トラック野郎という勿れ

「あ―……だいぶブレーキとバンパーがやられているな」


 俺は愛車の大型トラックを点検して、そう嘆く。

 俺の仕事は、「神」に命じられて、異世界への転生・転移を望むものをトラックで轢く、トラック運転手だ。

 トラックに轢かれて異世界転生なんて、テンプレ過ぎて笑われるだろうが、かつては皆トラックに轢かれたがっている者ばかりで、俺は月に百人以上は人を轢いて異世界へ送っていた。

 毎日のように事故を起こすので、俺の愛車は特別仕様にカスタマイズしている。特にバンパーとブレーキは強化している。人とぶつかる衝撃を和らげるため、あとは急ブレーキに耐えられるようブレーキ機能と前輪のタイヤはかなり改造している。そのままだとタイヤはあっという間にすり切れ、ブレーキオイルは空になってしまう。


 しかし昨今はブラック企業で働いて過労死パターンが多くなってきて、俺たち異世界トラック運転手はほとんど出番がない。なので最近は物資運搬が業務のメインになっている。


「お疲れ様です。物資の補給にやってきました」

「おう、ご苦労さん」


 俺は中世ヨーロッパ風の異世界へとトラックを走らせ、鍛冶屋の親父に玉鋼を届ける。

 なんでもこないだこの世界に転生した奴が、日本刀を打ってくれと注文したらしい。


「そいつは日本からの転生者だから日本刀が最強だと思っているんだろうけどよ、日本刀と西洋のサーベルじゃ打ち方も材料も違うってわかっていないよな」

「なんか最近日本文化でチートしたいって奴増えてないですか? こないだ醤油と味噌作ってどや顔してた勇者様いましたけど、異世界人が奇妙な顔して我慢して食ってたのを見て可愛そうに思いましたね」

「あいつら、自分の価値基準が絶対正しいて思っているからな。異世界には異世界の文化があるって事全然尊重しねえし、あんな奴を持ち上げなくちゃならないハーレム要員や神も大変だよな」


 うんうん、と俺は親父が入れてくれたコーヒーを飲みながら頷く。神だって全くの無から物は作れない。魔法のように見えるのは、その裏で活躍する何人もの手によって起こされているにすぎない。

 この世界はベースを中世ヨーロッパにしているので、発酵食品はワインとチーズしかない。なのにいきなり味噌汁やら醤油を出されたら食習慣にないものを美味しく食べられるわけないだろう。日本人だって匂いのきついチーズをいきなり食える者は少ないというのに。


 日本刀だって、製法も材料も分からない異世界人にいきなり作れるわけないだろう? ゲーム感覚で時間が経ったら武器が湧き出ると思っているかも知れないが、それを作る職人がいること、材料を発掘して精製して更に技法を学ばなくてははいけないことまで想像力が及ばないのは何故なんだろう。


「まあ、これが俺らの仕事だからさ。玉鋼も届いたところだし、神に教わったやりかたでどうにか形にしてみせるよ」


 親父が逞しい二の腕を膨らませながらマグカップを置く。客のどんな無茶ぶりにも答えるおやっさんの職人魂、本当尊敬するわ。

 俺もまだ配達があったな。次は神の勤めるカスタマーセンターまで行かないと。


 ※

 ※

 ※


「こんにちは。配達に来ました」

「ああ……ご苦労さん……」


 神がデスクに突っ伏しぐったりとしている。机には空の栄養ドリンクが何本も転がっている。神のくたびれた背中を見ながら俺は「だいぶお疲れのようですね」と声をかける。


「うん……こないだ転生させた客がね、識字率の低い世界で本が読みたい紙を触ってインクの匂いをかいでくんかくんかしたいとか言い出すからさ、とりあえず本でも作ってみたら? って忠告したら、紙の作り方がわかんなーい、木簡作るのめんどくさいー、そもそも識字率あげなきゃいけないの面倒くさいーってワガママしかいわないもんだからさ、こっちも対応に忙しいのよ」

「うわあ……かなり癖の強い奴の担当になりましたね」

「それでとりあえず粘土板から始めようとしたみたいなんだけど、いきなり森の中の土掘って粘土を見つけようとしたみたいで、そんなの普通に考えれば無理じゃん? 粘土にするにはちゃんと捏ねて空気を取って油を足さなくちゃ駄目なのに。なのでそこは私の力で粘土が発掘できるよう取り計らったんだけどさ、今度は地元の子供達が粘土板を踏んで台無しにした、ってそいつわんわん泣きながら子供達にガチ切れして、それを仲裁しにいった帰りなのよ」


 転生者のあまりの身勝手さに俺は絶句しながら、段ボールを積み上げていく。確かこの客は前世は三十代のOLだったか? 子供の悪意ない行為にガチギレとか大人げないって言うか自己中心的というか……。


「いつもお疲れ様です。ほら、補給品の中に栄養剤ありますからそれ飲んで下さい。あと胃が痛くなったら胃腸薬もありますので」

「ありがと……。ああ、早くこの案件終わりたい!」


 転生者のわがままを聞く神は本当に大変そうだ。親父さんもそうだが、客である転生者を生かすために沢山の者が奔走しているが、客はそれに敬意を払おうとしないばかりか、さも当然のようにサービスを享受し、感謝もせずわがままばかりだ。

 前世で大した学問も修めていない、なにかに突出しているわけじゃない奴が別世界に行ったって活躍できないのは当たり前。それを神や俺たちが調整して無双できるようとりはかっている。

 仕事なのだから仕方ないが、やはりもう少し報われてもいいんじゃないかと思う。


「あ、そうだ。今度転生予定の客なんだけどさ、珍しくトラックに轢かれたいらしいよ」

「え? ってことは……」

「そう、久しぶりの異世界トラックの出番ってわけよ! なのでトラックの点検と整備お願いね!」

「まかせといてください!」


 俺はやる気に満ち満ちながら帰路を後にする。どれくらいこのトラックを活躍させていなかっただろう? 人を轢くのは嫌だが、やっと仕事が出来るとなると口元が緩んでしまう。

 とりあえずバンパーとタイヤを交換し、ブレーキを整備しないとな。そういえば変わり種では、GT-7に轢かれて転生したいとかいう女性客も増えたって聞いたな。下界ではイケメンがGT-7を暴走させるのが流行っているかららしい。

 だが、やはり俺はこいつ以外の相棒は考えられない。年季の入った大型トラック。ついた傷は俺とこいつの歴史を物語っているようだ。


「これからもよろしくな、相棒」


 俺は小声で話しかけながら、エンジンを吹かす。その音はまるでこいつが喜んでいるかのようだ。


 アクセルを踏み、俺は指定された場所へとトラックを走らせる。仕事へと向かう俺と愛車の姿は、どんな勇者様よりもかっこいいはずだ。

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