第19話 人誇

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一人の少年がいた。

彼は裕福な魔術師の息子として産まれ、そして魔術師として育っていた。


父と母と自分と妹

何一つ不自由無く、そして満ち足りた家庭がそこにはあった。


しかし、その幸せは瞬く間に奪われた。



ある日、買い物から帰った時。


「ただいま…あれ?」


いつもであれば、母の優しい声と共に可愛い妹が飛び出してくるはずだった。


「何…この匂い」


少年が初めて嗅いだ匂い、それが家中を満たしていた。


そしてリビングへと辿り着いた時全ての疑問が氷解した。


「父上!母上!」


二人はうつ伏せになって頭から血を流していた。

頭部を何かで貫かれていた。


即死だった。


「あぁ、あああああぁあ」


自然と涙が出て来た。涙を流し呻きながら、あと一人残った家族を探す。


「えリな、どこだ。えりな、いるんだろ」


やがて子供部屋の存在を思い出し。よろよろとリビングの奥へと向かう。


そしてドアを開けた瞬間。見慣れた金髪が飛び込んできた。

直ぐ様抱きしめる。


「うぅ、良かった、エリナ。エリナ」


世界の全てから守るように強く抱きしめた瞬間、ぬるりとした感触と嗅いだことのある臭いに気づく。


剣の臭い、鉄の臭い、そして血の臭い。


「エリナっ」


驚いて顔を離すと、既に彼女の瞳は世界を映してはいなかった。

側頭部からは血を流し既に硬直が始まっていた。


「嘘だ、嘘だ嘘だうそだウソだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ」




そして彼は一夜にして家族を失った。

残ったのはリビングに残ったのは緑の血痕。


緑の血が流れるのは一部の蜥蜴人リザードマンのみ。


つまり、亜人だった。





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「それが、俺だ」


フェリクスの語りを聞いた俺たちは声を出せずにいた。

ギドは姉がいるし、彼の気持ちを察して余りあるのだろう。

俺だって元いた村の人には強い思い入れがある。

それがいきなり殺されてしまうとなれば彼が復讐を決意したというのも分かるというものだ。


「だが、亜人全てを憎んでしまったのは俺の短慮だった。そして、普人族が誇り高い種族だというのもまた傲りだった」


後半で彼が言ったのは、仲間の少女を打ち捨てて逃げ出した少年の事だろう。




あの遠征訓練から1週間が経っていた。

あの二頭の化け物を討伐した後教官達が救出に来ていた。

どうやら他の場所でも自然のものとは思えないような魔物が発生しており、生徒達を避難させながらそれらに対処していたらしい。

俺は回復薬を飲んだとは言え疲れを取る為にもしばらく静養させられていた。


その後にやっと、学校に出て来たところでフェリクスが話をしたいと申し出て来たという訳だ。

そして彼の語りは本題に入った。


「法術士、ですか」

「そう、法術士。それも法術学校から派遣されている教官だ」


彼が亜人排斥を訴えるようになったのは法術士の影響との事だ。

元々彼は亜人を嫌ってはいたが、それでもその事を周りに吹聴するようなことはなかったらしい。


そんな彼に対し法術士は言った。


『亜人に被害に遭って苦しんでいる人たちの集まりに参加してほしい』


最初は彼らの傷を癒すのが目的だったが、段々と亜人への攻撃性が増していき、最終的には被害を受けていない生徒達にも演説をするようになっていたらしい。


「そして、教会でクラスメイト相手に亜人排斥思想を流布していたというわけですか」

「あぁ、すまない」

「もうやらねぇなら、俺は気にしねぇ」

「うぅ、辛かったんですねぇ」


ただ、もう俺たちは気にしてはいなかった。

モールの求めに応えて、俺たちを助けに来た彼の心根を疑うことは俺にはできない。


「このことは、教官に相談でもしておきましょう」

「どんな処罰も受けるつもりだ」


おそらく、処罰を受けるのは彼よりも彼らを扇動した法術士だろう。

他にも彼の影響を受けたものが狩人学校に居るに違いない。


フェリクスが弱々しく呟いた。


「俺もあいつらも、鍛錬が必要だな。体じゃ無くて、心の鍛錬が」


それなら良い案がある。彼らと親睦を深めつつ、心を鍛える、良い方法が。


「それなら、良い方法がありますよ。明日、全員連れて来てください」




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次の日は丁度休日だった。

そして、俺たちは外の運動場に居た。


目の前にいるのはフェリクスと遠征訓練に参加していた十数人。

俺は彼らの前に歩み出ると全員に聞こえるように声を張った。


「皆さん、今日は来てくれてありがとうございます。この前の遠征訓練を経て、俺とフェリクスが和解したので、親睦を兼ねて皆さんと一緒に訓練をしたいと申し出ました。今日はよろしくお願いします」


俺の言葉に対し、彼らの反応は戸惑いが大きいようだ。

亜人に対し最も強い憎しみを持っていたはずのフェリクスがいきなり亜人と仲良くなった。リーダーの意見が180度変わってしまってどう振る舞えば良いかわからないらしい。


「よろしくね」


一人の少女の声が聞こえた。

彼女は化け物が襲撃した際に俺が助けた少女だった。


「あと、助けてくれてありがと」

「…どういたしまして」


彼女の真っ直ぐなお礼に少し照れてしまった。

続けて背の高い少年が声を上げる。


「ボクもこの訓練、参加するよ」

「ナコフ」

「フェリクス。変われたんだね、良かった」


少年は噛み締めるように呟く。

少年は復讐に燃えるフェリクスの行く末を心配していたのだろう。


「俺もやるぜ」

「俺もだ」

「オレだって」

「私も!」


彼らに続いて続々と声が上がり、やがて全員が参加を表明した。


「よし。それじゃあ訓練を始めます」


そして、俺たちの友情と絆の合同訓練が始まったのだ。






──────────



「ゼェ、ハァ、なぁ、ルート、さん、まだ走るのか?」

「え?、まだ8週目ですよ」

「ずっと、ぜんりょく、で、はしって、るから」

「大丈夫です。8周走れたってことは、次の8周も走れますよ」

「…」



「ねぇ、手の皮剥けちゃったから、手当てする為に帰っていい?」

「良かった、丁度軟膏持って来てたんですよ。使ってください」

「わたし、飲む方しか使ったことがないんだけどー?」

「飲用の回復薬も持って来てますよ」

「…アリガト……」

「いえいえ、他の皆さんも怪我したり、弦が切れても大丈夫なように準備してるので安心してください」

「「「………」」」



「なあ、ドットルート。少しキツすぎないか」

「え、呼吸できてるじゃないですか」

「え?」

「え?」


「だが見て分かるだろう。さすがに明日に響くだろうから、ペースを落とそう」

「そうですか、確かに彼らの様子だと明日の訓練にも響くかもしれないですね」

「え?」

「え?」


「ちなみに今日の訓練は何時ごろ終わるつもりなのか聞いても良いか?」

「明日の10時です」

「え?」

「え?」



やがて訓練中に迷子になるクラスメイト達が増え出した。

彼らから行方不明者が出てしまえば俺の責任なので、もちろん全員見つけ出したが。

なぜか連れ戻された者達の視線が少しずつ険悪なものになっていった。


やがて日を跨ぐ頃になると彼らの視線はさらに鋭くなり、俺に対して不意打ちの練習を行う者も出て来た。


積極的に訓練を行うものが増えて来て俺は嬉しすぎて、力加減を誤ってしまった。


それにも関わらず嬉しそうな彼。

達成感に浸りながら右腕を抱える彼に俺は乙級回復薬を取り出した。


彼はそれを見た瞬間発狂していたが、彼に無理やり薬を飲ませるとみるみるうちに右腕の傷は癒えて行き、彼の目は死んでいった。不思議だ。




──────────


そして休み明け。


「ヒィ」

「く、来るなくるなクルなあ!」

「イヤ!、来ないで!!」

「誰か、助けてくれぇぇ」



友情と絆はどこに行った?


そして、俺は狂った鶏クレイジーチキンと呼ばれるようになった。

解せぬ。

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