異世界転生カスタマーサービスセンター~転生者のバックアップはおまかせください~
八十科ホズミ
異世界転生カスタマーサービスセンターの神は、今日も忙しい
トゥルルルル……
「はい、異世界転生カスタマーサービスセンターです」
やや声のトーンをあげ、私は応対する。電話越しでも笑顔、というのは、研修で教わった。
相手は数瞬の沈黙のあと、ぼそぼそとこう答えた。
「あの……先日転生させて頂いた者なんですが、こっちの世界で無双出来ないんですけど」
私は顔をひくつかせ、一体なんだ、と心の中で愚痴った。
ここは異世界転生カスタマーサービスセンター。とある事情で異世界に転生してしまった「客」の苦情や要望を聞き入れる場所。
勤めている者は、いわゆる「神」と呼ばれる存在の者達だ。
神・クロノス・
なぜ私達が存在しているのか……それは人間の集合的無意識が望んだから。要するに需要があるから私達は存在している。
私達の仕事は、事故・病気・その他なんらかの事情により、現実とは異なる世界――端的に言えば「異世界」へと客を導き、そこで客が快適に過ごせるようサポートすることだ。
誰でも異世界へ転生できるわけじゃない。今居る世界とは別の世界に行きたいと強く願っている者の中から、素質がある者だけが転生を許される。
私達「神」は、その素質のある者の事を事前にリサーチしている。本人の年齢・性別・社会的地位・性的嗜好・趣味などあらゆる情報を鑑みて、どのように転生させるか、どんな世界にどのような姿で転生してもらうかを決める。
この客は、前世では42歳の男。無職でここ数年引きこもっており、鬱屈した思いをゲームにぶつけ、ある日コンビニに行った帰りにトラックに轢かれ異世界へと転生してしまった……という今時珍しいほどテンプレな方法で転生したのだが、もちろんそのトラックもこちらで手配したものだ。
かつてはトラックに轢かれて転生したい者ばかりで、トラックの運転手は月に百人以上轢く羽目になってしまい精神が相当参っていたが、最近はブラック企業で酷使されて過労死、だの、大病を患い大手術中に死亡だの客の要望のバリエーションが豊富になり、そのためのお膳立てに私達は走り回っている。
とにかく、きっかけがあればいいのだ。大きな衝撃を与え、身体が死亡もしくはそれに準ずる状態になってから、私達「神」の出番だ。
昔は「こっちの手違いで死なせちゃった♪ 代わりにチートスキルあげるね。新しい世界で活躍出来るように手配したから」と言えば、客は二つ返事で了承してくれたものだが、昨今は客の好みが色々とうるさくさり、バリエーションが増えてきた。
世界の破滅の危機を救うため召喚された、とかならまだいいのだが、転生した身体を美少女にしてくれ、だの、ゲームの何某というキャラにしてくれ、だの、一見役に立たないような昆虫や動物、あげく無機物に転生したいという者までいる。
今回の客は、女神(つまり私)が勇者として世界を救って欲しくて召喚しました。というとすんなり受け入れてくれた。これも客の趣味嗜好に合わせている。この客はどうやら生前熱心にプレイしていたゲームに似た世界に憧れていたので、転生先の世界は、そのゲームによく似たものに作っている。そこで十代後半くらいのイケメンキャラに転生してもらい、私が与えたスキルにて魔王から世界を救って貰う……というのが私達が用意した設定だ。
客は最初目を白黒させていたが、言葉では嫌がりながらもこの設定を受け入れてくれた。この反応も見飽きたものだ。世界観も、転生した身体も、与えるスキルも、全て事前にリサーチして客好みに作ってある。今まで転生を拒んだものはいない。そもそもここに来る時点で強い転生願望があるのだから当たり前だ。
与えるスキルも抜かりない。この客の場合、中学まで剣道をやっていたらしいので、一見普通の竹刀だが、ひとたび振ればどんな相手にも当たるというスキルにした。ここで最初からわかりやすく強すぎるスキルを与えてはいけない。一見なんの役に立つかわからない、弱々しいが実は最強のスキルというのが昨今の転生者の希望なのだ。
世界観も抜かりない。ぱっと見は中世ヨーロッパ風だが、ペストやコレラなどの疫病は流行っていないし、清潔さは現代日本のと変わらず、もちろん言葉は通じる。しかし客が気持ちよくなってもらうために、文明レベルはかなり下げている。この客の世界では、箸を使えて文字を読めて四則演算が出来ると褒め称えられるレベルに設定している。客の周りを囲む、いわゆるハーレム要員も、客の性的嗜好に合わせて用意している。この客はケモナーで巨乳幼女が好みらしいので、ハーレム要員の女の子は皆幼く、ケモミミや尻尾が生えている。もちろん巨乳。彼女達には、客が何をしても褒め称えるよう言い聞かせてある。
さて、こうして転生した客の能力をステータスで分かりやすく可視化し、順調に転生ライフを送ってもらっていたはずだが、無双できないとはどういうことだろう?
「与えられた竹刀、何回か振っただけで手がパンパンになっちゃって嫌になっちゃったんですよ」
私は頭痛を催してきて、こめかみを指でもんだ。客は続ける。
「それに周りの男たちが、その……皆俺よりイケメンばかりで、二桁の引き算の暗算が出来るんですよ。俺はやり方忘れちまったのに……。そういう奴らを見てると、なんだか馬鹿らしくなってきて……」
馬鹿らしくなってきたのはこっちだ、と私は心の中で毒づく。いくら若くて健康な身体に転生したとしても、反復練習を怠っていては武器が扱えるわけないだろう。昔剣道を習っていたとしても、十年以上も竹刀を持っていなければ少し振っただけで手が腫れるのは当たり前ではないか。
いくら四則演算が出来ても、使っていなければやり方を忘れるのは当然じゃないか。彼は前世で数学が苦手だったみたいだが、それならなおのことだ。筆算じゃ駄目なのか。
しかし、私の役目は、客に気持ちよく異世界ライフを送って貰うことだ。苦情がきたなら、それに対処するまで。
「かしこまりました。では武器の重量の設定を変えておきますね。もしそれで腕が痛くなったら回復魔法を猫耳の女の子からかけてもらってください。それから次は南の森に行って敵に捕まっている奴隷の女の子を助けて上げてください。その子はきっとお客様のお役に立ちます」
「そこに行けば、俺は無双できますか?」
「ええ、きっと」
笑いながら答えると、客は納得したようで、通話は終わった。私は長く嘆息すると、武器と世界観の設定をいじり始めた。どうやら客の頭脳を高く見誤っていたようだ。今度は肉を両面焼いただけで感嘆され、テーブルと椅子で食事するだけで礼賛されるよう文明レベルを下げなくてはいけない。
それから、周りのモブ達も、顔面偏差値を下げなくてはいけない。いっそ皆豚にするのはどうだろう?
と、そこで、ハーレム要員の女の子からも苦情が来た。どうやら客がベタベタと身体を触ってくるので耐えがたいらしい。
「こっちは一生懸命応援して褒め称えているのに、あの勇者様、まだ不服みたいなんですよ! なのにいやらしい目つきでじろじろ見てくるし、肌を不必要に触ってきて、まじキモいんですけど!」
「とりあえず、耐えてください。どうやら思っていたように無双出来なくて苛立っているようなので、こちらで能力を微調整しています。もし下着まで脱がそうとしてきたなら、また連絡ください。ええ、手当ては倍増しておきますので」
女の子はまだ納得していないようだが、渋々と了承し通話を切った。
痛む頭を押さえながら、私は設定をいじる。女の子達には毎回苦労をさせている。あとでアフターケアをしてあげなくては。
仕事をしながら私は考える。転生願望をもつのはいいが、どうして転生先で大した努力も無くモテモテで敵をやっつけ礼賛され、無双出来ると思うのか。
どの職業も、一定レベル以上の技量をもつには、毎日の地道な練習が必要だ。勉強でも、スポーツでも、どの分野でも反復練習の出来ない者は上達しない。努力しないで才能だけでチート出来る奴など皆無だ。それは絶対的な真理として世界を支えている。
苦しい努力はしたくない、でもチート能力を得て無双し、息をするだけで称賛されモテモテになりたいという、客のわがままを叶えるのが私達の仕事。そうわかってはいるが、やはり甘えすぎではないか、と私は思う。
努力を放棄すれば能力は上昇しないし、存在するだけで承認してもらえるのは赤子だけだ。ありのままの自分を受け入れて褒めて貰いたいなんて怠惰の極みではないか。少なくとも私が担当してきた転生者は皆そうだった。皆苦しくて辛いのは嫌なのだ。自己を高める研鑽を積むのが面倒くさいのだ。
しかし、そんな彼らがいるから私達は存在している。大勢に望まれているから我々は誕生した。そして彼らをストレスフリーに異世界で活躍してもらうのが仕事なら、それを忠実にこなさなければ。たとえどんなに怠け者でわがままで自分のことしか考えていない奴が来たとしても、そいつらは立派な「客」だ。お客様の要望に応えるのが私達の存在意義なら、どんな無茶ぶりでも応えるのが仕事だ。
だから私達は、今日も異世界へとお客様を転生させる。お客様の望みとあらば、どんな依頼もこなしてみせる。
異世界転生カスタマーサービスセンターのベルは、今日も響く。
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