織田信長は本能寺で生き残りたい

 俺は「神」である。名前はまだない。

 先日、研修を終えて、「歴史・時代転生転移課」に配属された新人の「神」である。


 俺の課はその名の通り、過去の歴史上の偉人に転生したい、またはタイムスリップして偉人の家臣、もしくは恋人になりたいという客向けの課だ。

 戦国時代なら、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑の付近が人気だが、最近は教科書にも載らないマイナー武将に転生したいという客も増えてきた。

 幕末なら新撰組関係、坂本龍馬、高杉晋作、西郷隆盛辺りが人気だ。先輩によると某局の関係で鎌倉時代、源平時代の偉人を希望する客も徐々に増えてきているらしい。

 あと、あまり数は多くないが、日本以外の、フランス革命時代のフランスや古代ローマ、三国志時代の中国といった外国への転生・転移希望者も中にはいる。


 歴史・時代転生転移課が担当する客は、意外にも女性が多い。歴女というやつか。

 女性の場合、やはり偉人といい仲になりたいという希望が多い。要するに奥方ポジションを狙っているのである。男性だと、偉人に転生して歴史を変えるべく現代知識でチートしたい、もしくは家臣となって戦で活躍したいという希望が多い。

 俺たちは客の要望を聞き、希望する時代へと送り届ける。もちろんその時代はこちらで史料を元にデザインされた世界である。転生・転移者が天然痘や結核、コレラで死ぬことはないし、なまりが酷すぎて言葉が通じないと言うことはない。偉人達は現代的美意識でのイケメン・美女にカスタマイズしているし、価値観も現代寄りだ。全てはお客様が快適に異世界ライフを過ごせるため、と俺は研修で習った。


 先日、先輩の神から引き継いだ客は、織田信長の元にタイムスリップして信長を本能寺から助け出したい! という要望を持った女子高生だ。先輩が手配したとおり女子高生は雷に打たれ、その衝撃で戦国時代へとタイムスリップしてしまい、織田信長に拾われ、彼の元でスマホにダウンロードした現代知識で無双し、信長が明智光秀に討たれ本能寺で死ぬ運命を変えるべく行動している……はずなんだが……。


「一体、儂はあと何度本能寺で死んだらいいんじゃ!?」


 織田信長から苦情がカスタマーセンターに届いてしまった。


 この織田信長は、存在した本物の織田信長ではなく、こちらで史料から分かる人物像プラス客好みの容姿と思考を与えられた織田信長キャラだ。

 本物の織田信長がどういった人物だったのか、それは現代で分かっている以上のことは再現できない。何故信長が本能寺で明智光秀に討たれたかなど諸説あるがはっきりした史料はないので、こちらである程度シナリオを作り、その通りにキャラ達に動いてもらう。

 ゲームと同じで、いくつかの分岐点があり、それらを上手く選択できれば本能寺死亡フラグは立たないよう設定してある。

 ……なのだが、この客はどうも間違った選択肢を選んでしまい、明智光秀だけではなく、柴田勝家、羽柴秀吉、もしくは四国の長曾我部元親や本願寺顕如といった人物の恨みを買ってしまい、結局本能寺で信長は死んでしまっている。一度や二度だけなら再チャレンジできるようこちらでタイムリープの手配をするが、この客は今まで八回も本能寺フラグを立ててしまっている。多過ぎね?


「あの小娘、儂の備前長舟光忠びぜんおさふねみつただに勝手に触ってブツブツ言いながら笑っているだけで、スマホで光忠を撮ってうっとりしとるわ! 儂はもう死ぬの疲れたわ!」


 そうきたか、と俺は頭を抱える。今、現世では偉人達が持っていた刀や武器を擬人化したゲームが大流行している。女性に人気のそのゲームは、今やアニメ化・舞台化・他社とのコラボなどでファンが沢山居る。そういえば先輩も、この客は刀剣となると我を忘れるから注意しろと引き継ぎノートに書いていたな。忘れていた。


「落ち着いてください信長さん。とりあえずもう一度時を戻します。そして私がお客様と会ってアドバイスします。そうすれば今度こそ本能寺ルートから外れるはずです」

「本当じゃな? 儂はもう敦盛あつもりを踊らずに済むんじゃな!?」


 そうならないよう尽力します、と言って、俺は通話を終了した。別の課の先輩からバレンタインの義理チョコとして貰った柿ピーチョコ味を食べながら、俺は今後のプランを立て、客の元へと赴いた。


「……というわけでしてね、このままだとどうやっても織田信長は本能寺で死ぬ予定なんですよ」

「はあ……」


 やる気が無さそうに客の女子高生は答える。ブレザーのスカートの上には、備前長船光忠と思わしき太刀が乗っている。俺は頭痛を押さえるようにこめかみを揉んだ。


「とりあえず、その太刀は信長さんに返してあげて下さい。貴女の目的は、信長さんを本能寺で死なせないことでしょう?」

「えー……でもぉ、生みっちゃんに会えたらなんかどうでも良くなったっていうかぁ、色々外交? しなきゃいけないし、正直めんどくさいていうかぁ……」


 こっちの方が面倒くさくなってきた。俺はそのスマホで色々調べろ! と怒鳴りつけたいのを我慢して、客と今までの行動をおさらいして、どの地点でどういった行動や言動をとってしまったか、正解はどれなのかを手取り足取り、まるで予備校の講師と生徒のように時間をかけて教えた。


 最初はやる気がなかった客も、このままでは自身の命も危ないと知ったら集中して俺の話を聞くようになった。俺はフローチャートを提示し、どの行動をとればどのルートに行くか、信長がどんな行動にでるかを懇切丁寧に説明し、客に本能寺ルートを避けるよう指示する。五回目の説明でやっと客も理解してくれたようで、俺は客を戦国時代へと送り届けてから、信長に連絡する。


「信長さん、お客様はやっとやる気になってくれました。次は本能寺ルートに行かず、天下布武ルートに行けますよ」

「本当じゃな? もう焼け死んだり腹を切る苦しみに耐えたりしなくていいんじゃな?」


 切実に訴えてくる信長の目は真剣だ。今まで八回も死んでいるのだ。死ぬ度に想像を絶する痛みや苦しみを味あわなければいけない。史実で非業の死を遂げる偉人は大変だ。そういえばこの前、別の神が担当している客は、坂本龍馬を暗殺から救いたいといって何度も池田屋ルートに進んでいた。その度に坂本龍馬から「儂は何度殺されなきゃならんのか!?」と怒りのクレームが届いていたな。


 歴史改編には、それなりの努力と知識とそれを生かす行動が必要になってくる。残念ながら客の中でそれらを満たしている者は少ない。だからこそ俺たちがヒントを与え、上手くいけるよう指導している。

 俺は信長だけではなく、明智光秀や柴田勝家、羽柴秀吉達にも連絡しなくてはいけない。客の行動や言動が変われば、周りのキャラの行動も変えなければならない。それらに上手く対応出来るかは客次第だ。また刀剣に目を奪われて本来の行動を忘れなければいいが。


 どっと疲れた俺はデスクに戻ると、柿ピーチョコ味をもう一袋開ける。口に運ぶと甘塩っぱさが拡がり、疲れた脳を癒やしてくれる。酒が飲みたいところではあるが、まだ仕事が残っている。

 さて、仕事しよ。


 異世界転生カスタマーセンターの照明は、夜零時を越えても消えることはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る