第3話 二人だけの花が咲く

キャッシュは自家製ワインを売り出すため

新たなラベルのデザインを両親から提案される。



デザインのアイデアを生み出すべく

鉛筆に水彩絵の具にパレット それに 小さな厚紙を持ち出して街中を歩き回りながら模写をしていた。



キャッシュは小さい頃からこのラベルデザインに触れてきたこともあり普通の子より少し絵が描けた。



スキットルに入れた水をパレットに数滴垂らして絵の具を伸ばし オレンジ色のレンガを塗り始めていく……ある程度描けたところで

その絵を少し眺める…が、すぐに閉まってしまう。



次は トラムを徒歩で追いかけながら模写し

次は 猫に逃げられ

次は 魚釣りをしている金髪のナイフ投げの男から 気に入ったと 絵を金貨10枚で買われ

次は とうとう厚紙が切れて無くなった。



何枚かの絵を見つめたが…

どうもしっくりこない。



キャッシュは曇り空を見上げ小さく息を吐き

帰りの路地へ だらりと向かう。



たっ…… たっ…… たっ…



また今日も冷たい雨が肩を叩いてきた。



小走りで急いでいると



この前 ワインパーティーをした

あの赤レンガ造りの倉庫が見えてきた。



雨のしずくが弾けるたびに

あの夜のことが ワインの匂いとともに蘇る。



舞台裏のわずかに差し込む光から覗いた

薔薇色のドレス 甘酸っぱい香り

二の腕を這う 柔らかい指

絡みつく 暖かい指先

色気に濡れた あの瞳…



また…息があがるのを感じる。



赤レンガへ勢いよく飛び込むと

息を切らしながら、ゆっくりとドアを開けて

そっと中をのぞいた。



ひんやりした風が揺らめく中

音を立てずに 中へ入っていく…



誰も…いない……?

…しかし、地下へ続く階段からは

ランプの灯が漏れていた。



キャッシュは口元を抑えながら

そぉ…っと 階段を 一段一段 降りていく。



レンガの角から 顔を乗り出すと

小さな部屋があった。



……………… いた 。



赤髪の少年… ロウズが すやすやと眠っている

柔らかく弾力のありそうな素肌

華奢でシルクのようになめらかに伸びる身体

妖しい眼差しが閉じ込められた憂いのある瞳



キャッシュの心臓は大きく波打った。



まるで うさぎが 眠っているときのような

愛おしい姿 に 彼の眼差しも穏やかになる。



キャッシュは音もなくゆっくりと彼の隣まで行き、わずかに熱を帯びた頬にそっと触れた。



かじかんだキャッシュの冷たい指先を

ロウズの紅潮した頬があたためてゆく。



ぬくもりがじんわりと…この手に伝わってくるにつれて…心が狂いそうになる。



かた… ふと音のした方を見ると

持ってきた画材がベッドの端に当たっている。



キャッシュは この時ほど厚紙がなくなったことを激しく悔やんだことはなかった。



どうして!どうしてなんだ!

今僕が一番描きたい人が目の前に!

こんなに近くにいるのに!

こんなに暖かくて愛おしくてかわいいのに!

どうして僕は!この時のために!

取っておかなかったんだ!



ロウズの右手を両手で優しく包み込み、彼の手を自分の額に祈るようにそっと当てた。



目を閉じれば思い出す…ロウズの歌声

暗い闇の中 僅かに照らされた灯の中で

ロウソクの火のように揺らめく

一輪の薔薇の花



……薔薇 。………薔薇…の……花……?



キャッシュの心の奥にある

どす黒い水底のような場所から

何かが ぐじゅぐじゅと 水音を立てながら

溢れ出ようとしている



キャッシュは すかさずパレットを手に取り

2本の筆を 雨で濡れた自分の髪の毛につけ

手早く 赤色 と 緑色の 絵の具を伸ばす。



彼は…息を止めて……

赤い絵の具のついた筆を



ロウズの手首にそっと当てた。



そのまま筆を滑らかに動かし

色を重ね 緑色を足し

愛撫するかのように筆を撫で回す。



筆を一旦離すとキャッシュは

頬を真っ赤に染めて 手首を眺めた。



ロウズの右手首には…一輪の薔薇が咲いた。



彼の胸の中には 煌びやかな赤い光とともに

熱い噴水があがるような感覚があった。



しばらくの間 彼の手首を握っていると

ロウズはこちら側へ軽く寝返りをうった。



キャッシュは ロウズの赤い髪を優しく撫でていると 毛布の下に シャツから はだけた彼のお腹がちらりと見えた。



キャッシュは無言で毛布をめくると

シャツの下から白く ぬくもりをもった

お腹周りを眺めた…



もうためらうことなく

キャッシュは ロウズのシャツのボタンを

ひとつ… ふたつと外し始める



すぅすぅと寝息をたてるたびに

ゆったりとふくらみしぼんでゆく おなか



ほどよく締まった腰つきから

綺麗な曲線を描いている



手のひらを お腹に触れるか触れないかくらいまで近づける…… こんなに暖かいんだ………



人差し指 と 中指 を

そっと白く柔らかい肌に触れる



びくん…っ!



まるで電気がお腹に走ったかのように

ロウズの身体が 小さく跳ね上がる。



とっさに手を引っ込めて 視線を下に向けると

お腹のふくらみがより大きく

さっきより速くなっている。



キャッシュの喉元が どくりと唸り

もう息をこらえるのが本当に苦しいくらい

彼の火照りは限界を迎えつつあった。


わずかに震える手で小さな筆を掴み

ぬらりと赤い絵の具を筆先に絡める。



筆が おへそから脇腹にかけて

針が立つように小さく触れる。



ロウズの口が ほんの少し開いた。



キャッシュは ロウズのおなかに

手術でメスを入れるかのように。



すっ… すっ… すっ…… と

小さく小刻みに 色を広げてゆく。



ロウズの全身が ふるふると 震え出している。



キャッシュの視界もまた

あの日ワインを浴びた あの時のように

視界が震え歪み始めている。



薔薇の花がもう一輪咲いた

まだ描きたい

もっと描きたい

この子に宿る薔薇を全て描きたい

服からはみ出さなくてもいいから

胸 首元 背中 腰回り… おへその少し下まで



「 …ぁ…っ…!」



息の漏れる声がした



キャッシュは 一瞬で ロウズの顔を見た



ロウズは 右手でシーツの袖を ぎゅっと掴み

首元から 熱い匂いがした



スローモーションのように

ロウズの瞼が開いていく

まるでつぼみからさく花のように



琥珀色の美しい瞳に

ランプの光が吸い込まれてゆく



満月のように丸く開いた瞳孔をキャッシュは瞬きさえせずにじっと見つめる



ロウズ

「 ……………ぁ……………ぇ………? 」



驚きしぼんでゆく彼の瞳をキャッシュは自分の目に焼き付けた。



ロウズ

「 …… きみ…は…? あのとき…の。」



キャッシュは

自分くちびるを小さく噛み締めた



ふと、自分の腕にある 何か赤いものに気づき

ロウズは 手首に描かれた薔薇をじっと眺めた



ロウズ

「 ………………………きみが…かいたの……?」



キャッシュは小さく頷くと

ロウズのシャツの端をつまんだ



ロウズがよろよろと起き上がると…

ベッド前に置かれた鏡に おなかに宿った

無数の薔薇を見た…



ロウズ

「 …………………………………… 」



ロウズは 何も言わずに そのまま部屋を出た。



キャッシュは目を伏せたまま、

その場から動けなかった。



あれほど熱かった身体が

急に冷たくなってきた……



心が棘のついたツタで

ギリギリとキツく締め上げられるようだった。



どのくらい時間が経ったか

階段を下る音がした



キャッシュが視線を階段の先に向けると

ロウズが プレートに紅茶のポットと

ティーカップ そして クッキーを乗せて

ベッドの方へとやってきた。



ティーカップは2つあり

ロウズは そのうちの一つをキャッシュの方へ

静かに置き 暖かい紅茶を注いだ。



ロウズ

「 … エザグランマ・キングダム。王都魔法軍の伝統ある紅茶だよ。…美味しいと思ってくれればいいけどね。」



激しい罵倒が飛んでくると身構えていたキャッシュは、言葉が詰まり何も言えずにいた。



ロウズ

「 ……また、会えて 嬉しいよ。」



キャッシュは 息を呑み 彼の瞳を見つめた。



ロウズは紅茶を口元に運び

目を穏やかに細めた



ロウズ

「 …びっくりしたよ。…正直言うとね。

…君は……… 絵が、上手だね…… 」



ハープの音色に合わせて

静かに歌い出すように話し始めた



ロウズ

「 …君には、僕が…どう見えているの…?」



優しい声だ…

…でも少し不安定に震えている…



キャッシュは もう一度筆を取り

ロウズのシャツをつまみ

そっと上にあげた。



ロウズ

「 ……ギャング…?」



キャッシュは小さく横に首を振り

再び筆を赤い絵の具に憑依させる



ロウズ

「 …キャンバス?」



目を見てもう一度首を横に振り

筆先をわずかに影を帯びた素肌にあてる



ロウズ

「 ぁ…!」



そのまま 小さな薔薇を また一輪 塗り始める



ロウズ

「 ちょ…っと……くすぐ……たぃ……ぁあ。」



キャッシュの心の中は

さっきの熱い欲望とはまた別の

静かにゆっくりと温泉のような何かに

満たされていく感じがした。



ロウズは紅茶を少しすすることで

なんとかこのどうしようもない波に耐え

頭の中がだんだん白くなり始めながら

出来るだけ声を抑えてキャッシュを見つめた。


すると彼はだんだん筆先が 自分の胸にまで

登ってきていることに気付き始めた。



ロウズ

「 ………僕が、君の作品として……ぁ………

先に果ててしまったら……君は…どうする?」



キャッシュは、一瞬筆を止めたが

また静かに 薔薇を描き始めた。



いつのまにか 雨は上がり

オレンジ色の夕焼け空が水たまりをステンドグラスのように照らしていた。



あまりにも子供の帰りが遅いのを心配したキャッシュの両親は街中で彼を呼び探し回っていた。



キャッシュの父

「 フォガルティ! もうそろそろお家へ帰ろう!今日は お前の好きな赤ワイン煮込みのビーフシチューだぞ!…頼むよ!お父さんは心配なんだ!どこだフォガルティ!」



キャッシュの母

「 あの、すいません。この子を見かけていませんか? 家を出たきり帰ってないんです…

どんな情報でもいいので!お願いします… 」



金髪の住人

「 ん〜? あ、見たわ!この子!今日釣りしてたら絵を売ってくれた子だよ!この周辺でよくイラストスケッチしてる子ね!」



助手らしき住人

「 え?! 店長みたんですか?なんで教えてくれなかったんですか!一緒に探せたでしょ!頼もしい探偵さんこっちにいるし!」



キャッシュの母

「 その子…そのあとどこへ行ったとか分かりますか?……そうですか。ありがとうございます…。」



両親が肩を落としながら家に戻ると…



玄関に手を繋いで誰かを待っている

…子供の影が2人見えた。



キャッシュ母

「 フォガルティ!! 」



キャッシュ父

「 ああ!フォガルティ!心配したぞ!

一体こんな遅くまでどこへ行っていたんだい?」



キャッシュの隣にいたロウズが

代わりに応えた。



ロウズ

「 この子…知らない通りに迷い込んだら

道に迷っちゃったみたいで…

僕が偶然見つけて助けてあげたら

そのまま僕の……家で、絵を描いてまして 」



キャッシュの父

「 君が助けてくれたんだね。本当に礼言わせておくれ。本当にありがとうございます!」



キャッシュの母

「私からも本当にありがとうございます!」



ロウズは控えめに礼を言い、キャッシュが無事に楽しく過ごせたことを伝えると そのままゆっくりと帰っていった。



キャッシュは ロウズの後ろ姿をずっと見つめていた。



その瞬間 冷たい風が吹いた



ロウズのシャツがわずかに揺られると



真っ赤な薔薇の絵が ちらりと見えて



夕陽にわずかに照らされていた



キャッシュの母

「 さぁフォガルティ!ごはんにしましょ!」



フォガルティキャッシュ は

ロウズを少し見つめた後に家の中へ入っていった。




( つづく )

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赤ワインの湖 生田なつあき (なつあきじゃんぷ) @ikutanatsuaki

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