最終話 紬
――郷が焼け野原になった後、生き残った間者は忽然と消え、藤夫夫妻、藤夫の実姉の米子も消息を絶った。
(藤夫さんは俺に足を洗えと言っていたな……)
夜空をぼんやりと眺め
***
しばらくして十和と半六は二人だけで式を挙げた。立会人は郵便脚夫の竹道だけだったが、それで十分だった。
「偽りとは言え、半六さん家族にも祝ってもらいたかったよね……」
白無垢姿の十和はポツリと言う。
「いや。藤夫さんたちもどこかで結婚したことを知ってくれていると思う。十和、きれいだよ」
「!」
顔が林檎くらい赤くなって十和がすねた顔をする。
「な、何よ。急に素直になって、緊張する」
「ははは」
十和と過ごしたのはわずか二年
その短い二年は儚くも愛しい日々だった――。
美和がお腹にいる時、十和は郷では見なかった穏やかな笑顔でいた。時々、俺の事を本名の「六さん」と呼んでくれた。
洗濯物を干しながら楽しそうに歌を口ずさんでいた。玉ねぎを干し、鶏を育て、野菜を収穫した。秋には米を刈り取り、銀杏を拾い、椎茸栽培もした。
半六には視えないが、聖獣の小さい龍が遊びにきていると十和が話してくれた。母が病気で父の実家である聖獣村にいたが、寂しくて暁村に迷い込み十和と知り合ったそうだ。
「そうすけって名前の蒼い龍の男の子なの」
孤独な少年の気持ちを一番解っていたのは十和だったのだろう。留守を見計らっては
――秋になると十和は臨月を迎えた。日ノ国で初産といえば、亡くなることが多かった。
……もしも死んでしまったらやっぱり俺は疫病神だ……。俺は不安で、不安でたまらなかった。彼女を失いたくなかった。
十和は俺の不安を知っていて、静かに言った。
「六さん。たとえ死んでも私が不幸だったことにはならないよ。これは私の選んだ道だから、人の幸せは長さじゃないからね……」
無事、美和を産み、出産と同時に亡くなった十和。
彼岸花は今年も咲いた。
忍びの郷にも暁村にも彼岸花は土手や堤防、田んぼのあぜ道に群生している。彼岸花は毒も抽出できるし、食料飢饉に見舞われた際は毒抜きをすれば栄養もあるので腹を満たすこともできる。それに薬として鎮咳去痰や鎮痛薬としても使える万能の植物だ。
毎年、彼岸花が咲くと、鱗茎で薬草を作る彼女の横顔が浮かぶ。亡くなった季節が秋だからかな。
――俺は今も悪夢にうなされる。罪の意識にさいなまれ、何度も苦痛から逃れたかった。暗闇に足を引っ張る屍。そんな時でも美和がそばにいてくれる。美和は俺にとって初めて血のつながった家族だ。何もかも失ったわけじゃなかった。美和と過ごす毎日は金を掘り当てたような恐れ多いような、独りだった俺に十和が引き合わせてくれた奇跡――。そんな気がする。
美和は十和と似ていて少々気が強かった。世話好きで料理も嫌がらず率先して手伝ってくれた。それにニワトリの千代をとても可愛がっていた。
困ったことに俺は間者の癖が抜けきれず、相変わらず新たな薬草の研究をしていて
「どうして千代は父様が嫌いなのかしらね?」
美和を気にかけてくれる龍の少年も人間の姿で時々見かけた。警戒しているので顔はよく見えないが彼は聖獣姿が視えない俺には存在を隠しているつもりらしい。
赤子の頃から話しかけもせず気づかれないように遠くから静かに見守っている。彼も十和を失ったが、美和に希望を見いだしたようだ。
***
あれから――季節は巡り、聖獣村出身の同級生である日路里正一から娘の美和のお見合い話を持ち掛けられ、拍子抜けするほど早く決まった。正一は一代で商売を成功させた野心家だったので、てっきり貴族の娘と縁談するだろうと思っていた。貧乏な東雲家を選ぶのがありえない――意外だった。とはいえ、東雲家の家計は火の車、その話に飛びついた。
暑かった夏が終わり、秋が深まる頃、お見合い相手が茅葺屋根の我が家を訪ねて来た。
「今度、美和さんとお見合をすることになりました。日路里正一の息子の
驚いた、なんと正一の息子があの十和と交流していた龍の「そうすけ」だったのだ。
知らぬふりをして
「……やあ、蒼翼殿、久しぶりだね。君のお母さんの葬儀以来か、その時は小さくて分からなかったが……。ワシも君に会うのを楽しみにしていたのだよ」
少し立ち話をしてから彼は目を輝かせて弾むように美和に会いに行ってしまった。
(もうすぐ子離れの時期が近づいているんだ……十和)
澄みきった秋空を見上げ笑った。
半六と十和の物語 完
日ノ国物語 ー許婚は蒼龍さまー 青木桃子 @etsuko15
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