選択
魔女が来て7日が経った。
ここまで魔女は何もしなかった。少なくとも、変化が目に見えてわかることはなかった。
魔女が来て、戦争が終わると知り、希望と期待が大きかった分、ここまで何もないと焦りと怒りがわいてくる。
青年は耐えられなくなり、オフィーリアに鋭い声音で問う。
「戦争を終わらせる気はあるんですか?」
怒っている青年に臆することもなく、オフィーリアは「ある」と端的に答えた。
「だったら、どうして早く終わらせてくれないんですかっ」
この7日間の間に、どれほどの仲間が死んだのだろう。
自分はどれだけの命を奪ったのだろう。
考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうだ。
「言ったはず。焦ってはダメと」
「焦らずにはいられないだろ!」
オフィーリアの対応は、のんびりとしすぎるものだった。
「あんたには長くない時間かもしれないけれど、俺らにとっては十分長い時間なんだよ! この7日で、何人死んだと思ってるんだ?!」
昨日まで共にくだらない話をしていた仲間が、次の日目の前で死んでいく。
仲間が苦しそうな顔をして、人を殺している。
もう、見ていられなかった。
どうして、自分たちはこんな思いをしてまで、人を殺さなければならないのか。
何もかもが限界だった。
「人は死ぬんだっ! 死んでいくんだっ!」
「そうだね」
わかってるとうなずくが、その声音はどうしてもわかっているとは思えないくらい淡白なものだった。
「本当は、わかってなんかないだろう。わかっていたら、こんなに呑気にしていない!」
「そうかもしれないね」
荒ぶる青年の対になるように、オフィーリアは恐ろしいほど落ち着いていた。
その態度に、青年はますます腹が立つ。
「馬鹿にしてるのか?! あんたが戦場に来るのは、滑稽な人間の姿を見物するためなのか?!」
「それは違う。滑稽なんて、一度も思ったことない」
そこで、オフィーリアは初めて否定した。しかも、かなり強めに。
「滑稽と感じて、気まぐれに戦争を止められたら、どんなに楽だろう」
悲しそうに笑うオフィーリアを見て、青年は言葉に詰まる。
「僕の対応が遅いことも、僕が何もわかってないことも、否定はしない。だって、たぶん、その通りだから。自分ではわからないけど」
オフィーリアはそう言いながら、両の手で青年の手を包み込んだ。
「魔女という希望を中途半端に知ってしまったせいで、あなたに行き場のない感情を与えてしまったのは事実だ。あなたの願い、あるなら言ってごらん」
「……」
「遠慮することはない。思いのままに言って」
「……たい」
「え?」
「……逃げたい。逃げて、しまいたい」
涙を含んだ声で、青年はつぶやいた。
もう嫌だった、何もかも。
何もかも捨てて、逃げ出してしまいたかった。
「そっか」
魔女はそれだけしか言わなかった。
*
その日の晩、もっと話を聞いてほしいと、青年は魔女を訪ねた。
魔女は苦い顔ひとつせず、その誘いに乗った。
先程のことが思い出されるからと言って、青年は「別の場所で話がしたい」と告げると、「森にでも散歩に行きましょうか」と魔女は答えた。
森に入っても、しばらくどちらも口を開くことはなかった。
青年は切り出すタイミングを見計らっているのだろうし、オフィーリアは青年が話し出すのを待っているだろう。
そうしているうちに、森の中を流れる川が見えてきた。
涼やかな音が青年を落ち着かせるきっかけになった。
「あの、先程はすみませんでした」
「気にしないで」
オフィーリアは本当に気にしていないようだった。
「……魔女って、戦争を終わらせるためなら、自分の命も差し出すんですか?」
「え?」
オフィーリアが答える前に、青年は彼女の傍により、腹を刺した。
突然の出来事に、オフィーリアは反応できず、ふらりとバランスを崩す。
やってやったと青年はオフィーリアを見ると、彼女はいつもと変わらない表情をして、青年を見つめていた。
苦しむこともなく、動揺することもなく、弱る様子も見せず、彼女はそこに立っていた。
「これがあなたの答え?」
腹に刺さった剣を抜きながら、淡々とオフィーリアは言う。
「は……」
確実に腹を刺したはずだった。
けれど、魔女の腹には傷ひとつなく、血が流れることもなかった。
「これくらいで死ぬことができたら、とっくに死んでる」
オフィーリアは呆れたように剣を投げ捨てる。からんからんと滑稽な音が響く。
「……気づいてたのか?」
「そうだね」
「最初から?」
「最初から」
震える声で、青年は魔女に問いかける。
「魔女を殺す。それがあなたの目的で間違いない?」
「……っ」
青年は何も言わなかったが、それが答えになっていた。
青年は魔女を殺すために、この戦場にいた。
ただ、青年は家族を人質に取られて、命令されてここに来た。
青年自体は、魔女に恨みなんかない。そもそも、魔女が存在すると信じていなかった。
けれど、青年の魔法が通じない特殊な体質に気づいた、魔法を知っている奴らが、青年に目をつけ、魔女を殺させようとした。
戦争が起こるのは魔女のせいだと言って。
「……魔女なんて、現れなければよかったんだ」
青年は諦めたように言葉をこぼした。
「魔女が姿を見せなったら……!」
「あなたが苦しむことはなかったかもしれない。でもそれは、可能性の話だし、その体質だったら、高確率で僕を見つけるはずだ」
魔女の言葉は容赦がなかった。
「結局、あなたが選んだのは、僕を殺すというものだった。まあ、殺せなかったけど」
どうしようもなかったのだ。
何を信じたらいいのか、わからなかった。
何をどう判断すればいいのか、わからなかった。
「だったら、どうすればよかったんだ。おとぎ話のように、さっさと戦争を終わらせてくれれば……! あんたの態度を見てると、あんたが戦争を起こしているように思えてくるんだよ……!」
「それは、ひどい誤解だ。戦争は人が勝手に起こすものだ。そして、それによって、人が苦しむ。どうしようもないものだ」
呆れたようにオフィーリアは告げた。
青年は悔しそうにするだけで、何も言い返してこなかった。言い返す気力がなかったのかもしれない。
「あなたはあなたがした選択に、責任を持たなくてはいけない。何がどうであれ、僕を殺そうとしたのは、紛れもない事実だ」
「……っ」
「そのうえで聞く。あなた、逃げたい? 何もかも捨てて、逃げ出したい?」
「……できるものなら」
逃げたいとは言葉にしなかった。
人質に取られている家族の存在がちらついて、答えをはっきりということができなかった。
「そっか。そうだね、僕から言わせてもらうと、どちらの選択肢も大差はないと思うよ。戦場で死んでも、何もかも捨てて逃げ出しても。ただ、苦しみの時間と濃度が違うだけだ」
魔女は赤い瞳で、青年をしっかりと捕らえた。
「あなたを逃がしてあげることはできる。けれど、その逃げるはあなたが思う逃げるじゃない。僕と同じ道を歩むと言うことだ」
つまり、永久の時間を、戦争を終わらせるためだけに生きるということ。
不老不死なんて言ったら聞こえはいいのかもしれないが、それは世界の奴隷となんら変わらない。
「それが僕を殺そうとした責任というものだ」
魔女の迫力に、青年は力が抜け、崩れ落ちた。
「僕は逃げるために、人の身で願ってはいけない大きな願いをした。それを知った神は怒り、僕に使命を与えた。そして悪魔は、面白がり、僕に力を与え、僕からいろんなものを取っていった」
おとぎ話を語るように魔女は言った。
「そういうものなんだ、結局は」
魔女は乾いた笑みを浮かべる。
水の流れる音があたりに響き渡る。
「もう一度、聞く。あなたはまだ、逃げたい?」
赤い目で、青年を見る。
青年はもう、喋れる状況にないくらい混乱して、疲れていた。
だから、ただ、首を横に振った。
「そっか」
青年の答えを受け、魔女は彼の命を奪った。
*
「容赦がない、容赦がない」
重苦しい空気をぶち壊すように、どこに潜んでいたのか悪魔が姿を現した。
「もう少し優しくしてあげてもよかったんじゃないのかい?」
「それなりには優しくしたつもりだけど」
「おやおや、手厳しい」
けらけらと笑いながら、悪魔は彼女の周りをぐるぐると飛びまわる。
「そもそもの疑問なんだけど、君はどうして、彼が本当の目的を見せるまで放っておいたんだい? 魔女を殺そうとしている集団の一員ってことは最初からわかっていたんだから、さっさと殺してしまえばよかったのに。ただの一般兵が死んだって、誰も不思議には思わないさ」
「何か有益な情報を持ってると思っただけ。まあ、巻き込まれたただの人だったけど」
「ふ~ん」
興味深そうに悪魔は魔女を見る。
「ちょっとは気に入ってたのかな? 道連れ相手に選ぶくらいには」
「……まさか」
「まあ、そうだよな。君、彼の名前を一度も尋ねなかったし。所詮、その程度の存在ってことだろう。失敬、失敬」
悪魔の物言いに腹が立ち、魔女は悪魔にデコピンをくらわす。
「だから、すぐに暴力に訴えかけるのはよくないぞ」
「うるさい」
「あれあれ? 図星だったかい?」
悪魔は心底楽しそうに、笑う、笑う。
「うるさい」
そんな悪魔に、魔女はもう一度同じ言葉を投げつけた。
戦場の魔女とただの一般兵 聖願心理 @sinri4949
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます