小さな体で空へはばたく

荒川馳夫

勇気をくれた、羽なき鳥

 私が幼稚園に通っていたころのお話だ。

友達が幼稚園での生活になじむのが早かったのに比べ、私は幼稚園という場所が好きではなかった。いきたくない場所だった。


幼稚園=母と引き離されるところ


のイメージがあったからだろう。

いつでも、どこでもお母さんと一緒にいたい。絶対に離れたくない!

幼稚園にいるときの私はいつでも不機嫌だったと記憶している。


「はやくおうちにかえりたい。はやくママにあいたい」


そう言っては先生を困らせる毎日だった。



 一方で、幼稚園のない休日は幼い私にとって最高の日だった。母と長い間、一緒にいられると知っていたからだ。


「今日は何をする?」


母がそう聞いてきたら、決まってこの言葉だ。


「おさんぽする!」


私は散歩が大好きだった。生き物や花などを見るのが好きだったからだ。

その日は母の提案で幼稚園の近くを歩くことにした。早くなじんでほしいという母の願いがあったのかもしれない。


「あ、とりさんだ!」


この頃の私は空を飛んでいる生き物をすべて、鳥だと思っていた。

トンボ、セミ、蝶々なども鳥。彼らはスズメやカラスのお友達、が常識になっていた。


「そうだね。鳥さんが羽を動かして空を飛んでいるね」


母は私のいうことを訂正したりはしなかった。私が指さしたのは蝶々だったが、このときは鳥にされた。



 その後も、空飛ぶ生き物を探しては追いかけ続けた。

そして、不思議な光景を目にした。羽のない小さな生き物がフワフワと飛んでいた。それもかなりの数だった。


「ママ、あれなあに?」


「あれは綿毛っていうのよ」


わたげという言葉は私の辞書になかった。母はそれを察してくれたのだろう。


「たんぽぽさんの子ども。これから遠くにお引越しして、新しい場所でお花を咲かせるの」


羽がなくても空を飛ぶ生き物がいるのを初めて知り、私は驚いた。

こんな小さな体で空に舞うなんて。どこにそんな力があるんだろう。

綿毛のいくつかが幼稚園の敷地内に入っていった。私はそれを追いかけたが、柵があるために入ることができなかった。


「遠くまで飛んで、幼稚園の中までいけるなんてすごいね」


母が私の思っていることを代弁してくれた。

その日のささいな出来事が、私に大きな影響を与えることとなった。



 それ以降、私は幼稚園にいくことを嫌がらなくなった。そこに根を下ろした綿毛の成長を間近で見たかったからだ。

毎日、綿毛の落ちた場所を眺めていた。たんぽぽが咲くのを見たくてたまらなかった。


「がんばれ、わたげさん。たんぽぽになるんだよ」


その願いは叶い、敷地内にたんぽぽが咲いた。とてもきれいだった。


「わたげさんすごいね。あんなにちっちゃいからだでそらをとんで、たんぽぽになれるなんて」


少しの沈黙のあと、私はたんぽぽに決意表明をした。


「わたしもがんばる!ママがいなくてもだいじょうぶ。たんぽぽがちかくにいてくれるもん」



 それから、随分と年月が経った現在。私は一児の母になっていた。

かつて自身が通っていた幼稚園から離れた、別の幼稚園に息子を通わせている。


「さあ、幼稚園にいく時間だね。準備しようか」


準備を終えた息子と一緒に幼稚園に向かう。息子がこう言ってきた。


「ようちえんにはたんぽぽがさいてて、とってもきれいなんだ。ママはたんぽぽがすき?」


「もちろん。ママもたんぽぽは大好きだよ。勇気をくれるお花だから」


幼稚園に到着した後、私は職場に向かうことにした。

その前に息子の幼稚園に咲くたんぽぽにむかって、


「勇気をくれてありがとう。私はこれからも頑張るよ」


と伝わらないと分かっている、感謝の気持ちを伝えた。





















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小さな体で空へはばたく 荒川馳夫 @arakawa_haseo111

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