第6話


 壇上で学園長と談笑をしながら、リヴィアは痛いくらいの視線を感じていた。


 リヴィアがウィルフレッドによって修道院に入れられたと信じていたのだろう。事実、リヴィアは突然学園に来なくなった。王都の屋敷にも姿が見えないとなれば、まことしやかに流れている噂が真実なのだと思ってしまうのは仕方が無い事だ。


 (実際は殿下に入れられたのではなく、自主的に修道院に入ったのですけどね。)


 今の二人は誰が見ても、お互いを思い合っている婚約者同士だ。もともと仲は悪くない。むしろ、良好であった。プリシラやハルバートに引き裂かれるような事さえなければ。


 学園長に続いて、壇上から下りたリヴィアとウィルフレッドをご令息、ご令嬢が取り囲む。皆、一様に笑顔を浮かべているが、どこか取り繕ったような、貼り付けたような笑顔だ。きっと噂を鵜呑みにしてウィルフレッドに疎まれたリヴィアの事をすでにいない者としていたのだろう。しかし、リヴィアは戻って来た。ウィルフレッドの婚約者のまま、以前より仲睦まじくなって。


 噂の真偽はどうであれ、彼らにとって大事なのはウィルフレッドがリヴィアを伴い夜会に出席したと言う一点のみ。であるなら、リヴィアをいない者として扱う事など出来る筈はない。


 「ご病気と伺いましたが、体調はよろしいのですか?」とか「リヴィア様のいらっしゃらない学園は寂しかったですわ。」とか思ってもいない事を口にするご令嬢方にリヴィアも口先だけで「ありがとうございます。もう大丈夫ですわ。」と礼を述べる。


 声をかけてくるご令嬢、ご令息方一人一人に丁寧にリヴィアが言葉を返していると、


 「リヴィアさん、ウィル様と婚約を解消なさったのでしょう?どうしてウィル様のお隣にいらっしゃるの?」


 無邪気を装ってストレートな嫌味をぶつけてきたのは、先程まで遠巻きにこちらを見ていたプリシラだ。


 「ご機嫌よう、アリアドナ伯爵令嬢。今宵はとてもいい夜ですわね。」


 「質問に答えなさいよ。」


 リヴィアの意に介さずな挨拶に苛立ったのか、プリシラの顔からはお嬢様の仮面が落ちている。


 「酷い誤解もあったものだな。私とリヴィアは婚約の解消などしない。」


 リヴィアがプリシラに返事をするより先に、ウィルフレッドがプリシラを牽制する。


 「リヴィアさんが自分から婚約を解消すると言ったのをウィル様だって聞いたじゃありませんかっ!」


 「、リヴィアはそんな事言ってはいない。」


 「嘘っ!確かにそこの女は…」


 「アリアドナ伯爵令嬢、リヴィアはそのような事は言っていないと言っているんだ。あと、私は貴女に愛称を呼ぶ事を許可してはいない。やめて貰おうか。」


 リヴィアが婚約解消を口にした時、それを聞いたのはウィルフレッドとプリシラ。そして、発言した張本人のリヴィアだけだ。その中で一番身分の高いウィルフレッドがリヴィアはそんな事を口にしていないと言えば、そちらが真実になる。


 「で、でも、リヴィアさんがウィル様に不敬を働いたのは事実ですっ!それだけでも、充分未来の王妃に相応しくありませんっ!」


 なんとかリヴィアを追い落とそうと必死なプリシラはリヴィアがウィルフレッドに不敬を働いたと訴える。


 「あれはリヴィアなりの愛情表現。言わばスキンシップだ。重ねて言うが愛称呼びをやめてくれ。」


 「嘘よっ!あんな…あれがスキンシップな訳ないっ!ウィル様は騙されてるっ!」


 「愛情表現は人それぞれだ。どれが正解でどれが間違っているかなんて、他人が決めるのは愚の骨頂。私達には私達なりの愛情表現がありスキンシップの仕方がある。だからその愛称呼びをやめろと言っている。」


 リヴィアはあらまあとウィルフレッドとプリシラのやり取りを眺めていた。


 プリシラからすれば、大誤算だったに違いない。きっと嫌っているだろうと思っていた婚約者をウィルフレッド自身が庇うのだから。


 (あれが愛情表現でスキンシップなんて言われても納得は出来ませんよね。)


 あんな愛情表現を受け続けていたら、お世継ぎが出来る前に体がボロボロになってしまう。


 「じゃあ、二人は常日頃からあんなスキンシップをしてたって事?そんなの今まで見た事ないわっ!」


 「私達は幼い頃から公の立場がある身として過ごしてきた。公の場では当然慎む。だが、私とリヴィアがの時にどんなスキンシップをしているかなど、聞くのは野暮だと思うが?」


 最早、これ以上反論がないくらい論破されたプリシラは着ているドレスを皺が出来るくらい強く握りしめて、顔を真っ赤にしていた。ウィルフレッドの言い方ではプリシラの方こそ婚約者同士が人目を避けて愛を語らっていた場面に乱入してきた痴女であるかのような印象を受ける。共犯のハルバートは旗色が悪いと察するや否や、会場から姿を消していた。たとえ今この場から逃げたとしても、逃げ場などどこにもないとハルバートが気付くのはもう少し先だ。


 「納得して貰えたなら、もういいだろうか?今後は噂などに惑わされず、学生の本分を真っ当してくれる事を願う。」


 (訳:これ以上余計な事言うな。これから先悪質な噂を流さずに学業に専念するなら見逃してやる。と言ったところでしょうか?)


 プリシラがウィルフレッドの温情を正しく理解したかリヴィアにはわからない。もし、理解せず懲りもせず何かしてくるつもりなら次は容赦なく徹底的に潰そうとリヴィアは固く決意する。


 そうしてリヴィアとウィルフレッドは肩を震わせて立ち尽くすプリシラをその場に残して、挨拶にやって来る人達と朗らかに談笑をしているうちにいつの間にかプリシラはいなくなっていた。

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