第3話 バースデープレゼント

「賞品は、バースデープレゼントを兼ねてってことで良いかい?」


 ひと月前、社長の有家うけさんから連絡が入った。

 『UKE Corporation』の社長っていったら、今や世界の要人トップ50には入るとんでもない人物だ。

 

 用件は昨年度のプレジデントアワード(社長賞)の賞品についてだった。

 僕は昨年、「UKE」の新味開発が会社の可能性を広げたという事で、社内表彰を受けていた。

 副賞として社長からの贈り物があるのは知っていたけれど、まさか直接話ができるとは思わなかった。  


 やけに大きい鼓動が響く。

 僕は必死に話の内容を聞き取っていたのだけれど、プレゼント内容に興奮するあまり途中で意識が飛びかけた。


「そういう訳だから、来月9日の朝、君の自宅に車を遣るからね」


 そう言って通信は終わった。

 プレゼント、それはなんと有家社長の私設研究所への招待だった。


 

 世界から農業が消えて60余年が過ぎた。

 今生きている人間のほとんどは、大地で作られた食べ物を知らない。

 「UKE」さえあれば、もう農業なんて要らないと言われている。


 …… 本当のところはどうだろう。

 栄養は足りているはずなのに、ヒトの寿命は下がり続けてきた。

 その謎を解くため僕は「美味しい」というアプローチを試みて、一定の手応えを感じている。

 でも、工業的に作り出される「UKE」には何かが足りない気がする。

 だから僕は、従来の食糧生産方法である、農業に強い興味を持っている。



 さて、今日訪問する社長の研究所には、畑や田んぼがあるという。

 なんでも特別な許可を得た試験的な取り組みだとか。

 

 そわそわしながら迎えを待っていると、ソウキスがエアモビリティの到着を知らせた。

 

 透明感のある、つるんとしたシルバーの機体に乗り込むと、自動運転が始まった。

 エアモビリティは、静かに水平に移動した後、滑らかな動作で空へ飛び立った。

 

 雲が近い。眼下には鳥の群れ。

 陽の光は点在する家々の銀色の屋根をキラリと光らせている。

 街をすり抜け、野原を越えて、マシンは社長の待つ標高900メートルの高原、みずみずしい緑が溢れる山間に着陸した。


 辺りには、僕が想像していたような研究所的建物は見当たらない。

 案内役のアンドロイドに連れられて、左右の柱の上に一本の木を通しただけの簡単な門を潜ると、その先に茅葺きの木造家屋が建っていた。

 戸口には、サスペンダー式のおしゃれなエプロン姿の男性が立っていて、僕にニコニコと手を振っている。


 …… よく見るとアレは社長だ。

 僕は慌てて走っていき挨拶をした。


「俺の秘密基地へようこそ。今日は君に楽しんで欲しいから堅苦しいのは無しでいこう。リラックスして付き合ってよ」


 画面越しとはまるで違うラフな有家さんに付いて家に入ると、そこはレトロというより、もはや異世界だった。

 土間に面した板の間には囲炉裏があり、ほんのり煙臭い室内は黒光りする大きな柱が何本も通っている。

 おとぎ話のようなデザインの部屋を見渡しながら、僕は藁で出来た座布団に腰をおろした。


「農業を見たいって事だけれど、百聞は一食にしかず。先ずは食べてみて欲しい。私自慢の『一汁三菜』だ」


 そう言って有家さんは、食事を運んできた。

 

 凄い…… 資料で繰り返し見て憧れた、昔の食事が目の前にある。

 

 白いご飯、揚げ豆腐、翡翠色の野菜の煮物、ふんわりした卵焼きが、土ものの素朴な器に盛り付けされている。

 そして木製の椀の中には筍の味噌汁が。


「どうぞ、召し上がれ」


「はい、いただきます」

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