走るぜベイベー

柚緒駆

走るぜベイベー

 ブンブン、ブブブン、熱い風にエクゾーストノートが心地いい。1974年製のポンティアックのカブリオレは、ボンネットの炎の鳥を空に見せつけ、かつて片道三車線の道路があったらしいこの砂漠の真ん中を貫くハイウェイを疾走する。


 助手席では俺のベイベーが風にたてがみをなびかせていた。


「今日はどこまでいくの、ダーリン」


 俺はステアリングに前脚を乗せて、後ろ脚でアクセルを踏み込んで行く。


「そいつは車に聞いてくれ」


 ロングホーンの雄牛たるもの、ハードボイルドに決めなきゃならんこともある。助手席のサラブレッドは潤んだ熱視線を俺に向けていた。


 しかし、いかにハードボイルドとは言え、できないことも当然ある。俺はブレーキペダルを踏んだ。目の前では巨大な群れが道路を横断している。高層ビルの家族だ。


 先頭を歩く一番大きな高層ビルはメスだろう。その後を小さな高層ビルが二体、駆けるように道路を横断した。これは子供か。最後に幅の広い高層ビルが一歩で道路をまたいだ。これは父親かも知れない。


 なかなか見られない、いい景色だ。俺はもうフィルムも残り少なくなったインスタントカメラを取り出した。


「高層ビルをバックでチェキ撮りたいから、ポーズつけてくれ」


 するとベイベーは恥じらうように首を振った。


「奇蹄目だからジャンケンはちょっと」

「いやチョキじゃないから! チェキだから!」


 これに一瞬驚いた顔を見せ、そしてベイベーは困ったようにうつむく。


「ごめんなさい、奇蹄目だからモー娘。初期メンバーしか知らないの」

「おまえ知ってるよね? 絶対にチェキッ娘知ってるよね? すげえなこの馬。てか奇蹄目関係ないし!」


 そうこうしている間に、高層ビルの家族連れは遠ざかって行ってしまった。まあ仕方ない。俺はまたポンティアックのアクセルを吹かす。熱いエンジン音は吹き渡る風を切り裂いた。このまま走れば、明日には海にたどり着くはずだ。


 そう言えば、サイは奇蹄目だったがチョキはできたな、とか思ったものの、ベイベーも反省しているかも知れない、これ以上この話を引っ張るのはやめよう。そのくらいの優しさは許されるだろう。


 だって俺は一人前の牛だぜ。それに、SPEED派だったしな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

走るぜベイベー 柚緒駆 @yuzuo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説