働けない魔王様!

 今日の業務を終えた私は、青い髪に琥珀色の目の女神の姿を解く。最近青い髪の女神を望む客が増えたな、と思いながら、私は自分のデスクに戻る。


 ここは異世界転生カスタマーサービスセンター。私を初めとする「神」が異世界転生・転移・タイムスリップした客からの苦情や要望を聞き、快適な異世界ライフを客が過ごせるようバックアップする場所だ。


「先輩。留守中に先輩が担当しているBー129番の世界から連絡がありましたよ」


 後輩の神が言う。私は吐息しながら椅子に腰掛ける。

 確かあそこではトラックで轢かれて異世界に転生した男が、現代知識でチートしながらハーレム要員の女の子に囲まれて、世界を救うため勇者として魔王を倒すべく旅をしていたはずだが、また何か不満があったのだろうか?


「いえ、連絡をくれたのは勇者様じゃなくて……」

「勇者じゃない? ならハーレム要員の女の子?」


 あの勇者様には三人のハーレム要員の子を付けていたはずだ。また勇者様がセクハラを働いたのだろうか?


「いえ、連絡をくれたのは塔にいる魔王で……一体自分はいつ働けるのかって愚痴ってましたよ」


 ※

 ※

 ※


 私は急いでBー129番の世界へと足を向ける。

 この世界は魔王が支配しており、それを倒してもらうために現世から勇者様を召喚した、というベッタベタのテンプレ設定で客を勇者として活躍させている。

 魔王は禍々しい塔の最上部にいて、勇者がやってくるのをその時まで待っている……はずなんだが……


「あの勇者様、いつまで経っても塔に登ろうとしないんですけど。それどころか麓の村で石鹸とパンケーキ作ってどや顔して過ごしてますよ」


 魔王役のガイコツ君がぼやく。魔王に必要なマントや鎧は、常時付けていると重いらしく、今は全て脱いでいる。配下のモブ君もトゲトゲの肩パットを外してカードゲームに興じている。赤いモヒカン頭は維持を諦めて髪の毛がまばらに生えてきており雑草のようだ。

 うんうん、モヒカンって維持するの大変だよな……てそうじゃないわ。


「塔に入ろうともしてないの?」

「入るどころか、近寄ろうともしないっすよ。露出の多いドレス着た女の子に囲まれながらギルドの依頼でスライム狩って、リンスインシャンプーとかいって油を髪に塗りたくって頭ギトギトにしてどやってますよ」


 配下のモヒカン君が、そばにいるスライムをいじりながら愚痴る。横になりながら酒を飲んでいる姿は、とてもヒャッハーするように見えない。当たり前か。モヒカン君だっていつもハイテンションじゃないんだから。


「そうだね……最近の転生者は世界を救うより、目の前の自分の生活を守ることを優先したがるからね。痛い思いや苦労を背負うより周りから持ち上げられたい、褒められたいってのが本音だから」

「でもそれじゃあ、俺ら活躍できねえじゃん! もうプレステ5の発売されているゲーム全部やっちまったし、UNOもブラックジャックもバックギャモンも飽きたよ! 早く活躍させてよ!」


 魔王の切実な願いに、私はううむ、と頭を悩ませる。

 勇者にはチートスキルも与えているし、周りのハーレム要員にも何やっても褒め称えるよう指示しているが、ちょっとやりすぎたようだ。小学校の生活科の知識でどやれるよう世界の文明レベルを下げすぎてしまった。

 一応この世界のシナリオは、勇者が魔王を倒すのが大前提にある。女の子とイチャイチャせずとっとと戦って欲しいのだが……


「……あ、いいこと思いついた」

「なんすか?」


 魔王が差し入れの期間限定のマックを頬張りながら聞き返してくる。ガイコツなのに舌や消化器官はどうなっているんだと聞くのは野暮である。


「ハーレム要員の女の子を一人攫ってきたら? 世界の危機には興味ないけど、大切な人が攫われたらさすがの勇者様も腰を上げざるを得ないでしょ?」

「おお! さすが神!」

「ハーレム要員の女の子には連絡しておくから、打ち合わせ通りに勇者のパーティを襲ってね。決行日は……」


 その後、私は魔王達と打ち合わせをし、女の子達に連絡をしてわざと攫われてくれと指示して帰路についた。

 これで勇者様が動いてくれたらいいんだけど。


 ※

 ※

 ※


 そうして打ち合わせ通り魔王軍は勇者パーティを襲って、ハーレム要員の子一人を攫って塔に帰ってきた。

 これだけすれば勇者様も怒りにまかせて塔にやってくるだろう。そう思っていたのに……


「ねえ、いつ勇者様は助けに来てくれるんですか!?」


 攫われた女の子と魔王様がまたしても苦情を入れてきた。

 私が塔にやってくると、二人は近くにいたスライムをお手玉にして遊びながらくつろいでいる。私もついスライムのほっぺた?をぷにぷにしてしまう。触感が気持ちいい。


「あー……さっき見てきたけど、どうやら勇者様はコテンパンにやられたショックで宿屋に引きこもっているみたい」

「いやいや、一回負けただけじゃん! どんだけ豆腐メンタルなんだよ!」


 魔王がレモネードを飲みながら愚痴る。私が買ってきた差し入れの大福を女の子は食べている。職場の近くに話題になっていた和菓子屋があったから、スライムに似た大福を大量に買って魔王軍に差し入れた。モヒカン君達も美味しそうに食べてくれて良かった良かった。……て違うわ。


「どうやら勇者様、豆腐メンタルってかヨーグルトメンタルだったみたいだね。一度の挫折も味わいたくないんだろうね最近のは。とりあえず残りのハーレム要員の子に励ましてくれって指示しといたから」

「それでも奮起しなかったら?」

「うーん……あんまり考えたくないけど、その時はまた残りの女の子を攫ってもらうか、村を襲ってもらうか……ああ、頭痛い」


 頭痛薬をコーラで流し込みながら、私はフライドポテトをむさぼる。たまに無性に食べたくなるよねフライドポテト。


 とりあえず、魔王軍には待機を命じ、私は今後のプランを練る。

 ハーレム要員の女の子をまた攫うか、もしくは目の前で蹂躙させるか……。

 世界とか自分が想像できない大きいことはどうでもいいが、身近な大切な人を傷つけられるのは許せないってのが勇者様の思考回路だからな。女の子がもう一度大変な目に合えば、流石に良いところ見せようとして動いてくれるだろう。

 もしそれでも動かないようなら……その時はその時で考えよう。


「はああ~……」


 私は思いっきりため息を吐きながら、魔王軍の拠点である禍々しい塔を見上げる。

 自分の役目を果たせない、やることがないってのは凄いストレスだ。魔王達にも苦労をかけてしまい申し訳ない。また差し入れを持って行かないと。


 職場に帰る途中で、新しく出来たお洒落な店を見つける。

 あそこの料理は美味しいだろうか。美味しかったらまた魔王達に差し入れに持って行こう。


 もう少しで働けると思うから、待っててくれよ魔王達。

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