の場所だぞ。


「……父上? どうかされましたか?」


 その声にアガトは目を覚まし、イズルハと共にオウビの方を見た。

 

「な、なんでもない。なんでもないんだ」

「おかしな父上」


 そう言ってイズルハの方を見て笑うアガト。その二人の姿を、オウビは直視できなかった。

 今見れば、自分の顔は醜く歪んでしまいそうだったからだ。


 ――嗚呼、そういうことか。


 ようやく、今になってようやく気付いてしまった。

 かつて抱き、怒りに塗り潰されてしまっていた己の想いに。


 ――私はこの美しい人形を、愛していたということか。


 家族や姉弟としてではなく、ただ一人の女として愛してしまっていたのだ。

 その想いに気付いた理由が、まさか我が子への嫉妬心からなどとは。


 イズルハへの想いに気付いてしまったこと、そして実の息子に嫉妬してしまった己の浅ましさをオウビは嘆いた。

 いくら悔やんでも悔やみきれない。何もかもが遅すぎた。

 何故今さらになって気付いてしまったのか。もっと早くに気付いてさえいれば。


 ――アガトは、イズルハのことをどう想っているのか。


 ふと浮かんだ疑問にオウビは苦笑する。そんなこと、考えるまでもないことだ。

 何故ならばアガトのその顔は、イズルハの水晶玉の瞳に映るその顔はまるで。


 かつての、恋をしていたことに気付いていなかった頃の自分と、瓜二つなのだから。

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