獏の夢

鹽夜亮

獏の夢

「人の夢を喰らった獏は、どんな夢を見るのかしら?」

「ああ、それはね…」



 夢とは不思議で魅力的なものである。

 時に現実のように、時にあらゆるファンタジーを超える壮大さを持ち、またある時は甘美に、そしてある時はどこまでも恐ろしく。私は夢に惹かれていた。私が、自らの夢や他者の夢をノートに書き残し始めたのは、その故を考えれば必然であったのかもしれない。

 だが、私は今このノートに、夢以外のことをはじめて記している。そう、夢、以外のことを。

 私は現実に、今ここで、こうしてペンを動かしている。昨夜見た夢を思い返しながら、漠然としたそれを少しでも鮮明にするよう、目を凝らしながら。机に向かって、珈琲を傾けている。隣では梟が首を傾げている。外では何やら、天狗が欠伸をしているようだ。退屈そうに見える。ああ、早く書き終えて彼と話をしなければ。長閑な日常の風景に、私は幾分かの微睡と安息を思った。

 赤い珈琲を飲みながら、私はペンを動かしている。ああ、家族の声が少々うるさい。祖母は料理を作っているようだ。昨日は祖母の三回忌も無事に終わった。心の整理がつくというのは、どこか寂しいものだと家族で話をしたものだ。

 さて、つまらない日記などここでやめて、昨夜の夢の話に移ろう。

 

 昨夜、私は獏を喰らう夢を見た。獏は、私の思ったより幾分か小さかった。猟師だった祖父の手を借り、まるで鹿や猪かのように獏を解体した。内臓や肉は赤々としていて、何ら他の動物と変わるところがなかった。肋骨についた肉は適度な脂肪を纏っていて、随分と食欲を刺激された。解体を終えた祖父と私は、食肉と化した獏を醤油味で煮込んで、食べた。期待したほど面白い味ではなかった。食感や味としては猪肉に似ていたが、獣臭さは少なかった。食べやすい肉だ、と祖父と話した。…


 これが昨夜の夢の内容である。至って自然に、夢の中で獏は食肉と化していた。この夢の夢らしき部分など、それが獏であることしか見当たらないほどに。祖父が猟師であったのは事実であるし、鹿の解体を手伝ったこともある。おそらく、その経験から来た夢であろう。…ああ、待ってくれ。町中で下校のチャイムが鳴っている。スマートフォンで操作しなければ、うるさいものだ。…

 隣の梟は先程寝入ったと思っていたのだが、どうやら彼は死んだらしい。鼠がそれを貪っている。天狗は飽きたのか、どこか山奥へ帰ってしまった。今日は話をしようと思っていたのに、残念だ。彼になら昨夜の夢の意味を問えるだろうか。ともかく、居なくなってしまったのなら仕方がない。夕方あたりに遊びに来る鬼でもゆったりと待つとしよう。…








「人の夢を喰らった獏は、どんな夢を見るのかしら?」

「ああ、それはね。獏が夢に食われる夢さ」


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獏の夢 鹽夜亮 @yuu1201

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