第5話

二階堂は淡い期待を抱いて帰宅した。

今朝登校時に万城目の姿を見かけなかったのは、いつもより早く登校して自分の下駄箱にチョコを入れたのではと考えたからだ。

カバンから小さな箱を取り出してリボンを解き、ピンクの箱を開けるとチョコの上に一通の手紙が添えてあった。

二階堂は、差出人が気になったので本文を飛ばして文末に記された名前を確認した。


――千歳永遠


差出人は万城目ではなく、同じクラスの女子からだった。

二階堂は落胆した。

チョコを貰って落胆とは失礼な言い草だが、事実、彼女の事はなんとも思っていなかった。千歳はたった今、二階堂の意識に入り込んだだけの人物なのだ。

手紙を読まずに箱の中身を見ると、手作りと思われる不揃いなチョコレートが数個入っていた。

二階堂は手作りチョコには苦い思い出がある。


――砂糖と塩を間違えた手作りチョコ。


それを全部食べたことは山崎とミトには言わなかったが、この話には続きがあった。

塩チョコを貰った翌日の朝に、二階堂は万城目からチョコの感想を求められたのだ。

万城目に好意を抱く二階堂は、彼女の失敗作に対して「美味しかった」と伝えた。


「本当に! 嬉しいな。手作りしたの初めてだったけど自信あったんだよね。全部食べてくれた?」

「もちろん食べたよ」

「やったね!」


そう言った彼女は胸の前で両手をグッと握った。彼女の喜ぶ顔が見られて二階堂も嬉しかった。

とても幸せな気持ちで二階堂はその日を過ごしたが、放課後に万城目と彼女の友だちが会話している所を偶然に聞いてしまい気持ちが一転した。


「二階堂、あのチョコ全部食べたって」

「えー、マジか。あたしならあんなマズイものソッコー吐いて捨てるわ」


友だちは、あはははとお腹を抱えて笑っている。


「あいつ、登校中にいっつも私の事見ててキモいんだよね」

「だからって、あんな仕打ちはヒドくない?」

「でも今朝の様子だと、絶対に勘違いしてるなぁ」

「逆効果じゃね?」

「そだね」


万城目も友だちと一緒になって笑っていた。

勿論二人の恋が進展することも二階堂が万城目から話しかけられることさえも一切なかった。

それでも二階堂は今でも万城目の事が好きだった。その気持ちはどうしようもないのだ。

手作りチョコには作り手の様々な思いが入ってる。

チョコ女の話も脳裏に残っていた。何を入れられているか分からない手作りチョコ。好意だけではなく悪意も込める事ができるのだ。

千歳から貰ったチョコレートを二階堂は凝視していた。

得体のしれない送り主からの手作りチョコを不気味に感じて食べる事が出来なかった。

暫く悩んだ末に、気分転換の目的も兼ねて飼い犬の散歩に行くことにした。

飼っている柴犬は二歳でやんちゃ盛りだ。首にリールを付けると、散歩を察してか元気にグルグルとその場を回って歓びを表現する。

二階堂が柴犬を連れて家を出ると、そこに千歳がいたので心臓が握られる程に驚いた。

千歳のことは気に留める存在ではないが、クラスメイトなので当然、顔は知っていた。

彼女は制服を着たまま、二階堂が家から出てくるのを待っていたのだ。


「二階堂君、この時間いつも犬の散歩してるよね」


――なんで知ってるんだ?


二階堂の背筋に悪寒が走った。


「ねえ、二階堂君。私がここにいる理由わけ分かるよね?」


チョコレートには手紙が添えられていたが二階堂は読んでいなかった。しかし、この状況は手紙に書かれていたであろう愛の告白に対する返事を求められているのだと察することはできた。

二階堂が黙っていると、


「チョコ食べてくれた? 一生懸命作ったんだよ」


両手を胸の前でモジモジさせながら千歳は言った。

よく見ると、彼女の両手からは悪戦苦闘の跡が垣間見れる。包丁で切ったのか、絆創膏が沢山貼ってあり、指には包帯も巻かれていた。


「チョコの作り方の極意を百田さんから聞いたんだ。彼女、チョコ女なんでしょ? 私の身体はチョコじゃないから、どうしたらいいのか、なにをあげたら二階堂君が喜んでくれるかなって真剣に考えたの」


「ねえ、チョコ食べてくれた?」


千歳はもう一度そう聞いてきた。


「ああ、美味しかったよ」


二階堂が異様な気迫に押されて回答すると、千歳の表情はパッと晴れて、


「そう、良かった! 究極の愛情表現って、愛する人を食べる事なんだよ」


と胸の前で両手を組んで喜んだ。


――この女は何を言っているんだ?


二階堂がそう思った時、芝犬が急に苦しみ出して、ゴエッ、ゴエッと喉を鳴らして何かを吐き出した。

それは、茶色い固形物――チョコレートだった。

そして、続けて吐き出された小さな固形物を見て二階堂はぞっとした。

それは小指の先程の大きさの肉片だった。

実は二階堂は嘘をついた。

千歳から貰ったチョコレートは柴犬に食べさせていたのだ。芝犬はたった今、それを全部吐き出したのだ。

そして、小指程の大きさの肉片は、正に指の先の肉だった。

二階堂が千歳の顔を見ると、彼女は薄氷の様な笑みを浮かべていた。


「なんだ、二階堂君。食べてないじゃない? でも大丈夫よ、まだあるから」


千歳はそう言って、もうひとつむき出しの指の欠片を二階堂の前に差し出した。


「狂ってる! 誰がお前の指なんか食べるかよ」


二階堂は恐怖を抑えてようやく声を出す事ができた。

千歳は表情を変えずに二階堂に告げた。


「何言ってるの? これ、二階堂君の好きな万城目さんの指だよ」


千歳の持つ指の欠片には、可愛いネールアートが描いてあった。

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彼女がチョコレートをあげる理由 ~チョコと5人の少女たち~ とりむね @munet

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