第3話

   

「……とうとうダムは壊れてしまったのです。ぐしゃーん」

「ダメでしょう、ゆうちゃん。食べ物で遊んでは……」

 斜め前のテーブルでは、若いお母さんが、スプーンを振り回す子供に手を焼いていた。

 小さい子供の「ダム決壊」ストーリーを耳にしたのは私だけではなく、他の客たちも親子に目を向けている。

 迷惑そうな顔というより、むしろ微笑ましく眺めている者ばかり。それでも若いお母さんは、周りに対して恐縮したように頭を下げてから、子供への注意を続けていた。

「ほら、カレーがはねてるわ!」

 店のウェットティッシュで、子供の手をぬぐう。

 食前あるいは食後に、サッと手をくための紙おしぼりだ。小さな袋に収まる程度の大きさであり、あんな使い方をしていたら、いくらあっても足りないだろう。

 そもそも今回の場合は「食べ物で遊ぶ」も間違っていないはず。

 お母さんの「カレーがはねてる」という言葉にもあったように、子供が食べていたのはこの店の名物メニュー、ダムカレーだった。ごはんがダムの堤防を、カレールーが貯水池を模しており、大人の私でもママゴト遊びをしたくなるような料理なのだから。


「お待たせしました」

 しばらくして、私のテーブルにも、注文の一品が運ばれてくる。

 辛いものが苦手なので、私が頼んだのはダムカレーではなかった。ただし、形だけは似たようなもの。

 ダムパフェだ。

 氷のようにガチガチに固められたアイスクリームが堤となって、青いソースのダム湖を堰き止めている。

 ごはんの堤防とは異なり、いくら冷たかろうと固かろうと、しょせんはアイスクリーム。しばらく放置していれば溶けて、自然に決壊してしまうだろう。

 だから、そうなる前に……。

「いただきます」

 小さく呟いた私は、先ほどの子供の語りを思い出しながら、スプーンで堤防アイスをすくうのだった。




(「ダムの堤が決壊する日」完)

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダムの堤が決壊する日 烏川 ハル @haru_karasugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画