第6話 導き手と継承者

 目の前にいる大英雄はさきほど、ありえないことを口にした。

 ぼくを、モンスターキングの後継者に指名するとかなんとか。

 いや、でも本当にそんなこと言ったのか?

 聞き間違いかもしれない。


「驚いたかい? まぁムリもないか。世界最強の力だからね」

「あ、あ、あの……何の冗談ですか?」

「いやいや! 冗談なもんか! ボクは本気さ。キミ以外ありえないね」

「ならどうして……ぼくなんですか? もっと他に適した人がいると思うんですけど……」

 

 例えば、ぼくと同い年のイケメン上級冒険者とか。


「これがいないんだなぁ、実は」

「い、いや……そんなはずはないと思いますけど……」

「今の実力はあまり問題じゃぁない。重要なのは、モンスターキングのウツワにふさわしいかどうかなんだ。キミにはじゅうぶんに素質がある」

「そ、そうなんですか……?」

 

 どうやら本当に後継者にしたがっているらしい。

 思い返せば最初彼は、ぼくに対して『イイねぇ!』と言っていた。

 あれは、ぼくがふさわしいと思っての言葉だったのか?


 それは素直に嬉しい。

 でも……あのタロウ・サトウの後継者ということは、恐ろしいのと戦わなきゃいけないということだよね?

 例えばドロドロのヘビとか巨人とか……漆黒の戦士とか。


 ――ムリだ。普通に怖すぎる。


「いや、でもぼく……」

「そうだ! 実は、ボクの組織がこの近くにあるんだ。せっかくだからキミを招待しよう」

「えっ、えぇ!? あっ、ちょ……おぼぼぼぼぼ……」


 地面から黒いドロドロが湧き上がってきて、飲み込まれた。

 視界が真っ暗になる。

 

 その直後、内側から不快感が湧き上がってきた。

 イヤな感じだ。胸の中に大きな虫がいて、それがうごめいているような気がしてならない。

 両手で胸元を強く抑える。この中からムリヤリ掴み取って、投げ捨ててやりたい。

 

「ぶはっ!」


 ようやく出られた。

 体を包み込んでいたドロドロが、地面に沈んでいく。

 苦しかった。呼吸が激しくなる。


「どうだい? 移動した感覚は」

「うわっ!」


黒いドロドロが地面から湧き上がってきて、それがサトウさんの姿になった。


「便利だろ? どんなに小さいスキマでも通り抜けられるし、移動が早い」

「は、はい……」


 ドロドロに変身したとき、彼はどんな感覚なんだろう。

 不快感を覚えている様子ではなさそうだけど。

 いったいこの感覚は何なんだろう。


「――」


 ザワザワと人の声が聞こえてきた。

 人だ――それもたくさん。何人かで別れていて、グループのようになっている。

 鎧を身に着けた屈強な戦士や魔術師のようなローブを着た人がいて、彼らが中心になって何かをやっている。


「ようこそ――ボクの組織『モンスターズ』へ。さっそく案内するよ」

「は、はい……」

 

 サトウさんが手を差し出してきた。その手を掴み取る。


「……!?」


 冷たい。異常なほどに。

 最初から体温なんて存在していないみたいだ。


「どうかしたかい?」

「あ、い、いえ……」


 彼が先を行く。ぼくが後に続く。

 濃い灰色の地面を歩いていく。とてつもなく広い。

 奥はどこまで続いているのか分からないほどだ。


「今ここでは、能力者候補を育成しているんだ」

「候補者、ですか?」

「ウン、彼らはまだ『能力』を持っていない。それを手にしたとき、より大きな力を発揮するための訓練をしているんだ」

「へ、へぇ……」


 最初のグループへと近づいてきた。


「イメージしろ。限界を超え、大いなる力を手にした自分を。見えるか? お前たちは、いとも簡単に強敵を倒し、多くの者から英雄として称えられているのだ。お前たちにはその力があるのだ!」


 鎧を着た人が熱く語っている。

 彼の話を聞いている人たちが何人かいて、目をつむったまま笑顔になっている。


 そこを通り過ぎて、今度は魔術師ローブを着た女の人のグループだ。


「あなたたちの人生はとても素晴らしいわ。それを思い出してほしいの。紙に自分の人生のいいところを一〇〇個書き出しなさい。そうすれば、道が開けるわ」


 何をやっているんだろう。

 戦いの組織だから、てっきり血のにじむようなトレーニングをしているのかと思ったけど……。

 

「みんながやっているのは、ポジティブ思考法さ」

「え?」

「『能力』を使いこなすうえで重要なのが、ポジティブ感情なんだ。だからこうして、トレーニングをしているんだよ」

「へぇ……! ポジティブ感情を増やすための……」


 身体能力とかが大きく関わってくるのかと思ったけど、重要なのは感情なんだ。


 突如、物がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえてきた。


「いたっ……!」

 

 振り向くと、女の子が転んでいた。

 魔法学校の制服を着ている。あのクセの強い桃色の髪は――

 

「キャロラインさん……!?」


 とっさに走り出した。へたり込む彼女の元へ。


 まさかこんなところにいたなんて。

 かなり疲れているみたいだ。息も荒い。

 倒れてしまわないか。とにかく心配だ。


「キャロラインさん!」


 彼女がこちらに振り向いて、目を見開いた。


「ドロオくん……!? どうして……!」


 呼び名を言われて、心が高鳴った。

 

「まぁ、ちょっといろいろあって……それより、大丈夫? 立てる?」

「う、うん。大丈夫……」


 彼女は笑顔を作ってみせた。が、目線が下にズレていくにつれて、表情がくもっていった。

 

「ケガしてる」

「えっ……」


 怪物に襲われたときの傷だ。

 キャロラインさんは顔を上げると、心配そうな顔でぼくを見てきた。


「これって……」

「いっ、いや、そんなたいしたことないから」

「でも……!」

「おいおいおい! 何をおしゃべりしているんだ!」


 彼女の言葉を、大声がさえぎった。

 声の主は、鎧で身を固めた男だった。こちらに向かって来ている。

 どうやらキャロラインさんに言っているようだ。


「ここであきらめるのか!? 君はまだまだやれるだろぉ!? おしゃべりしていていいのかよ!?」

「ご、ごめんなさい……」

「今立ち止まっている間にも、君の努力はどんどんムダになっていってるんだぞ!? もっと自分に厳しくなるんだ!」

 

 彼女は震える足で、ゆっくりと立ちあがった。

 前へ進もうとして一度、こちらへ振り向いた。が、すぐに鎧男の方へと足を進めた。


 ……もしかして、ぼくに何かを伝えようとしているの?


「待って!」と言おうとしたけど、できなかった。

 ただ彼女へ手を伸ばすだけに終わってしまった。

 何を言おうとしたんだろう。


 大きな事件に巻き込まれたとか、ケガをしたとかではないからまだよかった。

けど、かなり辛そうだった。いたたまれない。

 

「うんうん。彼女、イイ感じだね」

「え?」

 

 彼女を見つめながら、サトウさんは言った。ウキウキしているように見える。

 ぼくもキャロラインさんへ目を向けた。

 何やら物を積み上げている。疲れ切った顔で。動きがかなり鈍い。


 そして目を見開いた。

 なぜなら、せっかく積み上げたものを自分で崩したのだ。

 ガシャリと音が鳴り響く。

 そしてまた積み上げ始めた。

 これは、いったい何をしているんだ?


 まさか、行方不明だったこの一週間、ずっとあんなことをやっていたのか?


「あの……これには、どんな意味があるんですか?」


 恐るおそる彼へ目を向けた。


「キミは彼女が意味のない作業をやっているように思うかい?」

「えっ、は、はい」

「まぁ当然だよね。この作業には実は、ボクたちの意図があるんだ。おかげでイイ感じに才能を引き出せている。彼女はきっとイイ『能力者』になれるよ」

「そうなんですか?」

「うん!」


 彼は笑顔で目を細めたまま、深くうなずいた。


「さて、ボクらもそろそろ始めよう!」

「……何を、ですか?」


 イヤな予感がする。

 

「決まってるじゃないか! 『能力』の継承さ!」

「えっ、いやそれは……!」

「大丈夫! 痛くもかゆくもないからね!」

「い、いやでも……ぼく、まだ受け継ぐとはひとことも……」


 というか、受け継ぎたくない!


「言っただろ? キミに拒否権はないよ!」


 彼が近づいてくる。

 こちらに手を伸ばしてきたと思ったら、解けて変色した。黒く、ドロドロとしたものに。


「さあ、口を開けるんだ」

「いやっ……ちょっとっ……おぼっ!?」


 黒いそれを、口の中に突っ込んできた。

ノドを通って奥へ入っていく。

 気持ち悪い。苦しい。吐きそうだ。涙が出てきた。


「大丈夫! すぐに終わるよ!」

「おほぼぼぼぼ……あべっ……あべべぇっ!」


 ドロドロしたものが、ノドを通り続ける。

 やめてと叫んでも、まともな言葉にならない。

 

「んぶっ」


 ぼくは胃の部分を抑え、その場で座り込んだ。激しく呼吸を繰り返す。

 飲み込んじゃった……どうしよう……どうしよう……。

 

「心配ないさ。ボクも最初はどうしようかと思ったよ。でも、どうだい? 体に違和感とかないだろ?」

「ま、まぁ……」


 確かに、変化や違和感はない。

 あれだけ大きなものを飲み込んだのに、お腹にのしかかるような感覚が一切ない。

 本当に継承したのか?

 さっきまでのイヤな感覚がウソのようだ。

 

 でも、飲み込んだのは事実だ。


「うん! どうやら問題なく継承できたようだね! これで今日からキミは、ボクの後継者だ! 期待しているよ!」

「そ、そんな……」

「いやぁ、でも本当によかった! 適した人がビックリするぐらい見つからなくてねぇ。そんなときにキミを見つけたんだ! これで希望の未来を取り戻すことができる! 本当にありがとう!」

「いや、でも……」


 ぼくの中で、不安が積み上がっていく。

 

 本当に、これから戦わないといけないの?

 でも『能力』を継承したということは、そういうことなんだよね?

 ということは、あの怪物と戦わなきゃいけないの?

 毎日息を切らして動き続けて、つらい特訓を耐え抜かなければいけないの?


 いやムリだ。絶対耐えられない。

 だって、そんなの痛いじゃないか。

 なんとかそうせずに済む方法はないか……ていってもすぐに思いつかない。

 それに、もう『能力』を継承しちゃったし……。

 

 今さら嫌だって言えない。

 そうだ、いっそのこと逃げてしまおうか。

 

 いやでも、そんなことできるのか?

 あぁもう分からない。

 そもそも、ぼくはこんなの望んでないのに。

 いろんな嫌な考えが頭の中でぐるぐると渦巻いている。


「えっ……!?」


 自分のそれを見て、驚愕した。

 気がつけばぼくの両腕が――なくなっていたのだ。

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