十二時の鐘の音とともにかぼちゃに戻るように

瘴気領域@漫画化してます

十二時の鐘の音とともにかぼちゃに戻るように

 ああ、旅の人、こんな辺鄙へんぴな地までご苦労さまなことでございます。なに、魔法の品が欲しくてここまではるばるいらっしゃった。強大な魔王を倒す旅の最中? ははぁ、それは大変なことですなあ……。


 まあ、まあそう慌てなさらず。この茶と菓子でも召し上がってください。甘くて消化に良くて、すぐに疲れがえますよ。それに、魔法の品を譲るのはやぶさかではございませんが、その前にこの年寄りの話をひとつ聞いてはもらえませんか。


「魔法」というものはどうにもこうにも門外漢もんがいかんには理解がしがたいものです。よくご存じない方たちには、なんでもできるすごい力、というぼんやりとした印象ばかりが拡がっているようで。


 魔法というものはそこまで万能のものではございません。魔法は偉大な力ではありますが、とてもとてもはかなく危うげなものでもあるのです。


 豪華絢爛ごうかけんらんな馬車が十二時の鐘の音とともにかぼちゃに戻るように、魔女が命を落とせばお姫様にかけられた呪いがなくなるように、魔王を打ち倒すと邪悪な瘴気しょうきに満ちた城が崩れ落ちるように。


 これは、魔法に頼りすぎるとどんな恐ろしいことになるのか。それをいましめるために魔法使いの間に伝わるおとぎ話でございます。


* * *


 あるさびれた街がございました。その街は周りのほとんどを恐ろしい瘴気に囲まれてしまい、ろくろく作物も育てられず、交易に使える産品にも乏しく、若い男たちはとっくに街から逃げ出してしまい、女子どもは奴隷商に買われていくという悲惨なありさまでございました。


 飢えと絶望に沈むその街に、ある日、一人の旅人が訪れました。


 旅人は言いました。


「私はこの世界を救うために、女神よりつかわされた者です。さぁさ、みなさんお腹が空いたでしょう。まずはこれを召し上がってください」


 見れば旅人の手のひらに載っているのは小さな石ころ。気触きぶれのたぐいか、と旅人を眺めていた街の人々の冷めたまなこは、すぐに驚きと喜びの目に変わりました。


 なんと信じがたいことか。石ころがふかふかの白パンに変わり、あまつさえそれがふたつ、よっつ、やっつ……とまたたく間に数え切れないほどのパンの山になったのです。人々は旅人に礼を言うのも忘れ、必死にパンにむさぼり付きました。それほどまでに、この街は飢えていたのです。


「さぁさ、みなさん、パンばかりでは喉が渇くでしょう。こちらを飲んでください」


 旅人が近づいていったのはとっくに腐れた水しか出なくなった井戸でした。飲むと命を縮めると知りつつ、この井戸から出るひどい匂いのする水をみんな飲んでいたのでした。


 しかし、旅人が井戸に手をかけると、井戸のふちから溢れ出るほどにたくさんの葡萄ぶどう酒がこんこんと湧き出たのです。人々は今度は井戸に群がり喉を潤しました。そしてひさしぶりに人間らしい気持ちを取り戻し、やっと旅人にお礼を言ったのでした。


 旅人はそれからも街に留まり、足りないものや壊れたものを次々に作り出していきました。旅人が言うには、なんでもいくらでも作り出せる魔法の力を女神から授かったそうで、その力をもって世界を救う使命を担い、この地に降り立ったということでした。


 もはや、旅人の言葉を疑うものはおりません。旅人は神の使いともてはやされ、すぐにこの街の王へと祭り上げられたのでした。


「この国も豊かになった。そろそろ次の街を救いに行かねば」


 旅人がそんな言葉を洩らすたびに人々は大慌てです。食料も、水も、酒もみんな旅人に頼っていたのですから急にいなくなられては立ち行きません。この街の豊かさをうらやんだ他の街が、富を奪おうと虎視眈々こしたんたんと狙ってもいるのです。街の防備も、旅人が作り出した不思議な武具の数々がなければどうにもならないのです。


 人々はこぞって美しい娘をけんじ、旅人を称える絵や詩、美術品、貴重な宝物などをささげ、王となった旅人を引き止めました。そんなことが幾度いくたびも幾度も繰り返されるうち、やがて旅人は老人となっていました。


 旅人がいつものようにお気に入りの若い愛妾あいしょうと秘め事を楽しんだ翌朝、実に幸せな一生であったことを女神に感謝しつつ、その命を穏やかに終えたのでした。


 旅人が亡くなるとともに、街中のほとんどの物が消え去りました。食料に水に酒、まきに油に建物さえもです。旅人が魔法で作っていたものは、すべていっぺんに失くなってしまったのでした。


 あとに残されたのは旅人の死と失われた財産をいたみ、嘆き悲しむ人々の声……ではありません。どうしたことか、人の声どころか、虫の鳴く声すら聞こえないではありませんか。


 そう、ずっとずっと旅人が魔法で作り出した食べ物で暮らしていたこの街の生き物は、身体の全部が旅人が魔法で作り出したものに置き換わってしまっていたのです。


 あとに残されたのは旅人が作り出したものではない、富に飽かせて各地よりかき集められた、旅人への献上品の数々のみ。それがいまでも、何もない荒野で雨ざらしになるばかり……。


* * *


 長らく時間をいただきまして、申し訳もないことで。いかがでございましたか。この話を聞いて、なにやら思うところはございましたでしょうか?


 なに? なんだかんだと理屈をこねて魔法の品を渡さないつもりだろう、と。そんな吝嗇りんしょくをするつもりはございませんが、はてさて、どうしたものでございましょう。


 おや、剣をお抜きなさる。魔王討伐に協力しないのは魔王にくみするも同じこと?


 なるほど、それも理屈でございますな。しかし、急に魔王だなんだとおっしゃられても何が何やら。目の前で武器を構えるみなさまの方が、魔王のように恐ろしげに映りますなあ。


 おおっと! 危ない危ない。勇者の誇りを侮辱ぶじょくした? はぁ、そんなつもりは毛頭ございませんでしたが、もう一言だけこの年寄りの話を聞いてはいただけませんか。


 先ほど召し上がられた茶と菓子、この年寄りの魔法で作ったものなのですが、いまみなさまの身体のどこを巡って、いつまで身体に残るものなのでございましょう。それが突然ぽっかり身体の中から消えてしまったら、一体どのようなことになるのでございましょう。


 ええ、ええ、ここまでお聞きいただけましたらもうじゅうぶんに満足でございます。あとはどうぞ、ご随意ずいいになさってください。


(了)

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