出会い



 ――――戦争が始まり、それが激しくなると、必ず現れる『魔女』がいる。



「急に変なこと言い出して、どうしたんだ?」

「変なことってなんだよ。有名なおとぎ話だろ?」

 どこかの戦場で、つかの間の休息をとっていた兵士のひとりが、あるおとぎ話のワンフレーズを口にした。

 周りの仲間たちは皆、急な彼の発言についていけなく、大半が戸惑っていた。


「そりゃあ、知ってるよ。あれだろ? 戦場に舞い降りた魔女が戦争を終わらせてくれるってやつ」

「子どもの頃、よく聞かされたしな。懐かしい」

「それで、そのおとぎ話がどうかしたのか?」


 そう聞かれると、おとぎ話について話し出した青年は、困ったように頭をかきながら言う。


「いや、そのおとぎ話が本当だったらさ、そろそろこの戦場にも、魔女が現れるかなって、そう思っただけだよ。急に変なこと言ってごめんな」


 仲間たちは、乾いた笑いを浮かべる。

 青年の願望が、突拍子もないものだったからではない。

 そうなってほしい、そうであってくれと同意をするものだからだった。


 この戦場は、地獄と言っても差し支えなかった。

 毎日毎日、敵味方関係なしに死んでいく。殺し殺され、精神がすり減っていく。

 戦力に大差なく、どちらも引くに引けない。上層部もこの戦場に興味がなく、放置に近い状態だった。

 物資も少なく、餓死する者まで出てきた。


 殺されるか、死ぬのを待つか。

 戦争が終わる気配もなく、生きて帰れる未来なんて、想像できないのが現状だった。


 だからこそ、こんなことを考えてしまうのだ。

 戦場に魔女が来てくれれば。魔女が戦争を終わらせてくれれば。


 今のどうしようもない状況を思い出してしまい、なんとなく重苦しい雰囲気が漂う。

 余計なことを言ってしまったなと青年は後悔し、何か別の話をしようと考えたときだった。


「ふーん、面白い話をしてるね」



 耳元で、知らない声がした。

 いきなりだったものだから、青年は驚き、声を出してしまう。

 声がした方を振り返ると、そこには美しい銀髪の女がひとりいた。ぱっと見、青年と同い年くらいに見えるが、よくよく見ると、まだ少女の面影が残っている。

 この世のものとは思えないくらい美しかったため、青年は思わず見とれてしまう。


「そのおとぎ話、僕も聞いたことある。ここで聞くことになるとは思わなかったけど」


 ふふと笑う少女を見て、青年ははっと我に返る。


「……その、あなたは誰ですか?」


 その質問に慌てたのは、少女ではなく、仲間の兵士たちだった。

 少女は興味深そうに、青年を見つめていて、弁明や言い訳などをしようとはしなかった。


「馬鹿。お前、知らないのか? 知らないなんて、まずいぞ?!」

「え?」

「オフィーリア様だぞ! この戦場の指揮を執っているひとりじゃないか!」

「え?」


 そんな人、果たしていただろうか? いや、いなかったはずだ。

 戦場に女性は少なく、顔や名前などを忘れることなどない。ましてや、印象に残りやすい少女を忘れるはずがない。


 しかし、青年以外皆、彼女を知っていて、彼女の存在を受け入れている。


 この現状を上手く理解できず、青年は「あの、その、すみません」と謝るので精一杯だった。


 そんな青年を見て、仲間たちはひやひやしながら、オフィーリアが何かを言うのを待っていた。


「あなた、面白いことを言うね」


 ただ、オフィーリアの口から出たのは、怒りの言葉でも、厳しい罰でもなかった。

 予想外の言葉に、青年も仲間たちも、ぽかんとしてしまう。


「あなたと少し話をしたい。いいよね?」

「はい、勿論です!」


 オフィーリアの問いに勢いよく答えたのは、青年ではなく、仲間のひとりだった。


「おい、何を勝手に」

「オフィーリア様の機嫌が変わらないうちにさっさと行け!」

「……わかった」


 拒否権がないことを悟った青年は立ち上がり、オフィーリアの方を向く。


「俺でよければ、相手になります、オフィーリア様」

「じゃあ、よろしく。ついてきて」


 歩き出したオフィーリアの後ろを、2、3歩遅れて青年もついて行った。



 *



 向かった先は、オフィーリア専用の天幕だった。

「その椅子に座って」とオフィーリアに指示され、青年はおとなしく座る。

 その向かい側に彼女は腰を下ろし、彼の顔をじっと見つめる。


「……俺の顔に何かついてますか」


 はじめのうちは耐えられていたが、徐々に気まずくなってきて、青年はそんなことをこぼす。


「いや、何も」

「だったら、どうして俺の顔を見つめるんですか?」

「面白いから」

「はい?」


 わけのわからない答えが返ってきて、青年はわかりやすく戸惑った。

 自分の顔を面白いと思ったことはないし、他人にも面白いと言われたことがなかった。


「俺の顔、面白い、ですか?」

「いいや」


 ますますわけがわからなかった。

 首をかしげる青年を見て、オフィーリアはゆっくりと口を開く。


「あなたの存在が面白いんだ」


 先程よりも具体的な答えが返ってきても、わけがわからなかった。


「あなたみたいなのには、ここ最近、会ってなかったから。まさか、いるとは思わなかった」

「はあ、その、つまり?」


 わけがわからない中で、なんとか絞り出した言葉だった。

 その言葉につられて、オフィーリアは何故だか怪しげな笑顔を浮かべていた。



「魔法が通じない体質なんだよ、あなた」



 予想の斜め上をいく回答に、「まほう?」と言葉を繰り返すことしかできなかった。


「そう。自覚ない?」

「自覚もなにも、魔法って、とうの昔に廃れたものですよ」


 魔法という存在は、今でこそおとぎ話の産物だが、昔は栄えていたものであった。

 魔法を使える人は限られていて、後継者の問題や魔法を使う人々が徹底的に排除されたこともあり、現在は何ひとつ残っていない。


「あ、そっか。もうないんだ、魔法」


 彼女の口調は忘れてたと言わんばかりのものだった。


「数百年も寝ていると、色々変わるのは仕方ないか」

「数百年?!」


 思いもよらぬ単位に、青年は大きな声を出してしまう。


「おっと。急に大きな声を出すな」

「いや、あなたの発言がおかしいんですよ」

「おかしい? うん、そうだね。まあ、おかしいか」


 少し考えた末に、オフィーリアは自分の発言がおかしなものであることに気が付いた。


「まだ僕は、寝ぼけているのかもしれない」


 そして、照れ隠しのように冗談を言うが、そんなことはささいなことにすぎない。


「数百年、数百年、寝ていた?」

「体質なんだ」

「いや、体質で片付けられるものではないでしょう」

「でも、そういう存在なんだよ、僕」

「え? 存在?」


 いつの間に、体質の話から、存在の話になったのだろうか?

 そもそも、『存在』という単語が不自然に思える。


「てっきり、気づいていると思ったんだけど」

「は?」

「私の正体について」


 何を言っているんだと青年は怪訝そうな顔でオフィーリアを見る。


「よく考えればわかる。あなたならわかると思うんだけど」


 鮮血のように赤い瞳で、オフィーリアはじっと青年のことを見つめた。

 その瞳にどぎまぎしながら、彼は頭を回転させる。

 彼女の質問の答えは案外早く見つかった。


「……『魔女』?」


 彼女が興味を持った内容、不思議な言動、非現実的な存在感。

 そうだと思わずにはいられなかったし、そうであるという確信が少なからずあった。


「正解」


 オフィーリアはためらうこともなく、すぐさまうなずいた。


「……えっと、本当に?」

「本当。嘘じゃない」


 そのあっさりとした回答に、逆に青年が驚いてしまう。


「あなたに魔法が通じないんだから、嘘を吐いたって無駄なだけ」


 その言葉にそれもそうかと納得がいってしまう。


「ということは、あのおとぎ話は事実なんですか?」

「おおまかなところは」

「じゃあ、あなたが戦場に来たってことは」

「思ってる通りだよ」



 ――――戦争を終わらせに来た。



 当たり前のことを言うように、というよりも、彼女にとっては当たり前のことなのだろう。それくらいたいそうなことを淡々と言ってのけた。


「戦争が、終わる……?」


 その事実に、青年の胸がぎゅうと締まる。

 嬉しさと安堵感から、青年の目には涙がたまる。


「終わらない戦争なんて、ない」


 少し力の入った声で、オフィーリアは告げた。


「そうですか……。そうですか……!」


 爪が食い込むくらい青年は強く手を握りしめる。

 感じたことのないくらいの喜びが、彼を支配していた。


「僕のことは、誰にも言わないで。あなた以外には、魔法で僕という存在をずっといたものにしてるから」

「……わかりました」

「その代わり、暇なときにでもおいでよ。話し相手になるから」


 魔女はにこりと笑みを浮かべた。



 *



 魔女が来て、1日目。

 魔女が何かをするそぶりもなかったし、何も変化がなかった。


 魔女が来て、3日目。

 魔女は何もすることなく、ただ見守っているだけだった。

 そんな魔女に、「何もしないんですか」と青年は聞いた。

 魔女は答えた。「焦ってはダメ」と。


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