4. 名も無きぽよ

 婚約解消までの流れは、完璧と言って良かろう。

 庶民風の男爵令嬢を王子に紹介し、上手く誘導して付き合わせ、自分をイジメの主犯と誤解させる手際には舌を巻いた。


 元レイ、今世のメティアの様子がおかしくなったのは、舞踏会で婚約破棄事件を起こした頃からだ。

 つまらなさそうに頬づえをつく姿が目立つようになり、しばしば屋敷を抜け出して街をうろつき始める。


 私も彼女の人生は気にしていたので、暇を見つけては観察していた。

 通りの物陰に隠れ、行き交う馬車へ目を光らせる彼女の姿に、頭を抱える。

 馬車の前に飛び出す子供を見つけたメティアは、満面の笑顔だった。


「やりやがった」


 よくもまあ、馬車の一撃で死ねるものだと思う。

 子供はバッチリと助けた上で、だぞ。

 白空間に現れた少女は、してやったりと口角を上げた。


「見てた? タイミング完璧だったでしょ」

「……ここからが本番だったのでは?」

「いやあ、飽きちゃった。達成感がすごくてさ。超頑張っちゃったわよオーホッホ」

「もう少しご両親や友人の悲しみに配慮したらどうですかね」

「それは申し訳ないなーって思うけど。でね、アレできるかな?」

「また要望があるのですか?」

「人外転生やってみたい。スライムが第一希望だけど、ゴブリンやドラゴンでもいいよ」


 何を読んで勉強したか、窺い知れるな。

 結論から言えば、これも不可能ではなかった。面倒さは“てぃーえす”の十倍以上だけども。


 七日間、必死で資料に没頭するハメになり、ぶつぶつと独り言を繰り返す私をメティアも不安そうに眺める。

 主神だったら天地創造できそうな時間を費やし、私はやり遂げた。


「これでどうだ。スライム……かな?」

「なんで疑問形なの?」

「青くもないし、しずく型でもないからですね。変形可能なアメーバです」

「んー、広義のスライムで通るでしょ。それでゴー!」


 手続きを開始した私に、メティアは軽口を叩く。

 まだやりたいことがいっぱいあるそうだ。

 追放ざまあ、スローライフ、テイマー、内政チート……。


「そうそう、基本を忘れてた。あれもやってみたいな」

「基本、とは?」

「勇者よ、勇者。魔王のいる異世界もあるんだよね? 聖剣でズバーッとこう、活躍したいなあ」


 呆れて物が言えないとはこのこと。

 やや白々とした目でお決まりのセリフを告げ、名も無いスライムもどきになる少女を送り出す。

 最後までニコニコと、実に楽しげな面持ちだった。


 彼女がこうやって前世を覚えているのは特典でも長所でもなく、純然たる呪いのせいである。

 最初の生で彼女はその身を犠牲にし、世界の人々を救った。


 今際に彼女を呪い、永劫の輪廻へ閉じ込めたのは魔王。

 彼女は勇者。


 魔王は死なぬ苦しみを、繰り返す離別を彼女へ与えたつもりだったのだろう。

 残念ながら、今のところその目論みは失敗していると言える。


 知れば地団駄を踏みそうな地獄の主を想像すると、私も少し可笑しくなった。

 勇者よ永遠なれ。


「ごめん、スライムは厳しすぎたわ!」

「早すぎるでしょ!」


 だけど人助けは忘れずやってくるのか。勘弁してくれ。

 もう絶対フラグは立てない、と私は無理な誓いを立てたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おじいちゃん、転生ならさっきしたでしょ! 高羽慧 @takabakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ