第5話 タイトル
別の日の休日。カインは、リンナを連れて、村の中を散歩していた。
その日はなんとなく、澄んだ空気が吸いたくなったせいで、二人で森の中に入った。
道は通っているので、そこを並んで歩く。ごく自然に、手を繋いで。
時折、森できのこ狩りでもしていたのか、農家の住人ともすれ違った。
そんな時だった。
「うわあああっ! 助けてぇーーーっ!」
少年の悲鳴がどこからか聞こえてきた。
「はっ!」
先に反応したのは、リンナだった。声の方へ駆け出す。
「あっ、おい!?」
逆にカインのほうが慌てて、リンナの後を追う。
「ひ、ひいい、ひいいいいっ!」
二人は見た。一人の見知らぬ少年が、今まさに狼に襲われんとしているのを。
「危ないっ!」
「リンナ!?」
リンナは一切のためらいなく、狼に立ち向かっていった。
「逃げて、早く!」
腰を抜かしている少年を突き飛ばし、狼の射程から外す。
そして、絹を咲くような悲鳴が、轟いた。
「リンナーーーーっっっ!!」
リンナは、狼に食われた。
「くっ、このおっ!」
怨嗟を込めて、カインは、近くにあったこぶし大の石を、全力で狼に投げつけた。
「ぎゃんっ!」
石は狼の頭部に命中し、そいつは一目散に逃げていった。
「リンナ!」
駆け寄るカイン。
リンナは既に、体中を噛まれ、血まみれの虫の息だった。
カインの治癒魔法も、人造人間には効果がない。リンナはもはや、死ぬ以外になかった。
「ど、どうしてこんな!」
血のドレスをまとったリンナを抱き、驚愕するカインに、彼女は途切れがちに言った。
「誰か、が……死ぬの、を……黙って、見ている、ぐらいなら……。私が、死んだ、方が……いいと、思い、ました……」
「なんて、なんて……!」
何らの見返りも求めず。
ただ正義感の衝き動かすままに。
たとえ見ず知らずであろうが、他者のために命をなげうつ。
それは、まさしく英雄の行動原理だった。
「マ、ス、ター……?」
「な、なんだい?」
涙をぼろぼろ流しているカインに、リンナは最後の言葉を紡いだ。
「ありがとう、ござい、ました……」
カインの腕の中で、リンナは、琴切れた。
「う、うわあああああっ!」
慟哭が、静かな森にこだました。
カインは、村の墓地に、丁重にリンナを埋葬した。
墓碑には、こう記した。
「英雄、ここに眠る」
と。
その後。
尋常ではない喪失感を引きずりながら、カインにとっては空疎そのものの日々が続いた。
だが、
「やるべきこと」
は、彼の中で明確になった。
それは、リンナの、
「英雄的行為」
を後世に遺すことだ。
しかし、物事はそう簡単には運ばなかった。
ある日、国の憲兵が、カインの家にやってきた。
そして、彼を逮捕した。
罪状は、少女四人を殺害した容疑。
そう。
そもそもリンナの「部品の調達」は、カインが傭兵に依頼したものだ。
カネ次第で、どんな危ないことでもやってくれる、汚れた連中にだ。
カインは細かく「条件」を彼らに伝え、「理想的な部品」を手に入れた。
そうやって、リンナを造ったのだ。
当初より、カインにも罪の意識はあった。
だが、それよりも彼は、自らの孤独を埋める道を選んだ。
その「ツケ」が、今になって来ただけという話だった。
カインは王都に連行され、裁判が開かれた。
判決は、死刑。
それはそうだろう。
身勝手な欲望のためだけに、いかに自らは手を下さなかったとは言え、罪もないうら若き乙女を四人も殺したのだから。
カインは投獄され、いつとは聞かされていない、刑の執行を待つ身となった。
それでもカインは思った。
「今しかない」
と。
獄中で、彼は書き始めた。リンナの伝記を。
まず書いた。
ドラゴンに襲われて家族を亡くした己の過去と、途方も無い喪失感を。
続けて書いた。
埋めがたき孤独と、悪に誘惑されたことを。
さらに書いた。
許されざる罪を犯したことを。その懺悔を。
しかし、リンナを造ったことで、間違いなく幸せだったことを。
リンナがいかに人造人間であろうと、聡明で心優しい少女だったかを書いた。
彼女が抱いていた懊悩、その末の英雄的行為。全てを叩きつけるように書いた。
最後の一文として、こう締めくくった。
「この文が、読み継がれ、語り継がれることを切に願う」
こうして、原稿は上がった。
それを出版社に託すように願いを出した直後、カインは斬首刑に処された。
カイン自身は知る事はできなかったが、その原稿はすぐさま本として出版された。
そして賛否両論含め、人々の大きな反響を呼んだ。
評判が評判を呼び、売れに売れた。
あらゆる芸術家達を刺激し、演劇や音楽、彫刻や絵画、紙芝居の題材にまでなった。
カインを断罪、あるいは称える別の本も数多出た。もはや社会現象だった。
シダック村の人々も、その本を読んだ。
「あのカイン先生が、こんな人だったなんて」
と、失望する者もいれば、純粋に、
「人造人間も、扱い方次第なんだなあ」
と、目からウロコを落とす者もいた。
本は重版に重版を重ねた。教科書に採用する学校もあった。ついには、特に優れた書籍のみが収蔵を許される、国の王立図書館に収められることになった。
やがて、国中のどこを探しても、その本のことを知らぬ者はいない程まで知名度は高まった。他ならぬ国王自身も、お気に入りの蔵書だと述べるまでに至った。
結果。その本は大変長きにわたり人々に読まれ、語られ、世代を超えて継がれていった。
カインの願いは、彼自身が思っていたよりも遥かに大きく、叶った。
その本のタイトルは、
『ツギハギ少女の英雄譚』
だった。
終わり
ツギハギ少女の英雄譚 不二川巴人 @T_Fujikawa
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