第20話 闇狩

「ついに、準備が整った」


狩人の街、地下。

彼はフェリクス達一部の生徒を唆した法術教官だ。


彼の目の前には、巨大な水槽とそこにつながった複数のパイプが鎮座していた。


その中には、獅子の頭、羊の頭、そして蛇。

それらが一つになった異形の生物が浮かんでいた。


「これほどのキメラであれば、貧弱者しかいない狩人の街など一夜にして滅ぼしてくれよう」


彼がそれほどまでに自信を持つキメラとは、複数の魔物のパーツを使用して掛け合わせた異形のことである。

それぞれの魔物の強靭で凶悪な部分のみを使用することでより弱点の少ない、完璧な魔物を作り出せる。

しかしもちろん、この技術には弱点がある。

それはキメラとなった生物は正常な思考を持たないということだ。満腹にも関わらず、獲物を狩り続けたり、意味も無く吠え続けたり、そもそも歩くことができなかったり、最低以下の知能しか持たなくなるのだ。

複数の頭部によってそれを補うのだが、それでも通常の生物よりも極端に劣る知能しか有しない。

一応、指定した人間(ここでは法術士自身)を襲わないように設定できるのだが、「暴れる」「動かない」以外の命令を解することは無い。


「一部反応が無くなってしまったのだが、所詮雑魚。計画に問題はないじゃろうて」


既に完成していたキメラの一部は、新たなキメラの素材を回収する為に森に放していた。

そのキメラのうちの一体が遠征訓練にてドットルート達が戦ったものだった。

そして彼の目の前にあるのは最上級魔物を素材にした、まさに最強のキメラだった。


「王都でも簡単に落としてくれよう」


「これら使えば」


彼の言葉と主に地下に鎮座していた百を超える水槽全てに光が灯った。

中のキメラ達は目蓋を開き、開放の時を今か今かと待っていた。


「行け、我が最高傑作達。このチンケな街を滅ぼして見せよ」







「よくできてるなぁ」


「な!?誰じゃ」


いつの間にか彼の後ろにいたのは、黒衣に身を包み黄金の弓を手にした年若い狩人の姿だった。


「どうも、チンケな街の狩人だよ」


「ち、今更嗅ぎつけたか。しかし、もう遅い。既にキメラ共は起動している」


彼の言葉と共に水槽を満たしていた緑色の水が排出され中からキメラがガラスを破り飛び出した。

水槽に接続されていたパイプが空気が抜ける音と共に外れて地面へと崩れ落ちる。


そして、120ものキメラが地下へと解き放たれる。

キメラたちは、予め攻撃対象から除外されていた法術師を無視して、手近な獲物である狩人へと集っていく。

狩人はその様子を涼しい顔で眺めていた。


「ジュアぁあァア」


狩人の元に最も早く辿り着いたのは、先程法術師の目の前にいた獅子の頭を持つキメラだった。


そのまま人間の首を飛ばせる程の長い鉤爪を振り下ろした。

衝撃で石礫が飛び散る、が、キメラは自分の攻撃が空を切った事に気付き周りを見回す。


そこで咄嗟に上を見ると、宙を舞う狩人が弓をこちらに構えていた。


「ガッ…」


キメラが何かを叫ぼうとする前に、獅子の頭は極光に貫かれ蒸発した。


そのまま、崩れ落ちる体に目もくれず、弓を上に向けると、光を纏う矢を番える。


『遊星』


矢が纏う光が頂点に達した瞬間、熱量を持った塊が空へと打ち上がった。

地下の天井ギリギリまで登った光が花火のように弾けると、それを構成する小さな光がキメラたちへと降り注いだ。


一つ一つが先ほどの極光と同じ威力を持ち、キメラの体を貫いていく。

一部のキメラは一つの攻撃を耐え切ることは出来ても、追加で狩人が放つ射撃には耐えることができず、いずれも命を落としていった。


続々とキメラが狩られていく中で、法術師だけは不思議なことに傷一つ負うことなく残っていた。


「ばかな、こんな馬鹿なことがあるはずが」


目の前の光景を受け入れられないながらも、この場にいては不味いことはわかった彼は、キメラが狩人の相手をしている間に逃げようと走り出していた。


「伝えねば、まさかこのような鬼札があったとは」


背中に爆音と衝撃を感じながらも必死に足を動かす。


「我らは負けんぞ。次こそ、次こそは」




「ねぇ」

「!?」


静寂の中に幼い声が響く。

振り返ると既に動くものは無かった。ただ一人、狩人を除いて。


「これほどまでとは思わなんだ、『王国の狩人』」

「知ってたのに、こんな大それたことが出来ると思ってたんだ?」

「少しばかり優れた掃除屋を持っている程度で調子に乗る王国に、灸を据えようとしただけじゃ」

「そっか、それなら調子に乗っていたのがどちらか分かったかな?」


狩人の安い挑発に法術師は額をひくつかせながらも、現状の打破のために思考を巡らせたが、すぐに詰みとなっていることを悟った。


「まあ、よい。王国の矢を一つ道連れに出来ると思えば」


そう言って法術師が胸元から何かを取り出そうとするのに気づいた狩人は手首を撃ち抜いた


「がっあ」


胸元からこぼれ落ちた紫の水晶には、既に気力が纏われており刻まれた術式が起動していることが伺えた。


「ははっ、1000人分の気を使用した爆発術式じゃ!!もう止められん」


段々と光が強くなっていく水晶を前に、狩人は一瞬の間も無く行動に移していた。


まず一矢、天井を貫き、空へと穴を開けた。

もう一矢、水晶を貫いた矢は水晶をその矢柄へと引っ掛けたまま、複雑な軌道を描いて天井の穴へと飛び込んだ。

しばらくして、狩人の街の遥か上空で爆発音が響いた。


「なっ、そんな馬鹿な」


あんぐりと口を開けて呟いた法術師の四肢に矢を打ち込み無力化すると、その体を引き摺って狩人は地下を去った。





翌日、狩人の街の上空での爆発は噂となったが、爆心の真下にあった教会は不思議なことに屋根が新しくなっていたのだった。



──────────



「ミハイル、昨日の爆発聞きましたか?魔術の暴発らしいですが」


「らしいね、僕は何も聞こえなかったけど」

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ただのエルフ @R2D2

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