商人ギルドの憂鬱

 ギルド、とは中世において、商人などの自営業者が、生活の様々な点で助け合うために結成された相互互助組織である。

 しかしここ異世界においては、クエストの依頼と商品の納品が主な仕事だ。


 カランカラン、とドアベルを鳴らしながら、商人ギルドに前髪が交差している勇者様が入ってきた。

うわ、また来たよ……と俺はうんざりしたが、そんなことはおくびにも出さずに対応する。

 受付嬢も作り笑いを浮かべながら、勇者様の提出した商品を確認する。それは勇者様の作ったリンスインシャンプーらしい。


「これがあれば髪がもっと綺麗になるだろう? ほら、この通り」


 勇者様はギトギトの髪をふぁさ、と揺らしてみたが、そこからは皮脂とリンスインシャンプー(笑)の交じった悪臭しか匂ってこなかった。


「わあ、素敵な商品ですね! こんなの初めて見ます!」


 受付嬢が追従の言葉を述べながら、提出された勇者様お手製のリンスインシャンプーの鑑定をする。鑑定が終わり、金貨を受け取った勇者様は得意げにドアから出て行った。その黒髪から悪臭を漂わせながら。


 勇者様が出て行って、受付嬢はいつもどおり、その粗悪なリンスインシャンプーをリサイクルボックスに入れた。こんな品質のもの売れるわけがない。


「……あ~! まじ嫌!」


 受付嬢がうんざりと愚痴をこぼす。俺はギルド長として紅茶を入れてやり、部下を労う。


「あいつ、髪油とシャンプーをごっちゃにしているんだな。シャンプーは皮脂の汚れを取るものだってなんでわかんないのかね? シャンプー髪に付けても髪が傷むだけなのにな」

「こないだどや顔で納品していった石鹸なんて、ハーレム要員の子が使ったら肌に合わなかったらしくて、肌真っ赤にして神に炎症止めの軟膏もらっていたの見ましたよ。可愛そうに……」


 その時のことは良く覚えている。たしか重曹と油と香料を混ぜた匂いのキツい劣悪なものだったんで、すぐにリサイクルにだしたはずだ。

 勇者様はこれでみんなが清潔になるはずだ、と得意げに言っていたが、実は既にこの世界にはボディソープもシャンプーも洗顔料もある。あえて勇者様が現代知識チートできるよう、彼の周りに置いていないだけ。

 大体炭酸水素ナトリウム(重曹)がある世界でシャンプーや石鹸がないと思うのが信じられん。特にこのところ人間界では感染病が全世界で猛威を振るっているから、異世界でも清潔を保つよう尽力している。俺たちギルドの人間もエタノールで手を消毒している。感染症は怖いからな。


「ハーレム要員の女の子が愚痴ってましたけど、勇者様の作ったパンケーキ、ぼそぼそして粉っぽくてまずかったけど、美味しそうに食べなきゃいけないの相当キツかったらしいです」

「ああ、あの重曹と小麦粉使ったパンケーキな。蜂蜜が存在している時点でパンケーキミックスもあるってどうして頭が回らないのかね」


 異世界に転生した勇者様が気持ちよく無双できるよう、俺たちギルドの職員や村人、ハーレム要員の子は、わざと何も知らない振りをしなければならない。自分達が実は色んな事を知っているし持っていることを勇者様に気取られてはならない。文明が発達していない土人のふりを演じなくてはならない。


 これが仕事、とはいえ、勇者様にはうんざりさせられる。いつだったかも、井戸の中に水車を作ってどや顔していたが、もちろんなんの役に立たなかった。このギルドには水道が引いてあることは秘密だ。


 自分の価値観が一番。やってもらって当たり前。自分の行いは皆に礼賛されるべきという幼稚な思考を持った転生・転移者が最近多くなった。自己肯定感が極端に低いそいつらは、何の努力もせず褒められるのを望む。きっと、現世でもそうやって逃げてきたのだろう。現世で出来なかったことは残念ながら異世界でも出来ない。


 しかし、そんな幼稚な彼らの自己承認欲求を満たすために、俺たちや神が奔走している。辛く苦しいことは体験させず、ストレスフリーに異世界ライフを過ごしてもらうため、俺たちはため息をつきながら与えられた役目をこなす。


 そうしている間に、また勇者様がドアベルを鳴らしながらやってきた。相変わらずの交差した前髪を揺らし、彼は得意げに商品を出して見せた。


「これは俺の作ったポーションだ。飲めばたちまち体力が回復するぞ」

「どれどれ……本当だ! 今までに味わったことのない味! に、兄ちゃん、これは是非買い取らせて下せえ!」


 ただの経口保水液を納品し、金貨と銀貨の束を袋に入れ、勇者様は良いことしたなあ、といった顔でギルドを後にする。この後はレストランか飲み屋で女の子に囲まれて良い気持ちになるんだろう。


 俺たちはため息をつきながら、勇者様の納品していったゴミの山をリサイクルへと出す。

 ただ捨てるのではなくリサイクルするのは環境に配慮してのことだ。引き取る神も大変だな。

 もっと賢い勇者が来て本物の技術革新を行ってくれ、と俺たちは切に願いながら、今日もギルドの看板を掲げる。

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