アフターケアも万全です!

 今回はちょっと重い話です。


「本当に……これが息子?」


 端末に映された映像を見て、母親は言う。

 端末の中では、異世界に転生した我が子が、チートスキルで無双し女の子に囲まれてどや顔している。


 今日私達が訪れたのは、客が異世界転生・転移した後に残された家族の所だ。

 家族の一員がいきなり死亡・もしくは行方不明になってしまい、傷心の遺族へと事情を説明し、異世界転生者遺族年金を支払う手続きを取る。それも我々「神」の仕事だ。

 ……ん? その年金はどこから出てくるのかって? さあ? 神にも分からないことはあるのです。


 正直、この仕事はかなり滅入る。非業の死、もしくは神隠しにあったと思われていた家族が、いきなり異世界へと転生・転移し、そこで活躍しているなどと話しても信じて貰えないことのほうが多いからだ。

 ここに来る前に訪れた家では、いきなり水をぶっかけられた。または激怒され胸ぐらを掴まれ、または詐欺だと警察を呼ばれたこともある。

 今日は、新人の神AとBが付いてきているが、二人の顔色は真っ青だ。仕方が無い。自分も新人の時はそうだった。遺族に罵倒され、時には手まで出されてメンタルを病まない者などいない。神だって万能ではないのだ。


「信じられないのも無理はありませんが、息子さんはこことは違う世界で前世とは違う身体を手に入れ、活躍なさっています」

「……本当に? 作り話ではないのね?」


 はい、と私が頷くと、母親はわっと背を丸めて泣き出した。息子が生きてくれていて嬉しいのか、それとも別人になってしまい悲しいのかは分からない。ただ一つ言えるのは、この母親は一月前に息子をトラック事故(これももちろんこちらの手配したものだが)で意識不明の重体となってから、精神的に非常に辛い日々を過ごされていたということだ。

 そりゃそうだろう。家族が重体・行方不明・もしくは死亡したら、大半の遺族は深く悲しむ。そういった遺族の悲しみや怒りを受け止めるのも、我々の仕事だ。


「それで、タカシは、いつこちらに戻ってきますか?」


 母親の問いに、私は言葉を詰まらせる。この客の場合、肉体はほぼ無傷で残っているから、客が現世に戻りたいと願えば私達は異世界から客が戻れるよう手配できる。だが転生・転移者の中で現世に帰りたいと願う者は非常に少ない。それ以前に肉体が死亡しており、戻るべき身体がない者の場合は私達にはどうすることも出来ない。神には現世で新しい魂・肉体を作れる権限はない。もう一度言うが、神にも出来ないことはあるのだ。


「お子様が、こちらに戻りたいと希望すれば、私達が帰還の準備を致します」


 この客がトラックに跳ねられ、意識不明状態になって一月。母親は植物状態の息子の身体を拭き、排泄の処理をし、意識が戻るよう様々な努力をしたのだろう。隈が酷く、潤いのない髪には白髪が目立つ。

 こんな状態の母親を見たら、転生した息子はどう思うのだろう? 基本的に転生・転移させた客から要望がなければ、私達が現世の家族の様子を知らせることはない。そして例の如く、客の中で家族の事を思うものは少ない。元々強い転生願望があり、現世に不満を持っているものしか転生・転移は出来ないので、自分好みにカスタマイズされた異世界から帰りたいと思う者が少ないのは当然かもしれない。


 しかし、こうして遺族と向き合ってみると、何も知らない転生者は良いご身分だな、と若干の怒りは隠しきれない。人間一人がいなくなるということは、とても大変なことなのだ。社会的な手続きはもちろん、残された遺族に与える影響も計り知れない。転生した客は自分一人がいなくなっても誰にも迷惑をかけていない、むしろいなくなったほうが社会のためだ、などと思っているかもしれないが、それはとんでもない思い上がりだ。

 誰も一人でなど生きていないし生きられない。たった一人で今まで生きてきたと思っているのなら、それは非常に傲慢と言わざるを得ないだろう。たとえ親兄弟親戚がいない天涯孤独の身だとしても、今まで生きていくために手を差し伸べてきた福祉関係の方、生きていけるよう機能している社会の仕組み、その仕組みを支えている法律、いろんな人間が一人を生かすために関わっている。完全に一人で死ぬことも生きることも出来ないのだ。


 その後、私達は異世界転生者遺族年金が支払われること、定期的に異世界での息子さんの様子を知らせることを説明し、手続きをして家を後にした。

 この家の方は温厚な方で良かった。転生という事実を受け入れて貰い、年金手続きもスムーズに済んだ。多くの家の場合、「金などいらないからあの子を返して!」と怒鳴られるから。

 返してあげたい気持ちはやまやまなのだが、基本的に客の意思が一番に尊重される。客が帰りたいと思わない限り、私達は遺族の気持ちに応えることは出来ない。


「二人とも、大丈夫?」


 新人の神二人に私は問う。二人は強ばった顔で頷く。この家で二十五件目。今日中にあと五件回らなくてはいけない。そろそろ二人とも心身ともに疲れがピークに達しているだろう。


「辛いだろうけど、これも私達の仕事だから。終わったら飲みに行こうよ」


 あえて明るく私は言うが、それでも二人の顔色は良くならない。客だけではなく新人のアフターケアも仕事のうちだ。とびきり良い店を予約して労ってやろう。

 さあ、あともう少し。気合いいれていこう。


 ※

 ※

 ※


 ある日、カスタマーサービスセンターに連絡が来た。


「あの令嬢、ひきこもったまま何にも行動しないんですけど」


 連絡をくれたのは、イケメンのハーレム要員の一人だ。客が女性の場合、ハーレム要員は男性になる。女性だと乙女ゲームのキャラに転生したいとか、中華風世界の後宮にて薬師として活躍したいとか、悪役令嬢に転生して、破滅フラグを回避したいだの男性とはまた違った要望が多い。

 今回の客は、とある公爵家の悪役令嬢に転生しており、世界観は少女漫画に出てくるヨーロッパ貴族風であり、そこで長年婚約していた王子からいきなり婚約破棄を告げられて、そこから王子と寝取ったヒロインを見返してやるため逆転していく……というシナリオなのだが、肝心の悪役令嬢が、婚約破棄を告げられて以降部屋から出てこないというのだ。


 ううむ、と私は頭を捻る。気持ちは分からなくもない。長年慕っていた婚約者に、いきなり一方的に婚約破棄を申しつけられたらもの凄いショックだろう。引きこもりたくなる気持ちは分かる。だが三ヶ月は長すぎる。ここで見返してやる! と一念発起してなんらかの行動をしてくれないと、物語が進まない。


 しょうがないので、神である私が直接客の元へ出向く。豪華な部屋のベットで枕を濡らしている客の前に現れ、事情を聞く。


「だって、私、ずっと王子様と結婚出来ると思っていたんですよ……なのに、なんで婚約破棄されなきゃいけないんですか」


 目を真っ赤にさせながら語る様子は、とても悪役令嬢には見えない。一応この客の愛読していた漫画を元に世界観やキャラを作っているのだが、漫画の主人公のようなアクティブさはこの客にはないようだ。というか、大半の人間は、不当に婚約破棄を申しつけられたらショックで何も出来ないだろう。いきなり復讐してやる! だなんて思える人物は非常に少ない。

 このまま悲しみに浸って貰いたいのはやまやまなのだが、それでは話が進まないので、私は客の愚痴を聞きつつ、色々と提案する。


 それから悪役令嬢に転生した客は、どす黒い怒りと悲しみと憎しみを一本の小説に起こせるんじゃないかというほど吐き出し、やっと頭がすっきりしたところで、辺境の土地に引っ越し、そこで隠居しながら現代知識でチートし王都にいる王子とヒロインを見返してやることを決意してくれた。


 客が身なりを整え、荷物をまとめて田舎へと引っ越したところまで見送って、私は思いっきり息を吐く。

 客の塗炭の苦しみを五時間以上聞かされ、こちらの精神が参りそうだ。今日の仕事はこれでしまいにして、早めに切り上げよう。すでに王子役とヒロイン役の子には連絡済みで、これから客を囲むハーレム要員の男の子達にも予定通り行動してくれと伝えてある。なにかあればまたカスタマーセンターに連絡が来るだろう。


 ドラッグストアにて栄養ドリンクを買いながら、転生者達の家族を思う。いくら金を払ったところで遺族の苦しみや悲しみは晴れないものだ。仕事とはいえ、悲しんだり怒ったりする姿を見るとかなり堪える。

 望む世界で望む通り生きられたらどんなにいいだろう。でも大半の人間は思うようにならない現実と折り合いをつけながらなんとか生きていくのだ。楽しいことだけの人生はないし、誰に対しても優しい世界もありえない。

 だが、客はそれを望む。そしてそれを叶えるのが我々の仕事。しかし事後処理に我々が奔走していること、自分が転生したことによりもたらされる影響など客は考えていない。

 わがままだな、と思いながら、それも客の要望なのだ、と、私は諦める。明日からも転生・転移者のアフターケアやバックアップのために忙しくなりそうだ。


 とりあえず、今日は風呂にゆっくり入りながら、栄養ドリンク飲んで早めに寝よう。


 神様だって、疲れるんです……。

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