第3話 魔法学校でのイジメ
軽く息を切らしながら、階段を駆け上がる。廊下を走る。
あの子に会えるんだ――ドキドキが止まらない。
会ったら何て会話しよう。とりあえず、ぜぇはぁ言ってたらカッコ悪いしな。会う前に息を整えよう。
教室に入ったら『やあ、また会ったね!』みたな感じで。いや、いきなりこんなこと言うとわざとらしいな。わざわざ会いに来たと思われて気持ち悪がられるかもしれない。
自然な感じを意識するんだ。
あたかも、キャロラインさんがいるところにぼくがたまたま来た、みたいな。
だから入ってすぐは気づかないふりをしよう。で、向こうが気づいて話しかけてくれて、『また会ったね!』って返せばいいんだ。
よし完璧だ。これでいこう。
こんなことを考えているうちに、あっと言う間に教室に着いた。
彼女は……まだいる!
息を整え、深呼吸。
落ち着け。自然な感じだ。ここに来たのはたまたま。偶然なんだから。
ゆっくりと、足を踏み入れた。
「!?」
しかし、とっさに廊下へ引っ込んだ。
なぜなら、マーネとその取り巻きがいたのだ。彼女と一緒に。
そんな……彼女が、あんな人たちと友達だったなんて。
だって、ぜんぜん違うじゃないか。
人に思いやりを持っている子と、冷酷なヤツが仲良くできるものなのか?
「いいじゃないですかぁ、私センパイの魔法見たいなぁ」
「そうそう、後輩のためにお手本見せてやれよ」
声が聞こえてきた。チラリと覗き込む。
彼女を囲むように、ヤツらが立っていた。彼女の正面にいる女の子、見覚えがある。
金髪ツインテールで化粧が濃いあの子は……今日、ぼくに『キモっ』って言ってドン引きしていた子じゃないか!
わざとらしい笑みを浮かべている。
「あの、ごめんね。もうバイト行かなきゃだから……」
対して、キャロラインさんは困った顔をしていた。
「はぁ?」
金髪ツインテールが表情を一変させた。
両目と口を大きく開けている。
しかし、すぐに笑顔になった。
キャロラインさんのように優しいほほえみではなく、人をバカにしたような、見ていて不快感を覚える笑いだった。
「いやだからぁ、ちょっと見せてくれればいいじゃないですか。簡単な浮遊魔法でいいんですよ? 一年生の初期に教わる魔法ですよ? さすがにできますよねぇ」
「でも……」
「早くしろよ」
金髪ツインテールは彼女に顔を近づけた。
おもいっきり目を開いて、冷たくて低い声を出した。
彼女はというと、怯えている。しぶしぶといった感じで腰からロッドを取り出した。
周りはニヤニヤしながらただ見ているだけだ。
明らかに様子がおかしい。もしかして、これって――
「ケウ・ヨノモ……!」
彼女は教卓へ向けてロッドを突き出し、呪文らしき言葉を発した。
「……」
何も起こらない。と思いきや、教卓の上部から板を突き破って、何かが出てきた。
ニョキニョキと。細くて緑色のものが。
――芽だ。
少しずつ大きくなっていき、つぼみになった。色鮮やかに開花――とはならなくて、そこで止まってしまった。
すごい。あんな魔法が使えるんだ。植物系?
よく分からないけど何ていうか……神秘的で、キレイだ。
花は咲かなかったのは多分、今は練習中なのかな?
それとも、たまたま今日は調子が悪かったとか?
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
なぜか爆笑のウズが巻き起こった。
「フユーマホーって言ったんですよぉ!? そんな意味不明なの頼んでないんですけどぉ!!」
「……」
金髪ツインテールは爆笑したまま下品な笑みを浮かべ、容赦ない言葉を浴びせた。
キャロラインさんはうつむいていた。悲しげな目つきで。。
「えっ、もしかしてもしかしてぇ! できないんですかぁあ!?」
「……ごめんなさい」
「一年の初期に学ぶ魔法じゃないか。君は二年だろ? 今までなにをしていたんだい?」
「ですよねー! センパイ!」
「……」
「いや、マジでマーネの言う通りだわ。何やってたんだよ」
「黙ってないで何か言いなよ」
多分、わざとだ。
できないってことを最初から分かっていて、バカにするためにやらせたんだ。
あのニヤついた顔がそう言っている。こういうとき、みんなあんな顔をするんだ。
ぼくも似たようなことを過去にやられたから分かる。
「もう、いいでしょ……」
言って、彼女はその場から去ろうと動き出した。
「ベト・キーフ」
「いやっ……!」
突然、彼女が押されたように吹き飛んだ。
ドンッ、という音と共におもいっきり転倒した。
肩掛けカバンから物が飛び出す。
見ると、マーネが彼女にロッドを向けていた。
魔法で転ばせたんだ。
最低だ――ケガでもしたらどうするんだよ。
胸の奥底から怒りがフツフツと湧き上がる。
「いたっ……」
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
ヤツらが爆笑する中、彼女は起き上がって、物をバッグにしまい始めた。
「何このダサいバッグ。キタナッ、おっさんじゃん」
「俺、おっさんっぽい女ムリだわぁ」
「外見くらい気使いましょうよぉ。バックでケチケチするとか頭おかしいですよ」
「たしかにぃ!」
「あれ、これ何かなぁ?」
マーネが一冊の本を拾い上げた。いや、よく見たら日記って書いてある。
「か、返して!」
「なかなかおもしろそうじゃないかぁ」
彼女がマーネへ飛びついた。しかし、ヤツはそれを高く上げた。
ジャンプをして手を伸ばすも、身長差で届かない。
「日記とかつけてるんだ。キモっ」
「まぁいいじゃないですかぁ、私それ見たいなぁ」
「おっ、いいね。みんなで見よう」
「やめて……!」
彼女の顔が青ざめていく。
「ケウ・ヨノモ」
マーネが呪文を言うと、日記が浮いてパカリと開いた。
「えーっと、キョーも疲れたなぁー、毎日たいへんだけどナージャがいれば頑張れるぅー」
音読し始めた。
金髪ツインテールの棒読みの声が響く。耳障りだ。
「やめて!!」
「あのっ、ナージャって誰だれすか。てゆーか頑張ってない人が大変とか言うもんじゃないと思いますけど」
「たしかに」
取り戻そうと手を伸ばし続けるキャロラインさんは、目に涙をためていた。今にもあふれ出しそうだ。
そんな彼女を見ながら、ヤツらはニヤついていた。
何が楽しんだ。返してやれよ――言いたい。でも、できない。
「えーで、どこからでしたっけっ、まぁいいや。ああああいくらレンシューしてもマホーがジョータツしない。どーしてええええ。ナージャのためにニューガクしたのにいいいい、せっかくおかーさんがおカネを残してくれたのにいいいいい」
「ブハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「キモすぎいい!」
「おかーさん、どーして死んじゃったのおおおー。あ、死んだんだ」
最後の言葉が、ぼくの胸を突き刺した。
笑いながら言っていた。
どうしてそんな言葉が出てくるんだ?
大切な人が亡くなるって、ヤツらにとってはそんなに軽いことなのか?
「おかーさんに、あいたいよおおおおおおおお!」
黙れよ。
これ以上に不快なことがあるだろうか。
「何か落ちたよ」
ペラり、と日記から一枚の紙が落ちた。
彼女が慌てて拾いにいった。しかし、紙がひとりでに動いて、マーネの手に収まった。
取り巻きたちが寄ってくる。
「うわっ、ちょーヘタクソな絵出てきたんだけど」
「おーねちゃんとか書いてありますよ。あ、ナージャって妹なんですねぇ」
「ぶふふっ」
「返してよ!!」
彼女の叫び声が鳴り響いた。怒鳴り声のようにも聞こえた。
大切なものに掴みかかる。しかし、あっさりとかわされた。
こんなことを何度も繰り返している。
泣きそうな女の子を数人で……いつまで続くんだ。もういいじゃないか。見ていられない。
「ほらっ、返してやるよ」
マーネがその紙を放った。
ようやくだ。ようやく彼女が解放される。本当に長かった。
「チーマ」
そのとき。ボッ、と乾いた音が聞こえた。しかも焦げ臭い。
紙が燃えている――火の魔法を使ったんだ。
「いやあああああ!!」
彼女は慌てて掴み取った。
危ない。そんなことしたら火傷しちゃう……!
「あつっ」
すぐに放した。燃えた紙が地面に落ちる。
火事になったら大変だ。
水……そうだ、持ってこないと。
走り出そうとしたとき、彼女が火を踏みつけ始めた。大切なものを、何度も何度も。
「火のマホー使えるんですねぇ。センパイすごーい!」
「まぁね、ボクは魔法騎士団に入る男だからねっ!」
「さっすがぁ!」
「ってか、意外と煙上がってんじゃん。ちょっとヤバくね?」
「おぉっと、そうだね。ここらへんでオサラバしようか」
火はすぐに消えた。
しかし、すでにヤツらは退散していた。
教室にひとり、彼女だけがポツンと取り残された。
モクモクとした煙の下で、もう戻ってこない真っ黒なそれを前に、キャロラインさんは崩れ落ちた。
ぼくは彼女から視線を外し、壁に背中をつけた。
ヤツらの言葉を思い出す。絵、妹という言葉が出てきていた。
多分、彼女の妹が絵を描いてプレゼントした。それを大切に持っていたんだ。
じゃなきゃあそこまで怒らない。温厚で優しい彼女が。
でも結局、こんなことになってしまった。ヤツらの手によって。
楽しんでいた。笑っていた。最後まで最低最悪だった――このぼくも。
何もせず、ただ見ていた。ひとりの女の子がつらい思いをしているのに。
助けようとしなかった。だって、ぼくには力がない。行ったところで、どうせ何も変わりやしない。いや、ぼくのせいでむしろ悪化させてしまう可能性だってある。
だから余計なことはしない方がいいんだ。
ただ祈るしかない。彼女にとっての勇者が現れるように。
でもどうしてだろう。胸の奥が……何て言うか、モヤモヤする。
得体の知れない何かがいて、うごめいているような感覚だ。
「うっ……うぅっ……ナージャ……」
キャロラインさんの声だ――泣いている。
とても小さな嗚咽を漏らしていた。必死に抑えているようだった。
目を真っ赤にして、大粒の涙を流している彼女が頭に思い浮かんだ。
拳を強く握りしめる。視界がかすんできた。
「……ごめん」
◆◆◆
夜の街路を歩く。
相変わらずにぎやかだ。特に酒屋が。
「はぁっ……」
ようやくバイトが終わって、帰り道を歩いている。
思い出すのは、彼女のことだ。
あの後、キャロラインさんはしばらく教室にいた。そこで何かをやっていた。
彼女が退出した後、ぼくも中に入った。
アイツらが燃やしたものを片づけるために。
なんだけど、その必要はなかった。キレイに掃除されていた。
清掃員に迷惑をかけないようにとでも思ったのだろうか。
そこまでする必要ないのに。
どうしてそこまで優しいの?
「ねえ、あの人ライジングじゃない?」
「えっ、ウソッ、えぇ!? ホントだ!!」
「ヤバッ! ちょうカッコいい!」
何やら女の子が騒いでいる。
ふと、顔を上げると。
「!?」
彼を見てすぐ、目を見張った。
思わず立ち止まる。
白い肌と少し長めの黒髪。そして鋭い目が特徴的な人物――ライジング。
彼は有名人だ。
年齢はぼくと同じぐらいなのに、上級冒険者なんだ。
過去最年少だそうだ。しかも超がつくほどの美形。かなり整った顔だ。
だからご覧の通り、すんごくモテる。
今も一組の女の子が、彼へ近づいていく。うらやましい。
「あの……! ライジングさんですよね……!?」
彼はその鋭い目で、女の子をいちべつすると。
「俺に構うな」
と、一言。足を止めることはなく、スタスタと歩いて行ってしまった。
冷たいな。その他の女の子にも全く見向きもしない。
もう少しファンサービスしてあげてもいいと思うんだけどな……。
「ヤバい……! 話しちゃった! めっちゃいい声だったんだけど!! やばあああ!」
「アタシ無理……かっこよすぎて見られなかった……」
どうやらあれでよかったらしい。
そのまま、しばらく彼の後ろ姿を眺めていた。
ぼくなんかが手を伸ばしても、絶対に届かないであろうその背中を。
「はぁっ……ぼく、何やってんだろ」
「おっ、お前新入じゃねぇか」
聞き覚えのあるしゃべり声に、思わず振り向いてしまった。
横のベンチにおじいさんが座っていた。
まるまると太っていて、顔はシワだらけ。
彼は同じ職場の先輩だ。一年経っても、まだぼくを新入り扱いだ。
「あ、どうも……」
一言返して、帰ろうとしたが。
「お前、新聞見たか」
「あ、いえ……」
そんなものを買うお金はない。
「なんだよぉ、これだから最近の若者はなぁ」
「は、はぁ……すいません」
めんどくさいな。
「一大事だぜぇ。今日この近くに、リザードマンが現れたんだと」
「えっ!? あのリザードマンですか!?」
上級モンスターだ。
人型のドラゴンで、身長は成人男性より少し高く、つねに剣を持っている。
そのパワーは尋常じゃない。岩なんか数発でヒビを入れてしまう!
さらに、ヤツは火を噴くことができるんだ!
イスなんか一瞬で火ダルマにできるし、数時間もあれば家も黒コゲにできる!!
何て恐ろしんだ!
「遭遇しちゃぁひとたまりもないだろうよ。まっ、俺ぁもう年だし、いつ死んだっていいけどなっ」
「はぁ……」
おじいさんはタバコを吸い始めた。
煙がむわりとただよってくる。
しかも酒臭い。片手に持っているビンがそれだ。
「お前、夢とかあんのかよ」
「えっ、夢……ですか」
唐突だな。
ぼくの夢……魔法学校に行くことだった。けど、もうそれは叶わない。
「えっと……とくには」
「夢は持った方がいいぞぉ、俺はずっと後悔してんだ。夢とか、やりたいこととか、何か見つけて挑戦しておきゃぁよかったなぁってな。でももうこの年だ。今さら何かやったって遅い。俺の今の楽しみはというと、酒とタバコと食べることぐらいだ。でも、お前は若い! だから夢を持て! んで、お前の歳ぐらいが一番楽しい時期だ。遊ぶのも忘れんなよ!」
「はぁ……そうですね……」
何だろう、この説得力のなさ。
この人としゃべっていると自分がドンドンダメになっていく気がする。
「じゅあ、ぼくはこれで……」
逃げるように、その場から去った。
今の状態がずっと続いて、ぼくもあの人のようになってしまうのだろうか。
そう思うとイヤになる。毎日同じことの繰り返しで、苦しみを分かち合う仲間もいない。
今日帰って寝て起きたらまた仕事だ。退屈なループを毎日繰り返す日々。
こんな人生に価値なんてあるのかな?
何だか生きている意味が分からなくなってきた。
「あぁ~……疲れた」
最近はこの言葉が口癖になっている。
朝でも疲れていなくても無意識に口から出てしまう。
「ん……!?」
ここから数歩先、見覚えのある女の子が視界に入った。
――キャロラインさんだ。
ぼくを横切る形で歩いている。
そのまま路地の中へと入っていき、姿が見えなくなってしまった。
彼女の目の前に誰かいた気がする。男だったと思う。
その人についていっているような感じだった。
こんな時間に。もう二二時を回っている。
それに、何だか不安そうな顔をしていた。様子がおかしかった。
すぐさま駆け寄って、中を覗いた。
「……あれ?」
行き止まりだった。
一〇メートルぐらいで道が止まっている。
あたり一面壁で、曲がれる場所なんてない。
あの丸いのは……ただのマンホールか。
ぼくの見間違いだったのか?
でも確かに入っていくのを見たんだけどな……。
次、彼女と話せたら訊いてみよう。
ぼくはきびすを返した。
この次の日から、彼女が学校に来ることはなかった。
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