第6-2話 勇者と魔王のオーシャントラベル
「んん~っ♪ 風が気持ちいいですっ!」
爽やかな潮風が吹く甲板上で、フェルが気持ちよさそうに伸びをする。
船員たちの目もあるので、髪は茶髪に、服装は神官服に見えるよう俺が認識改変を掛けている。
「ほらほら、フェルちゃん。
こうやって船の先っぽに立って手を広げれば……客船ルシタニックごっこ!」
白いシャツにショートパンツという私服に着替えたルクアが悪戯っぽい笑みを浮かべて船の穂先に立つ。
「むむっ!? イケメン魔族と貴族少女の禁断の悲愛を描いたあの作品ですね?
まだまだ稚拙な人間どものエンタメですが、あれだけは余も認めざるを得ませんっ」
「ふふふ~、流石の魔王様も陥落かな?」
ぎゅっ!
ドヤ顔で仁王立ちするフェルに抱きつくルクア。
「ひゃうっ!? ルクアさんくすぐったいです!」
「あはは、フェルちゃんもふもふでかわい~っ♪」
「……あれって最後船が沈むにゃんね?」
ヴオン!
じゃれ合うふたりに冷静なツッコミを入れるポンニャ。
勇者と魔王と四天王という奇妙な一行は、グランポックル族が住むという世界の果て、サウスエンド島を目指していた。
俺とルクアは聖槍ゲイボルグを直すため、魔王フェルーゼは人間共との最終決戦に備えより強力な専用武器を手に入れるため。
それぞれ事情は違えど建前を揃えた俺たちは、ルクアに貸与された船に乗り大遠征という名のバカンスに出かけているのだ。
ライン王国の港からサウスエンド島までおよそ2か月。
現地に数か月滞在することを想定すると、半年以上の時間を稼ぐことが出来る。
フェルの話によると、そろそろ彼女の兄が帰ってくるかもしれないという事で、俺たちの足取りは軽い。
「こうしてみると、ルクア様もまだあどけない少年ですな」
「ランジットさん……人類の希望をよろしく頼みます」
俺が船橋からルクアたちの様子を眺めていると、船長から声を掛けられた。
「ふふ、ルクアの両親は家にいない時が多かったですから……小さいときは兄さん兄さんと俺の後を付いてきたもんです。
それが今や人類の希望……俺のすべてを掛けてルクアを支えますよ」
「ランジットさん……!」
適当な俺の作り話を聞いて、感激の面持ちで俺の手を握る船長。
まあ、調子のいいことを言ってしまい、俺に泣きついてくるのは昔から変わっていないが。
「おい、あまりはしゃぐと海に落ちるぞ!」
「む~、ボクそんなにおっちょこちょいじゃないよ!」
”絶海の泪”遠征の際にはしゃいで海に落ちたことをすっかりコイツは忘れているらしい。
「ふむ……この辺りには伝説の海生魔獣、グランシャークが生息していると言う噂ですから。
ルクアさんを餌にして釣り上げてみるのもオツですね!」
「今夜はグランシャークのヒレ酒にゃん!!」
「ちょ、ちょっとフェルちゃん目が本気!?」
「ふふっ」
じゃれ合うルクアとフェルを微笑ましい表情で見つめる船長たち。
勇者とケモミミ少女の淡い恋路とでも思っているのかもしれない。
ケモミミ少女は恐怖の大魔王様だが!
ネコミミ少女は四天王だが!
意外にバレないもんである。
「さてと……」
船の上では特にやることもない。
俺は今夜の晩酌の友を釣り上げるべく、船の後部から釣り糸を垂れるのだった。
*** ***
「ちょっ、まて!
何だこりゃ!?」
じゃれ合うルクアとフェルを眺めながら釣りを始めて30分ほど……突然竿先を襲ったとてつもない引きに、海の中に引きずり込まれそうになる。
「むむっ!! これはグランシャークの引きですねっ!
左右に走り、エラ部分に生えた犬歯で糸を切ろうとする特有の動きですっ!」
「や、やけに詳しいなフェルっ!」
「ふふっ、こう見えて不肖フェルーゼ、新世代の太公望と呼ばれたものです……ポンニャちゃん!!」
釣り人の顔になったフェルがポンニャに号令を飛ばす。
「ランさんを支えよっ!
余は……アレの準備をするっ!」
「ラジャーですにゃっ!
ランっち!!」
ぐいっ!
ポンニャの右手が竿を支えてくれる。
流石グランサキュバス、凄い力である。
「タイミングを合わせるにゃん!
3、2、1……いまにゃ!!」
「うおおおおおおおおっ!?」
ポンニャの合図に合わせ、渾身の力を込めて竿を上げる。
ざっばああああああああんっ!
ポンニャのアシストも加わり、海中から仕掛けがぶっこ抜かれる。
その先についていたのは、青黒い肌を持つ体長15mはあろうかというサメだった。
「うおおおおおおっ!?
ヤバいよラン!!」
初めて見る海棲モンスターのヌシに、驚きの声を上げるルクア。
それは俺も同じだ。
こんなものを釣り上げたとして、この後どうすればいいのか。
「闇の炎よ……余の命に従え!!」
「「!?」」
厳かなフェルの声が聞こえる。
ちらりと振り向くと、ちっちゃな拳を振り絞るように構え、すこし腰を落としたフェルの姿が見える。
その右手には赤黒い炎がまとわりついていて。
「冥殺、魔炎拳!」
たんっ!
フェルが空中のグランシャークに向かって甲板を蹴り、炎を纏った拳を突き出した瞬間。
ズドオオオオオオンッ!!
爆炎の閃光が俺たちの視界を奪い……。
どんっ!
次の瞬間にはこんがりと焼かれたグランシャークが甲板の上に転がっていたのだった。
「……ふぅ、フカヒレ、ヒレ酒……食べ飲み放題ですっ!!」
「「うっ、うおおおおおおおっ!?」」
「さすが勇者様! お友達もすさまじい使い手だぜ!!」
「聖槍ゲイボルグの修理がなった暁には、魔王など敵ではないっ!!」
歓声を上げる船員たち。
たった今サメを丸焼きにしたのはその魔王様なのだが。
かくして、しばらく酒のつまみには困らなくなった俺たちなのだった。
モブ村人俺、魔王と勇者を従え黒幕になる ~【究極属性付与】スキルで助けてあげたら彼女達は俺に夢中です。なので二人が戦わなくて済むよう八百長する事にした~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart
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