第4話 行方不明事件

 あれから一週間が経過した。


 彼女とは一度も会っていない。

 たまたま顔を合わせていないだけなのかと思ったけど、どうやら違うらしい。

 ずっと学校を休んでいるみたいだ。

 二年であろう生徒たちの会話から、その情報を得た。

 イヤになってバックレたんじゃないかとも言って、笑っていた。

 ぼくはというと、黙ったままこっそり聞いていた。

 ホント、最低だ。


 一週間前の夜を思い出す――彼女が誰かに連れられて、路地裏に入っていくところを。

 何かあったんだろうか……。

 もしもあれがキャロラインさんだったとして、どこに消えたんだ?

 全く想像がつかない。

 一瞬のできごとだったし、見間違いだと信じたい。


「えー、今から約二○○○年前。地上はモンスターによって支配されていた。人間は地下にっ、住んでいたんだ」


 大広間を掃除中、声が聞こえてきた。

 出入口近くを見ると、一クラス分の生徒たちが集まっていた。壁側にゾロゾロと。

 彼らの前で講師がしゃべっている。


「しかしだ。突如として現れたナゾのモンスターによってぇ、ほぼ全てのモンスターが絶滅した。正確には吸収されたと言った方が正しいだろうか。コレ見て」


 講師は、壁に張り付けられた絵を指さした。

 黒くてドロドロしたものが、モンスターたちを取り込んでいた。

 ただのモンスターじゃない。

 バハムートやリヴァイアサン、ヒュドラなどの伝説級のモンスターだ!

 地上はもちろん、空だろうが海だろうが関係なく、黒いドロドロのえじきになっている。それも簡単に。


「んで、この黒いの。コイツがナゾのモンスター。名前はモンスターキングね。コレについて分かっていることはまず、何でも吸収できて、その生命体の能力を得られること。それと、体の形を自由自在に変化させることができて、固くしたり柔らかくしたりすることができるそうなんだ」

「えっ、無敵じゃん」

「ヤバッ」

「せんせー、このモンスターって、今も生きてるの?」

「イイ質問だ。結論から言うと、人間が封印した」

「え!?」


 全員が一斉に驚きの声を上げた。


「モンスターを食い尽くした後だ。年月が経つにつれて、モンスターキングは弱体化していった。出現から二〇〇年が経った頃には、封印魔法の技術が作られたんだ。もちろん、今ほど万能ではないがね。こうして、世界最強のモンスターは地下に封印されたというわけだ」

 

「へぇ~」と、みんな納得したように頷いた。


 その後はモンスターがいなくなったことで、人間が地上に上がってきた。

 それぞれ国を作り、領土をめぐって何度も戦争が行われた。

 統一したりバラバラになったりをたくさん繰り返した結果、最終的に統一国家になったということだ。

 それから時系列に進んでいって、一年生の後半でタロウ・サトウについての授業をやることになる。


 いいなぁ、こんなおもしろい授業をやってもらえるなんて……と、思いながら去年から盗み聞きしていた。


「レナーク・サイチ」

「!?」

 

 突然、視点が下がり始めた。

 まるでしゃがんでいるときのような感覚。

 

「え、えっ、えぇ……?」


 おかしい。どうなってるんだ。


 目の前の机とイスが、とてつもなく高く見える。

 そびえ立つ巨大な建物のようだ。

 

「ケウ・ヨノモ」

「うわっ」


 足が浮いた。身体が地面からどんどん離れていく。

 落ちたらひとたまりもないじゃないか。怖い。

 すると、巨大化したマーネの顔が現れた。

 ロッドをこちらに向けながらニヤニヤしている。


「おいおい、授業を盗み聞きかい? 生徒でない君が、学費を払っていないのに。仕事をサボって。感心しないねぇ」

「ち、違うよ! 今日はここがぼくの担当で、あの人たちがたまたま来て……」

「黙れよ! 俺らから見たらお前はサボってたんだよ」

「……!?」


 マーネの取り巻きが、怒鳴り声を上げた。

 完全に言いがかりだ。


「なあマーネ、こいつ今からどうすんだ?」

「決まってるじゃないか。トイレに連れていくんだ」

「えっ……!?」

「いーねー! めっちゃおもしろそうじゃん」

「ちょ、ちょっと……!?」


 彼らが歩き始めた。

 宙に浮いたまま、体が勝手に移動していく。


 トイレだって?

 イヤな予感しかしない。

何されるか想像しただけで気持ち悪くなってくる。

 どうする? 逃げる? いや、この体じゃムリだ。

 奇跡的に魔法から逃れられたとしても、ぼくの脚じゃ絶対に追いつかれる。

 そしてヤツらの怒りを買って、もっとヒドイことをされるんだ。

 だったら、今回も終わるまで我慢するしかないのか……。


 とうとうトイレに着いてしまった。

 下には若干黄ばんだ大きな便器。そこへ向かって体が降下し始めた。

 ここに落とされるのか?

 さすがに勘弁してほしい。吐き気がしてきた。


「ちょ、ちょっと……やめてよ!!」


残り数センチというところで、一気に体が重くなった。

そのまま落下し、ゴロゴロと転がった。バシャりと便器の水溜まりへダイブ。

 

「おえっ」

「ぶはははははははははははははは!」


 意外に特に変な臭いはしてこないけど、吐きそうなほど気持ち悪い。最悪だ。

 

「!?」


 バシャアァ――と、今度は水が流れてきた。

 すごい勢いだ。油断したら流されちゃうよ。

 

「ぶははははははははははははははは!」

「なあ、これ本当に楽しいよ」

「マジで? 俺にもやらせろよ」


 見ると、マーネが天井のヒモを引っ張っていた。

 そのたびに水が押し寄せてくる。思うように息ができない。苦しい。

 もしもこのまま流されたら……ぼくはどうなってしまうんだろう。


「ぶははははは! 必死じゃん! おもしれーわ。なあ、他のヤツも呼んでこようぜ」

「うん、いいねぇ。呼ぼう」

「うし、決まりだな! おらっ」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 今まで以上に強い水が舞い込んできた。

 両足が浮いた。体が流されていく。水にのまれていく。

  

「おい何やってるんだ! ボクは流せとはいってないぞ!」

「いっ、いやっ、わざとじゃねぇよ……!」


 ヤツらが何か会話しているような気がした。

 

「オボボ……」


 体がものすごい勢いで流されていく。目が回る。抵抗できない。息ができない。

 こんなこと、いつまで続くんだろう。

 ぼくはどこに向かっているんだ。どうなってしまうんだ。

 分からない。でも、助からない気がする。

 水が終わる気配が一切ない。

 流れ方が変わった。

 上がったり下がったりを繰り返している。かなりの激しさで。


「ぶふっ」


 口から空気が漏れた。両手で押さえる。

 肺が暴れている。息を吸わせろと主張しているかのように。


「!?」


 今度は体が急降下し始めた。底へ強く吸い込まれていく。

 まだ下に行くのか。そろそろ限界だ。苦しい。頭がクラクラしてきた。

 意識がもうろうとする。だんだんと遠のいていく。深い闇の中に沈むように。


◆◆◆


「オホッ、オホッ! ゲホッゲホッ!」


 セキと共に目を覚ました。


「ゲホッ、ゲホッ! おえっ」


 水を吐き出した。


 その場でうつ伏せのまま、ぐったりと顔を下げた。激しく息をする。

 息ができるってことがこんなに幸せなことだったなんて。

 ぼくは生きているんだ。本気でダメかと思った。

 どこまで下がっても水ばかりだった。こんな空気がある場所があるとは思いもよらなかった。

 まだ水のゆれる音がしている。

 呼吸がととのってきた。顔を上げる。

 

「なんだ、ここ……!?」

 

 目を見開いた。


 広い。とにかく広い。

 全体的に黒に近い灰色だ。

 各所でランプが取り付けられているから、それなりには明かるい。

 道が広範囲で続いていて、左側には大きな建物がある。

 コンクリートでできた道の下では水が流れている。海みたいに大量の水が。


 まるで異世界じゃないか。

 学校のトイレがこんなところに繋がっていたなんて。

 

 歩きながら周りを見渡す。

 大きなトンネルがいくつもある。


「ん?」


 看板のようなものが立っている。


「下水道……D区?」


 じゃあ、A区とかB区とかもあるってこと?

 つまり、こんなのが四つ以上存在するのか。

 どれだけ広いんだ……というかこれ、どこに行けば外に出られるんだ?


 建物が並んでいるところまで来た。

 曲がってすぐ。ドンッ、と足に何かがぶつかった。

 視線を下に移動させると。


「うわああぁっ!」


 そくざに後退。身体がビクついた。冷たいものが全身を駆け巡った。


 リザードマンだ。


 なぜか倒れている。

 今すぐ起き上がってきては、お得意の剣技で襲いかかてきて……と思いきや、ピクリとも動かない。


「…………」


 数秒経っても動く気配はない。

 よく見たら白目を剥いている。

 

 もしかして、死んでる?

 いやいや、何考えてるんだ。さすがにそれはないか。

 だって、上級モンスターだよ? 強さはトップクラス。

 そんな簡単に死ぬわけがないじゃないか。


「ゴオオオオオ……」

「……!?」


 聞こえた――鳴き声のようなものが。

 じゃあ、やっぱり生きている?

 いやでも、動いた感じはない。明らかに気絶している。


 じゃあ、気のせい……?

 ん? 待てよ。


 そっと、後ろへ首を回す。

 それを見た瞬間、全身が凍り付いた。


 全身がドロドロと溶けていて、体のところどころから鉄のような金属のようなものがむき出しになっている。

 とにかくデカい。特に上半身が。リザードマンの二倍以上だ。

 何なのかは分からない。図鑑でも見たことがない。得体の知れない生物だ。

 ただ、分かることがひとつだけある。


 ぼくは今、自分の命が脅かされようとしている。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「いやあああああああああああああああああああ!」

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