山からの呼び声
i-トーマ
山からの呼び声
これはまだ小学生だったころ、友達の体験談を聞いたときの話です。
「俺のじいちゃんの家がさ、すっげぇ田舎でさ、周りが田んぼとか畑とか山ばっかなんだよ」
彼は楽しそうに話していました。
「カカシってあるじゃん、カラスを追い払うやつ。最近はあれのすごいやつがあってさ、動物が近づいたらセンサーが反応して、おっきい音がするんだよ。パンッパンッ、て音だったり、ボーンて爆発音だったり、激しいデスメタルみたいな音楽が流れたりすんの」
うんうん、と僕はうなづいていました。
「暇で公園とか神社とかに遊びに行くとき、その辺ぐるーっと周って、どっかで音が鳴らないかなーって、自然じゃない音を気にしながら歩いてたらさあ」
そこで彼はひと呼吸おいて、少し声を低くしました。ここまでは前置きだったようです。
「ちょうど山のところの道を通った時、なんか変な音がしたような気がしたんだ。最初はよく分からなかったけど、立ち止まって耳をすませたら、やっぱりなんか聞こえる。鳥や虫の鳴き声じゃない音が。で、それをよーく聞いたら、人の声みたいでさ」
彼はもったいぶったようにして言いました。
「『助けてー』って言ってたんだ」
僕がちょっと眉をひそめると、彼は僕が怖がったと思ったのか、雰囲気を出しながら話していました。
「『助けてー』って。誰か怪我でもして動けなくなってるのかなとか、迷って道が分からなくなってるのかなとか思うじゃん? ただ、声が聞こえる方を見ても、そっちは道もなんもない山の中だからさ、昼間って言ってもそろそろ夕方近くなってたし、薄暗くなっててよく見えなかったんだ」
この後の彼の行動が、なんとなく想像がつきました。彼は好奇心旺盛で行動派でしたから。
「でも困ってる人がいるんなら、助けに行かないとって思うじゃん? だから、声のした方に行ってみたんだ。そんなに急な斜面でもなかったし、草をかき分けながら行けるとこまで行ってみようと思って。そんで結構進んで、この辺かなって所で止まって耳をすませたら、やっぱり小さく『助けてー』って聞こえるの。さらに山の奥の方から。
まだ進めそうだったから、そっちの方へ行ってみたんだ。足元はだいぶ歩きにくかったけど、まだまだ行けたし。それでかなり頑張って奥まで行った所で、もう一回耳をすませたら、もっと奥の方から『助けてー』って聞こえたんだ。木がいっぱい生えてて歩きにくいけど、行けないことはないって感じだったから、よっしゃ行くか! って思ったんだけど、ふと気付いたんだよ」
彼は、迫真の感じで怖く言おうとしていたけど、楽しくなったのか、目が笑いそうになっていました。
「ここまで来てもこんなに小さい声なのに、なんで最初の道の所でこの声が聞こえたんだって。おかしいだろ? 最初からここまでずっとギリギリ聞こえるくらいの声なんて。もしかしてこれは、妖怪が俺を山奥に誘い込むための声なんじゃないかって思ったら、急に怖くなって「うわーっ」て叫びながら急いで山を下りたんだ。妖怪パワーでもう山から出られなかったらどうしよう、とか考えながら走った。途中でこけそうになりながらなんとか道まで戻れてさ、周りを見回して元の場所だって分かった。ほっとしたけど、まだ怖かったから、走ってじいちゃんの家まで帰ったよ」
あれは怖かったなー。なんて言いながら、彼は武勇伝? を語り終えて満足そうでした。
それを聞いた僕は、ありがちだと思ったし、その声の正体にも心当たりがありました。
それは鳥です。
インコやオウムのような一部の鳥は、人の言葉を覚えて話すことが出来ます。まあ、言葉を覚えるというよりは、音を真似するのですが。最近はチェーンソーが木を切る時の『ブィーン』という音を真似する鳥までいるらしいです。
閑話休題。
山では子供を名前で呼んではいけないって地域があるといいます。子供の名前を鳥が覚えてしまって、その鳥の声を聞いた子供が、自分を呼ぶ声だと思って山に入り、戻れなくなることがあるからだとか。
得意げにしている彼には悪いけど、彼のおじいちゃんの田舎に変な妖怪の噂がたたないように、その事を教えました。
「でも、日本には言葉を覚える野生の鳥なんていないじゃん」
「カラスが人の言葉を話すのは有名だし、教えればスズメだって話すらしいよ、だから……」
「マジで!? カラス喋るの!?」
彼が驚きの声をあげました。
彼の言葉でさえぎられましたが、僕は『だから』の後の言葉を話さなくて良かったと思いました。
だってその後『だからその鳥は、どこかで誰かが『助けてー』って何回も言ってるのを聞いてたんだろうね』って続けるつもりだったからです。
いまさら、その山で本当に助けを求める人がいたかもしれないなんて言っても、どうにもなりません。
そんな人の存在は、知らない方がいいでしょう。
そしてさらに、助けを求める人がいない場合の可能性にも気付いてしまいました。
人は、山で知らない声が聞こえたとき、それは鳥の声だって答えを見つけました。
見つけて、しまいました。
そして安心してしまった。
もし、鳥じゃない何かが。
明確な意思を持って、人を山の奥へ誘い込む存在が別に居るのだとしたら。
そいつにとってそれは、とても都合のいい事なんじゃないかと。
もし彼が聞いた声が鳥の声なら、鳥が伝える死者の声。そうじゃないなら、それこそ妖怪の声。
どっちにしてもロクなものではないでしょう。
だから僕は、好奇心旺盛な彼にはこう告げました。
「だから、山から呼ぶ声が聞こえても、行っちゃ駄目だって事だよ」
山からの呼び声 i-トーマ @i-toma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます