第4話 メッセージ
「美味しい」
自然と口から溢れた。
とにかく、ひと口、ふた口と食べるうちに、満たされた幸せな気持ちになったんだ。
「いい顔だ。作った甲斐があるよ」
卵焼きを摘んでいた有家さんが柔らかく微笑んだ。
「えっ、この料理って、有家さんが作ったんですか」
「ああ。道楽と実益を兼ねたいい趣味だろう」
「うわぁ、贅沢な趣味ですね…… あ、す、すみません」
この料理を作るのにどれほどの時間とお金がかかっているかと思って、つい余計な言葉が零れ僕は焦った。
「構わないよ。その通り、100年前じゃ簡素な食事だったんだろうけれど、今じゃ値段もつけられない」
「こんなご馳走が簡素だったなんて。信じられないです」
「飽きるほど食べ物があった時代だからね。大量に食料を輸入しているのに、食べ残してゴミとして捨てていたらしいし」
「なんて勿体ない……」
「満たされていると『食』への関心は薄れてしまうのかもね、今みたいに食への諦めばかりでも寂しいけれど」
「…… 僕は諦めてはいませんけれどね」
「分かっている。だから君を呼んだんだ」
食事を満喫した後、いよいよ畑を見せてもらった。
環境にも人にも負荷がかかる農業じゃ続けられないという事で、スタッフの数は最小限にし、AIやロボット技術などの最先端の技術を取り入れて生育の管理や給排水をコントロールするなどして運営しているらしい。
畑にはつやつやしたサヤエンドウやグリンピースが実っていたり、緑鮮やかなアスパラガスがすくっと生えていたりしていた。
初めて見て、触れる本物の野菜。大地に育まれた食べものは綺麗だった。
収穫して、簡単に調理して食べたらその豊かな味わいに感動した。
色々見たり聞いたりするうちにあっという間に時間は過ぎて、日が暮れてきた。
「最後に田んぼを見に行こうか。この時間は最高なんだ」
平地ではないから、段々と広がる田んぼ。そこでに若い稲が揺れている。
太陽が山間に沈んでいくにつれて、世界の色がゆっくり変わっていく。
空は赤、オレンジ、紫、紺のグラデーション。
そして、水田はそれを鏡のように反射して、上も下も極彩色に染まっている。
胸に沁みる。
遠い先祖は、この奇跡のように美しい景色を日常的に見ていたのだろうか。
「なんだか、涙が出てしまいました。美しくて」
「この風景を、俺達は長い間忘れてしまっていた。でも、忘れたくないと思う。人にとって『食』というのはただのカロリー摂取だけではないと思うんだ。もっと根源的なもの」
「僕もそう思います。食べることは生きることそのものように感じるんです。そして『食』を大切にすることは、自分自身を大切にすることに繋がるんじゃないかと思います」
有家さんはゆっくり頷いた。
「人の寿命が短くなったのは地球の為には良い事なのかもしれない。でも、あらゆる欲を放棄していくうちに人々は生きる喜びも失ってきた。…… そろそろ、未来を見ても良いんじゃないかと思う。先ずは食から一緒に変えていこう」
「はい。農業の再生も、UKEの新たな可能性の研究も一筋縄じゃいかなそうですけれど、力を尽くします。僕は美味しいものが食べたいですし、みんなにも食べて欲しいですから。…… 有家さん、今日は最高のバースデープレゼントをありがとうございました」
今日は、いい1日だった。
そして、僕の26年の人生の中でもかなり刺激的な日だった。
人間は終末にいるのでは無く、新たなスタートにいると思えるようになった。
明日が…… 楽しみだ。
平均寿命まで、僕はあと7年くらい。
誰へという訳じゃないけれど、未来の誰かに遺したくて誕生日毎にこのメッセージを作っている。
このメッセージを聴いた君、君は今美味しいものを食べれているかい?
そうだといい。
未来の君たちが、笑顔で美味しいものを食べれるように、僕はまた明日から頑張るよ。
じゃあ、また。1年後に。
2117年5月9日 保田 月人
忘れられた水鏡 碧月 葉 @momobeko
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