この愛らしいスライムに祝福を!

 スライム、とは粘性のある物質を指す言葉である。玩具や素材として現実世界では呼ばれているが、異世界ではもっぱら丸くてぷよぷよしているマスコットや弱い敵キャラとして活躍している。

 そのスライムからカスタマーサービスセンターにクレームが来た。何でも勇者様がテイマー魔物使いなのに、相棒となるスライムを虐待同然にこき使っているとのことだ。


「おいら達、偵察やら物体収納に休む間もなくこき使われて、ご主人様はコーラしか与えてくれないんですよう」


 スライムがつぶらな目をうるうるさせながら訴えてくる。私はスライムのほっぺたを触ってみるが、以前より明らかに弾力が減っている。

 スライムは水さえ取れれば最低限生きていける。だが生き物なので当然お腹も空くし疲労も溜まっていく。


 私は弱っているスライム達を見て、虐待している勇者様に怒りを覚えた。


 本来、神の役割は異世界に転生・転移した者に快適な異世界生活を営んでもらうため、基本的に転生者を持ち上げ、決して怒らない。それが大原則であるが、今の私はそんな職務規程を忘れるほど怒っている。

 このスライム達は、ハーレム要員などと同じく転生者にNOとは言えない。時には敵キャラとして、時にはマスコットとして転生者をバックアップする。

 しかし、これは何だ。彼らが決して否定しないからと言って酷い扱いをしていいだなんて道理はどこにもない。彼らが人型ではなく球形だからっておもちゃにしていいわけじゃない。今までも転生者の傍若無人ぷりには呆れていたが、これは酷い。神としてとても看過できない。


「とりあえず、これ食べな」

「わあ、秋限定マックセット! おいら、固形物を食べるだなんて何ヶ月ぶりだろう……」


 温かなハンバーガーとポテトを美味しそうに食べていくスライム達ではあったが、何匹かは衰弱が酷く医療室に運ぶ羽目になった。医療室にはスライムの他に、転生者に酷く扱われた猫耳奴隷の女の子や、武器職人もベッドに寝ていた。


「あの勇者様、下品な踊りを強要してきて……出来ないとご飯をくれないんですよ」

「俺なんか途中で刃を交換できる剣を作れと言われて……強度面や戦いの最中にいちいち刃を変える手間暇を考えて、複数剣を持って行った方がよくね? て言っただけで罵詈雑言の嵐で、精神が参っちまったよ」


 スライム達に点滴を施しながら、猫耳の女の子と職人のおじさんの告白を聞いて、私はあまりに調子に乗った転生者に対し、お仕置きをしてやることを決意した。

 神の職務違反で上から罰せられるかも知れない。しかし私の怒りは収まらない。人として間違っている転生者に罰を与えるため、私は関係各署に連絡を始めたのだった。


 ※

 ※

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 その日、異世界へと転生してきた勇者は、ハーレム要員の女の子へ服を脱ぐよう命じた。

 女の子達は嫌そうに下着姿になったが、勇者は偉そうに鼻を鳴らし、全裸になれと命ずる。


「ええ、でも勇者様……」

「なんだ? 俺の言う事が聞けないってのか!?」


 勇者は手に雷魔法を発生させ、女の子へと喰らわす。女の子の身体がのけぞり、びくんびくんと痙攣しながら床へと倒れる。


「最初から素直に言う事を聞いていれば良かったものを。俺はこの世界を救う勇者様だぞ! 俺に逆らう者は全部ぶちのめす! 俺は全属性の魔法が使えて文明チートして、お前らに石鹸とパンケーキと本を恵んでやったじゃねえか」


 すべてスマホで得た知識でどや顔しながら、勇者は自分がどれだけ凄い存在か滔々とうとうと述べる。そして全能者の特権とばかりに女の子を裸へと剥いていく。彼女の意思など無視して。


 いやらしく笑みを浮かべる勇者の頭部に、何かが被さる。

 粘着質なそれは、大きめのスライムだった。


「て、てめえ! なんで……」


 スライムは中の空気を抜いていく。酸素不足に陥った勇者はスライムを外そうとするが全く顔から離れない。

 そうしてしばらくすると、勇者は意識を失った。


 ※

 ※

 ※


 次に勇者が目を覚ましたとき、身体にはぼろを着せられ、手と足には枷が嵌められていた。

 どうやら自分は檻の中にいるらしく、周りには金持ちの貴族が沢山いた。


「はい、この奴隷はですね、脂肪たっぷり、焼いて食べても良し、煮ても良し、バラバラにするもお客様次第! ただこの醜悪な見た目と怠け者の体質から、愛玩用にも仕事にも使えません。それでも良い方は、100ギルから!」


 勇者は抗議しようとしたが、声からでるのは豚のようなぶひぶひ、という鳴き声だけだった。身体も前世と同じくでっぷりと肉がついている。なんでだ? 俺は転生してイケメンになって、現代知識チートして異世界の土人から感謝されていたはずなのに……。


 仕方なく手を上げたのは、かつて勇者のハーレム要員だった女の子だけだった。彼女は50ギルまで値切られた勇者の首輪を引っ張って無理矢理歩かせる。

 何も食べていなく酷く空腹な勇者は、目の前が一瞬暗くなり道に倒れてしまう。


「ちょっと! はやく立ち上がりなさいよ! ったく使えないわねこの豚!」


 女の子に蹴られ鞭を打たれ、勇者はぶひっと鳴く。それは歓喜の声ではなく苦痛の声であった。


「お姉様、ひょっとしてこの豚お腹が空いているんじゃありません?」

「ああ? 豚のくせに生意気ね! ほら、これ飲んで早く動きなさい!」


 女の子は勇者の前にコーラを流してやる。地面に拡がったコーラを豚になった勇者は舌で舐めながら酷い屈辱を感じていた。

 こいつらを魔法でとっちめたいところだが、何度念じても魔法が発動しない。おかしい。俺は選ばれてこの世界に転生して、誰よりも優秀で誰よりもモテて、神にも等しい存在として崇められていたはずなのに……。


 そうして連れて行かれた先は、屠殺とさつ場のようだった。俺は抵抗したが、あっという間に手足を縛られ、電撃を浴びせられ動かなくさせられる。


「こんな豚、まずくて食えたもんじゃないけど、スライムがどうしてもあんたを食べたいってね。だからスライムの餌として買ってきたのよ」


 女の子の後ろから、何十、何百といったスライム達が現れる。あいつらは今まで俺の元で偵察やバトルで役立ってくれていたスライムじゃないか!


 そうこうしているうちに、スライムが俺の身体にまとわりつく。ねちゃねちゃとした奴らだと思ったら、いきなり歯を立てやがった。こいつらのどこに歯があるんだ?


 スライムに肉を千切られ、俺は血を流しながら絶叫する。しかしそれも豚の断末魔にしか聞こえなかった。

 こんなのはおかしい。俺はイケメンで、モテモテで、チートでちやほやされて、世界中から礼賛される勇者様のはずなのに、こんなの間違っている! 誰か、俺を助けろよ! 伝説の勇者様なんだぞ俺は!


 激痛で薄れゆく意識の中で、ハーレム要員の女達と、ギルドのメンバー、そして武器屋の親父がにやにやしながらこちらを見ている。くそ!なんで、なんでなんだよ! 俺は、どこで、間違えた……?


 ※

 ※

 ※


 悲鳴を上げながら、勇者はベッドから跳ね起きる。どうやらそこは宿屋の一室のようだ。


「……夢?」


 息を荒くしながら、汗でぐっしょりの寝間着を握りしめる。するとドアが開いて、肩にスライムを乗せたハーレム要員の女の子が、「勇者様、朝食をお持ちしましたが……」とベッドに近寄ってくる。その顔が、夢の中で自分を蹴っていた女の顔と重なってしまう。


「う、うわあああああああ!!」


 勇者は頭を押さえ絶叫する。その様子を神がカスタマーセンターのディスクのモニターから見ている。


「お仕置きは成功だったみたいね」


 コーヒーを飲みながら、私は満足そうに微笑む。

 彼はこの後、トラウマによって人やスライムに虐待したり勝手な価値観を押しつけて怒り狂うことはないはずだ。自分が意思さえ無視され、モノのように扱われる辛さを身をもって知ったから。

 少しやり過ぎたかな? と思いつつ、今回のような悪質な転生者にはちょうど良かったのだ、と私はチョコパイを食べながら頷く。チョコとコーヒーて合うよね。


 今回のことで、私は始末書を提出しなくてはいけないが、このケースの場合、転生者の酷さは上に既に報告しているから、大したお咎めは受けないだろう。

 今まで数多くの転生者のワガママに振り回されてきた私達神や、ハーレム要員の女の子、ギルドの皆、スライム達、これからは君たちの労働環境も改善するように努力するから、だから安心して異世界ライフを補助してやってくれ。


 私は始末書の他に、現場の環境改善案を意見書として提出する。異世界転生カスタマーサービスセンターは、少しだけ、以前と変わろうとしていた。


(了)

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異世界転生カスタマーサービスセンター~転生者のバックアップはおまかせください~ 八十科ホズミ @hozunomiya

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