第4話


 その言葉にリヴィアは頭を殴られたような衝撃を受けた。


 (愛してないっ!?)


 てっきり、話の流れから彼女を愛人とする事を認めて欲しいと言ってくると思っていたのに…愛していないとは!


 「ですが、毎日彼女をお傍に置いておられましたよね?」


 「あれは、彼女がいじめられているから傍に置いて欲しいとハルバートに頼まれたからだ。私の傍にいればいじめる人間はいないだろうからと。」


 王太子殿下の目の前でそんな事が出来る太い肝の持ち主は確かにいないだろう。


 「では、殿下は純粋に人助けで彼女を傍に置いていらしたのですか?」


 「それ以外に何が?」


 どうやら彼は本当にプリシラをいじめから守っているだけのつもりだったようだ。


 「では何故、私を遠ざけられたのですか?」


 「私は君を遠ざけたつもりはないが?」


 「ですが、ナーラン卿が…」


 そこまで言ってリヴィアははっとした。


 そうだ、ウィルフレッドからの伝言だと言ってリヴィアに色々と彼の伝言を伝えて来たのはハルバート・ナーラン。


 「…殿下は、ナーラン卿に私宛の伝言を頼んだりしましたか?」


 「いや?頼んだ事はないが…」


 なんとなくだが、だんだんと見えて来たような気がする。ウィルフレッドも気付いたのだろう。リヴィアが故意に自分から遠ざけられていた事が。


 「ハルバートの奴…」


 ウィルフレッドにしては珍しく言葉が乱れた。それくらい怒っているらしい。


 「殿下、どうやら私達の間には大いなる誤解が生じていたみたいですね。」


 それも故意に。悪意ある者によって。


 「何事も自分で確認。報告、連絡、相談が重要だな。」


 「まったく同感です。」


 ハルバートはウィルフレッドの学友の一人だからと疑いもせず、彼の言う事をほいほい信じてしまったリヴィアのミスだ。


 「リヴィア。」


 憤慨し、目の前にいるウィルフレッドの存在を半ば忘れてしまっていたリヴィアは名を呼ばれてはっとした。


 「申し訳ありません。なんでしょう?」


 「誤解だとわかったのだから、戻って来てくれるだろうか?」


 懇願するように上目遣いで見てくるウィルフレッドが意外にも可愛いくて、すぐにでも「もちろん」と答えたくなるのをすんでのところで堪える。


 「殿下。どうせなら私達がとても仲が良いと理解して頂く必要があると思うのですが。」


 誰に?もちろんハルバート・ナーランとプリシラ・アリアドナだ。彼女を傍に置いて欲しいと頼んできたのはハルバートだ。二人が無関係である筈がない。


 「学園で夜会を開こう。」


 「どう言った名目で開くおつもりですか?」


 簡単に言うけれど、夜会を開くにもそれなりの理由がいる。場所が学園であってもそれは必要だ。


 「学園長が学園長になってもうすぐ十年目になる。」


 「それは、お祝いしないといけませんわね。」


 学園長のお祝いならば、学園で夜会を開く充分な理由になる。


 「一ヶ月後でどうだろうか?」


 「ドレスを新調する時間が必要なので、二ヶ月後でお願いします。」


 「やり取りは?」


 「明日一番で秘密裏に王都の屋敷に戻ります。細かい打ち合わせは戻ってからに致しましょう。」


 「わかった。」


 ポンポンとテンポよく、必要最低限の会話を交わす二人。伊達に長年婚約者同士をやっていない。


      ◇     ◇


 ウィルフレッドが修道院にやって来てからは目まぐるしい日々だった。


 あの後、すぐに王都に取って返したウィルフレッドは早速学園長をお祝いする夜会を提案して、無事受理された。普段勉強ばかりの学生達だからこそ、こう言ったイベント事はよい息抜きになる。


 その事を密かに戻った王都の屋敷で知ったリヴィアは「流石、殿下。」とほくそ笑んだ。


 リヴィアは計画の為にシャンペール家お抱えのお針子達に急ピッチでドレスを新調して貰う。お針子達も「お嬢様の為にっ!」と渾身の一着を縫い上げてくれた。彼女達には休暇とボーナスをあげるようにリヴィアが父に頼んだのは言うまでもない。


 夜会当日。まだ、誰も来ない時間にこっそりと学園を訪れたリヴィアはウィルフレッドの為に用意された控え室にデイジーと入り込むと二人で身を隠した。王太子殿下の控え室である。覗いたりする不埒者はいないが、万が一の為に窓のカーテンをぴっちり閉めて内側から鍵をかけておいた。


 一時間程、長椅子に座って息を潜めていると控え室のドアがノックされた。


 コンコン…コン。


 続けて二回、少し間を開けて一回。この叩き方はあらかじめウィルフレッドと決めていた合図だった。


 リヴィアが頷くとドアに近付いたデイジーが内鍵を開ける。薄く開けたドアから体を滑り込ませて来たのはウィルフレッドだ。


 「すまない、待たせた。」


 ウィルフレッドと彼の侍従のロカが素早く入って来るとすぐに控え室のドアを閉めた。


 「いいえ、大丈夫です。それより怪しまれませんでしたか?」


 立ち上がろうとしたリヴィアを手で押しとどめたウィルフレッドは彼女の隣に座る。すぐにロカとデイジーがお茶の用意をする。人に怪しまれないようにウィルフレッドが来るまで室内の設備が使えなかったのだ。


 「ああ、大丈夫だ。」


 今夜、リヴィアが夜会に出席する事は知らされいない。リヴィアは病気療養の為、領地に戻っている事になっている。と言うのは建前で実はウィルフレッドに不敬を働いた為修道院に入れられたのだ。とプリシラとハルバートが密かに吹聴して回るのを止めずに敢えて流れるままにしておいた。


 ロカとデイジーが用意してくれたお茶を頂きながら、寛いでいるとドアが控え目にノックされる。ドアに近付いたロカがドアを開けずに対応する。


 「殿下、皆さん揃いました。」


 対応したロカがウィルフレッドにそう伝える。


 「では、行こうか。」


 「はい。」


 長椅子から立ち上がり、手を差し出すウィルフレッド。その差し出された手に自分の手を重ねて立ち上がるリヴィア。


 (さぁ、反撃開始ですわよ。)


 やられっぱなしはリヴィアの性に合わない。彼女の瞳は怒気に閃き、焦点はすでに反撃すべき人物を捉えていた。

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