KAC20221 二刀流と付喪神
無月兄
第1話
長年使われ続けた道具は魂を持つ。いわゆる付喪神と呼ばれる存在だが、そんな付喪神達がたくさん集まって暮らす、付喪神の里というものがありました。
古い道具といっても、その古さは千差万別。戦国時代の鎧兜の付喪神がいれば、初代ファミコン付喪神なんてのもいます。
そんな中、刀の付喪神は、ブラウン管テレビの付喪神に頼んで、野球中継を見せてもらっていました。
えっ。ブラウン管テレビが映るのかって? そこはほら、付喪神パワーでなんとかしているのですよ。
それより大事なのは、スポーツニュースの内容です。
「やった、三者凡退だ! この前の打席ではホームランを打ったし、本当に凄いな」
刀くんのお目当ては一人の日本人メジャーリーガー。ピッチャーでありながらホームランバッターでもある、非常に珍しい選手です。
だけど、その様子を見てブラウン管テレビくんは不思議に思いました。
「刀くん。君はいつから野球好きになったんだい? ちょっと前は、刀たるものスポーツと言えば剣道一筋って言ってなかったっけ?」
刀くんにテレビを見せてあげるのはこれが初めてではありません。だけど以前は、スポーツ中継と言えば剣道。あとは、歴史番組や時代劇でした。
なのに最近は、もっぱら野球を見せてとせがんできます。
「見てみたら野球もいいもんだよ。だって、ほら──」
刀くんが画面の中を指差すと、アナウンサーが言ってました。
『ピッチャーでありながらバッターとしても一流。まさに二刀流です』
「二刀流なんて言われたら、刀としてはシンパシーを感じちゃうよ」
「うーん、そういうもんかな?」
「細かいことは気にしない」
得意げに言う刀くん。
だけどその時です。どこからか、しくしくと泣く声が聞こえてきました。
声のする方に目を向けると、そこにいたのはワラジの付喪神でした。
「ワラジくん、どうして泣いてるの?」
刀くんが尋ねると、ワラジくんは少しずつ話してくれました。
「みんな、最近は二つのことを同時にやると、何かにつけて二刀流って言うでしょ」
「うん。あの日本人メジャーリーガーはもちろん、勉強とスポーツとか、実業家とタレントとにだって使われてるね。それがどうしたの?」
「そういうのはね、ちょっと前までは、『二足のワラジをはく』って言われてたんだよ」
「あっ……」
そういえば、最近では『二足のワラジをはく』ってシチュエーションは、そのほとんどが二刀流にとって変わられていました。
「現在では実用性ゼロになったワラジにとって、この言葉が唯一の存在意義だったのに」
それが唯一の存在意義というのも悲しいですが、とにかくワラジくんはショックなようです。また、しくしくと泣きはじめました。
するとそこで、刀くんがいいました。
「そうだ。ボク、今度野球をやってみようと思ってるんだ」
「えっ。でも刀くん。確か今、剣道やってるよね?」
「そうだよ。剣道と野球、両方やるの。だけど二刀流とは言わずに、二足のワラジをはくって言うことにするよ」
「ほんと?」
刀くんの提案に、ワラジくんは涙が出るくらい嬉しくなりました。だけど同時に、ちょっと心配でもありました。
「でもいいの? 他ならぬ刀の君が二刀流を使わないなんて、アイデンティティーの崩壊に繋がるんじゃないの?」
付喪神が自らを否定するようなことをしてしまってもいいのだろうか。だけど刀くんは言います。
「大丈夫。だってボク、よく考えたら一振りの刀の付喪神だからね。二刀流にはどうやったってなれないよ」
「刀くん、ありがとう!」
よかったよかった。
だけど、そう思ったその時です。再び、どこからかしくしくと泣く声が聞こえてきました。
見ると、そこにいたのは下駄や草履の付喪神です。
「「『二足の下駄をはく』や『二足の草履をはく』って言葉もあるのを忘れないでね」」
どうやらこの問題、まだまだ終わりそうにありません。
KAC20221 二刀流と付喪神 無月兄 @tukuyomimutuki
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