狩人(後編)


 *****


 翌日……

 雪は止み快晴の空、積もった雪で周囲は純白の世界が広がっていた。目の上に手でひさしを作って、遠くを眺めると青い空を背景に白の峰々の稜線がまぶしい。


 そこで、何気なくポストを見ると、驚くべき事が起こっていた。


「手紙が入っている! 」


 ポストに手紙が送られてくるのは、あたりまえのことだが、私には手紙をもらう相手はなく、郵便配達人も来たことはない。

 ここに住んで数十年になるが、飾りとも言えるポストに手紙が投函されたことは、これまで一度もなかった。

 

 そう、、なかったのだ。


 いったい誰が送ってきたのか、心当たりはまったくない。

 私は、震える手で手紙をとり出し、封をあけ、恐る恐る中身の便箋を開けた。

 

『突然のお手紙、失礼します。

 唐突ですがジョセフ様の、狩人の腕を見込んで、お願いがあります。私と一緒に、人助けをしてほしいのです』


 人助けだと……


 過去に私は、人助けどころか、その真逆のことをしてきた。

 つまり、多くの人命を奪ってきたのだ。

 この手紙の主は何をしたいのか、どこまで私のことを知っているのだ。しかも名前まで……いったい何者だ。

 

 ただ、この不可解な手紙に、警戒心とともに、変わらない毎日から脱却する生涯最後のチャンスのような気もしてきた。

 さらに、その手紙の続きに、苦笑いを浮かべるしかなかった。


『この星は氷河期に入り、もうすぐ全球凍結します。この世界にはもう、あなたしかいません』


 ……わかっているさ。

 そのとおり、この町、この星にはもう、私一人しか生き残っていないのだ。

 そして、最後の一行に


『明日の朝、港でお待ちしております。それと、おいしいコーヒーもありますよ』


 末尾の差し出し人の名は


 『クルミ』


 クルミ……

 いったい何者だ。

 こいつは私の正体、さらに過去の狼藉を知って、言っているのか。


 血塗られた来歴を……


 *****


 かつて私は多くの敵と戦った。

 大きな戦争、その後の泥沼の局地戦。

 これらの戦いで、私はこの星の人間すべてを抹殺し絶滅させた……そう命令されていたのだ。


 私はあらゆる兵器、戦術に精通している。

 この星を滅ぼすため、銃や爆弾、核兵器などの物理攻撃のほか、細菌、ガスなどの化学兵器、電磁波や、精神攻撃など、考えうる殺戮兵器を行使した。


 こうして数しれぬ町を消しさり、人類を滅亡に導き、その使命を完遂した。


 しかし、その後の指令がプログラムされていなかった。私を生み出した狂気たる親(プログラマー)にとって命なき世界のことなど、知ったことではないだろう。


 それは、呪縛からの開放だったが、私の存在価値がなくなったことをも意味する。

 私は行く宛もなく、荒廃したこの星の中で、最後にわずかな自然が残っている赤道直下のこの村に戻ってきたのだ。


 そんな私に、このクルミと言うやつは、何をさせようとしているのか。

 私の素性を知っているのであれば、悪魔なのか。あるいは、人助けと言うことは、私に贖罪しょくざいの機会を与えようという、神とでも言うのか。


 だいたい、人のいない世界で人助けとは………

 いずれにせよ、歳を考えれば、この不毛な世界から逃れる最後の機会だろう。


「しかし、コーヒー付きとは、まいった。放射能で汚染されたカフェのランチ以来だ」

 最後の料理だと言って出されたカレードリアと、主人のただれた顔の笑顔が瞼の裏に浮かび、柄になく涙腺が緩む


 私は、逡巡したあげく

「これはあらがえそうもない。行くしかないか」


 *****


 翌朝

 荷物をまとめると、長年住み慣れた家に鍵をかけ、行きつけのバーで残りわずかのムーン・シャインを鞄に詰めこんだ。

 その後、村を出て山を下り、久しぶりの海に向かった。



 港に着いた頃はすっかり夜になっていた。

 寂れた港には流氷がせまり、海面は護岸にわずかしか残っていない。


 そこには、これまで船影を見たことのない港に、この老いぼれを迎えるにふさわしい、一隻の古びた帆船が幽霊船のように船体を軋ませながら停泊している。


 私は護岸に接岸している船に近づくと、桟橋から月光を背景に小さな人影がおりてきた。

 よく見ると、まだ十歳前後の少女のようだ。


 私は息をのみ、その不可解で幻想的とも言える情景に、見惚れるとともに震え怯えた。

 それは、再び、あの忌まわしい殺戮の衝動に駆られるのではないか、あえかな少女を手にかけるのではないかと。


 そんな私の思いを知らずか、少女は全く怯えもせず躊躇なく私に近づいて来た。

 一方の私は、思わず後退あとずさりする。

 しかし、何故か殺戮衝動は起こらない。


 もしかして、この少女は私と同じ………


 少女は私の前に立つと愛くるしく微笑み、その白く小さな手で私の太くしわくちゃな手を握って、こう言った


「クルミです。コーヒーの準備、できてますよ」


 私は、うなずくと、少女に導かれて船に乗った。

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ムーン・シャイン @UMI_DAICH_KAZE

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