歩けメロス

春海水亭

メロスには物理学がわからぬ

 メロスは時速1235キロメートルで激怒した。

 音速で、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した。

 メロスには政治と物理学がわからぬ。

 メロスは村の超スピード牧人である。

 音速を超えた移動が自身の肉体に影響を及ぼさぬはずがないというのに、物理学というものがわからないのでなんとなくそれを帳消しにして暮らしてきた。

 けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 例えば、このようなくだらない話に対して物理的に問題点があるのではないかと抜かす者に対してである。

 物理学は一切履修していないので、確かにそういうことは全くわからないが、わからないなりにすべての問題点を無視しているのである。もしも、それをコメントなどで突いてみるが良い。

 良い歳をした大人がぐちぐちぐちぐちと愚痴る様を見ることとなるだろう。

 君だって泣きじゃくる大人に邪悪扱いされたくはないだろうよ。

 閑話休題。


 メロスは音速を僅かに超えた速さで村を飛び出し、十里離れたシラクスの市にカップラーメンが出来るよりも早くやって来た。

 メロスには父も母もいなければ、女房もいない。時速16キロメートルの内気な妹と二人暮らしだ。

 この妹が、村の律儀な一牧人と結婚するというので、メロスはこのシラクスの市にまでやって来て、花嫁の衣装やら、御馳走やらを買いに来たのである。

 

 メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。

 スピードはそれほどでもないが、テクニックの値が高く、このシラクスの市で石工をやっている。今日は結婚式の品々を集めるついでにこの男に会いに行くつもりであった。久しぶりの再会を思うとメロスの心も沸き立つ。


 さて、それらの品々を買い集め、時速8キロメートルほどに徐行して街をぶらぶらと歩いていたが、どうも様子がおかしい。

 真昼間だというのに、街の全体が薄暗くて、ひっそりとしている。

 空の一番高いところにある太陽の輝きを拒んでいるようである。

 それに、歩いていると隠しきれぬ血の匂いが漂っている。


 呑気に徐行していたメロスも法定速度を無視して駆け足になり、路を歩く若い衆をつかまえて、尋ねた。

 一体、どうしたというのだ。二年前のシラクスの市は昼間から酒を飲み、歌を歌って皆愉快に暮らしていたというのに。

 若い衆は首を振って答えなかった。


 十秒程歩くと、今度は老爺に逢ったので、今度は語勢を強くして尋ねた。

 老爺は答えず、メロスと正反対の方向に逃げようとした。

 しかし、老爺が振り返ったその先には既にメロスが待ち受けていた。


「残像か……」

「いかにもそうだ」

 老爺は目を閉じ、刀の柄に手をかけた。

 己を遥かに上回る速さの相手にしては、視界はむしろ己を惑わすだけである。

 皮膚感覚で敵を捉え、切り捨てねばならぬ。

 それが、今の老いた自分にそれが出来るだろうか――そこまで考え、老爺は自分があまりにも遅すぎたことに気づいた。

 メロスは老爺の背後に回り込み、両手で老爺の身体を揺すぶって、再び尋ねた。

 老爺はメロスの超スピードに観念し、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。


「王様は人を殺します」

「何故、殺すのだ」

「自身はパワー特化型であり、試さずにはいられないというのです」

「パワー特化型だと……」

 メロスはパワー特化型の人間が人の上に君臨するのを見たことがない。

 企業WIKIにも、インテリジェンスとカリスマ、そして最後にパワーをバランスよく振り分けろと書いてある。


「パワー特化型の王はたくさんの人を殺しました、王様の妹婿様を、インテリジェンス全振りの賢臣アレキス様を、暗黒絶命神デミウルアリアトを」

「驚いた、国王は強大なる己の力に呑まれているのか」

「いいえ、己の力に呑まれているわけではありません。ただ己の強大な力で人を殺すのが楽しくてたまらないと言うのです」

「それは割と呑まれているのではないか」

「この頃は御前試合と称して、シラクスの市の強きものも弱きものも問わずに、ひたすらに集めて殺して回っています。今日は人口の25%が王様によって殺されました」

 聞いて、メロスは激怒した。

「呆れた王だ。生かしておけぬ」

 メロスは、思考もスピード特化型であった。

 買い物を背負ったままで、音速よりも少し速く王城に入っていった。

 刃を構えたメロスは一本の矢も同然であった。

 正義感という弓によって放たれた矢である。

 邪智暴虐の王の心の臓を貫く矢である。

 王宮の階段を駆け上り、円卓の間へと一目散に走っていく。

 円卓の間――かつてシラクスの市が平和であった頃、王は家臣の意見をよく聞く男であった。故に、誰もが平等であるように上座も下座もない円卓を使っていた。

 しかし、今円卓の間は王の心を表しているかのように、玉座が最奥部にぽつんと置かれ、それ以外の椅子は全て蹴倒されている。

 円卓には上座も下座もない、だが上座も下座も玉座に座る人間には関係のないことだ。


「王よ、覚悟せよ!」 

 音速よりも少し速いメロスが短刀を構え、王の心臓を貫かんと駆けていく。

 果たして王はメロスの姿を捉えられたのか、玉座にゆったりと腰掛け、何の反応も見せない。

 殺せる――メロスの刃が王の皮膚を破り、筋肉に触れた。

 だが、それまでだった。

 パワー特化型の王の筋肉は、まるで鎖帷子のようにメロスの刃を絡め取ってしまった。

 なんたる強き力か、選ばれぬ者がエクスカリバーを抜こうとしているかの如きに、メロスは短刀を抜き取ることが出来ない。


「この程度の短刀で何をするつもりであったか……是非、聞きたいものだな」

 暴君ディオニスは静かに、しかし嘲りの声色を隠すこと無く尋ねた。

 身長はメロスとさほど変わりはないが、筋肉そのものが鎧を着ているかのように分厚い。

 目線を合わせながら、しかしメロスはディオニスを見上げている気分を味わった。


「市を暴君の手から救うのだ」

 メロスは勇気を持って答えた。

「お前がか」

 王は憫笑した。

「暴君の暴は暴虐の暴とでも思ったか?んん?スピード特化型なれば我が肉の鎧を貫けるとでも思ったか?暴君の暴は……暴力の暴よ!」

 瞬間、メロスは壁に叩きつけられた。

 これがパワー特化型――これが暴君の力というのか、筋肉が短刀を押し出す力でメロスは吹き飛ばされたのだ。

 

「王とは絶対の支配者……孤高の頂に立つ者よ、なれば我以外の者は全て塵芥ちりあくた。如何様にしても構わぬ、それこそが王の権利よ」

「違う……王は己の力に酔いしれ、呑まれているだけだ。心を改め企業WIKIを参考にステ振りを考え直してくれ」

「パワー全振りが正しいと教えてくれたのは、お前たち愚民よ。人の心など当てにならぬ。企業WIKIもエアプの奴が編集してるクソWIKIよ。人間は私慾の獣を心に宿し、己の利益のためならば何の痛痒も感じずに裏切ることが出来る……故に唯一信じられるのは己のパワーよ……このようにな」

 暴君ディオニスが天に手を翳すと、掌から光線が放たれた。

 恐るべき光線は天井を破壊し、雲を撃ち抜き、空を割り、世界に穴を空けた。

 見るが良い、空の穴を。穴からメロスたちを覗き込むのは魔界の獣ではないか。

 暴君ディオニスはその強大なパワーによって、空間すら破壊し別世界の門を開くことが可能になったのだ。


「愚かなスピード特化型の男よ、貴様のご自慢の足を我が強大なるパワーで千切り、残った身体は魔界に放り込んでやろう。魔界の獣はお前の肉をさぞ味わって貪るだろうよ」

「ああ、そうするが良いパワー特化型の王よ……人の心を信じられぬのは憐れだ、企業WIKIを信じられぬのは憐れだ、己の憐れに気づかぬまま生きていくが良い……しかし……」

 そうまで言ってメロスは僅かに目を伏せ、ぽつりと言った。


「もしも私に情けをかけるつもりがあるのならば、処刑までに三日の刻限を与えてください。たった一人の妹に亭主を与えてやりたいのです。三日の内に村で結婚式を挙げさせ、ここに戻ってきます」

「能力値をスピードに振りすぎたせいでインテリジェンスが足りぬようだな……」

 暴君はくつくつと笑いながら言った。

 暴君の心の中の溶岩が膨れ上がるような笑いだった。


「とんでもないデマを吐く奴だ、頭WIKI荒らしか?逃した小鳥が戻ってくるというのか?」

「マッハを少し越える速さで戻ってきます」

 メロスは断言した。

「しかし……」

 そしてはっきりと暴君に己の言葉を述べた後に、こう付け加えた。

「もしも私のことが信じられないというのならば、よろしい。この市にセリヌンティウスという石工がいます。テクニック全振りの私の竹馬の友ズッ友です。あれを人質として置いていきます。そして、もしも三日の刻限の僅かでも遅れたならば、そのセリヌンティウスを魔界の獣に食わしてやってください」

 それを聞いて王は、残虐な気持ちでそっとほくそ笑んだ。

 ほれ見たことか、いざ死ぬとなればこやつはいともたやすく己の友を売るのだ。帰ってこないに決まっている。そのスピードを逃げ足に使うに決まっている。騙されたフリをして、こいつを解放してやろう。そして無事に逃げた暁には人質を処刑した後に我が圧倒的なパワーでどこまでも追い詰めて殺してやろう。我を謀ったつもりの愚か者の安堵の表情を絶望に加工してやるのだ。

 そして私は言うのだ。

 やはり、信じられるものは我が圧倒的なパワーしかないと。


「良いだろう……セリンヌティウスだったか?そのセリンヌティウスを身代わりにしてやろう」

「セリヌンティウスだ、王よ」

「いいや、セリンヌティウスだ……セリンヌティウスを身代わりにしてやる。今からちょうど三日後までに帰って来い。遅れたらその身代わりを、生まれてきたことを後悔するような苦痛を我がパワーで与えて殺してやる……くく……」

 そして暴君は笑いを口の中で噛み殺していたが、やがて我慢できなくなって哄笑した。

「クカカカカカカァ!!!!遅れてこい!遅れてきたならば許してやる!貴様の罪を許してやる!人質を代償に我がパワーから逃してやろう!」

「なんだと!」

「命が大事だろう!我がパワーが恐ろしいだろう!愛する妹の幸せを見届けたいだろう!ほれ!逃げろ!逃げろ!お前の心はわかっているぞ!」

 メロスは再び短刀を構え、暴君に襲いかかりたくなった。

 この暴君はパワーだけではない、邪悪さも半端ない。

 だが、スピードだけではパワーには叶わぬ。

 メロスはただ、暴君を睨みつけるだけだった。


 しばらくして、メロスの前にセリンヌティウスが連れ出された。

 メロスの知らない男である。竹馬の友であるセリヌンティウスとは似ても似つかぬ。


「王よ!誰だこの男は!」

「ん?セリンヌティウスよ……おっとお前の友はセリヌンティウスだったか……うっかり間違えてしまったなぁ」

 暴君は顔を歪めて、邪悪に笑った。


「まぁ、良いではないか!お前が遅れてもお前の友は死なんぞ!死ぬのは無関係な男だ!」

「な、なんでヤンスか!?なんでオイラ連れ出されたでヤンスか!?」

 セリンヌティウスは見てて可哀想なぐらいに狼狽している。

 メロスはこの憐れな男の肩に手を置き、その男の目を見て言った。


「すまぬ……すぐ戻ってくるから……しばしの間人質になってはくれないか?」

「な、なんでヤンスか!?なんでオイラがこんな目に!?」

 どこまでも狼狽えるセリンヌティウスは何もわからぬままに、王の圧倒的なパワーで埋め込まれるようにして壁に磔にされた。


「ギヒェ~~~~~~ッ!!!!!」

「すまない……すまない……知らない人……!!」

 己の目論見の何たる甘いことか。

 まさか暴君がここまで邪悪であったとは。


 メロスは憐れにも咽び泣くセリンヌティウスに近づき、耳元でそっと「必ず戻る」と告げた。


 そして赤く燃える空の下、メロスは韋駄天と化し、音速の壁を突き破った。

 そして太陽が地面に口づけて、空に別れを告げるよりも早く、メロスは村に戻った。


 そこそこにスピードにパラメータを振った妹が兄の代わりに羊の番をしている。

 メロスは顔を蒼白にして、妹に言った。

 妹はメロスの異様な顔色の悪さに驚き、何度も理由を尋ねたが、メロスはただ黙って首を振り「イモスよ、私は市に用事を残してしまった。結婚式が終わったならばすぐに市に戻らねばならない。明日お前の結婚式を挙げよう。結婚式もスピード全振りの方が良かろう……待ってもしようがない、お前は明日夫婦となるのだ」

 イモスは顔を赤らめた。

「嬉しいか、企業WIKIを参考にきれいな衣装も買ってきた。これから村の人達に言ってくるが良い、結婚式は明日である、と」

 メロスはそれから音速よりも僅かに早く移動し、家に帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を整え、それからメロスの妹の夫であるイモスノオットスの家に向かった。そして結婚式を明日にしてくれ、頼み込んだ。

 イモスノオットスはメロスの言葉に慌てて、何の準備も出来ていない。せめて、葡萄の季節になるまで待ってはくれないかと言った。

 メロスは命を削り葡萄の成長を早め、そして再び深く頭を下げた。

 果たして何の理由があるのか、イモスノオットスにはとてもメロスの事情が想像できぬ。

 しかし、そこまで頼み込むのであるのならば、とイモスノオットスは頷き、翌日の朝から結婚式が行われることとなった。

 翌日、白く美しく着飾ったイモスを見て、メロスは薄っすらとほほえんだ。

 式は盛大に行われ、人々はメロスの家の中で、歌い、はしゃいだ。

 しかし、メロスは部屋の隅でじっとしたままである。

 何かがおかしい――そう気づいた時にはもう遅かった。

 残像である。

 メロスは結婚式に残像一つ残し、既にシラクスの市に向かっていた。


 別れの言葉一つ無いのは、おかしい。

 結婚式場がどよめく。

 村の人達が、イモスノオットスが、イモスがメロスを追おうと村を出る。

 だが、スピード全振りのメロスに追いつけるものは誰もいない。

 

「歩いてくれメロス」

 誰かが言った。

「歩けメロス……君の速さに我々が追いつけるように」


 嗚呼、メロスは心の中で思った。

 死に向かう己が、この世でもっとも美しいものを目に焼き付けることが出来て良かった。この世でもっとも尊く、幸福な光景を目に焼き付けることが出来てよかった。

 それでいいのだ。

 結婚式で村の人々と語り合い、イモスとイモスノオットスに言葉の一つでも遺してやりたかった、世話をした羊の一匹一匹に口づけをして回りたかった。

 だが、己はスピード特化型のメロス、結婚式を楽しむことは己の処刑RTAのガバ要素になる。


 今行くぞ、知らない人よ。

 友情にはいくらでも甘えることができよう、だが何も知らぬ人に甘えることは出来ぬ。

 どうか悪夢であったと忘れてくれ、今メロスが処刑されに行く。

 後悔すらも振り切って、最速で処刑されてやろう。

 王の圧倒的なパワーに屈さぬものがあることを教えてやろう。


 メロスは音の壁を突き破り、別れの言葉すらも置き去りにして、村を去った。

 そして機械が動かしているかのごとく正確さで、寄り道無くシラクスの市へと戻った。


「……まさか、な」

 暴君は青白い顔をさらに青くして、メロスの顔を見た。

 まさか、戻ってくるとは――それも、こんなにも早く。


「も、戻ってきてくれたでヤンスか~!?」

「あぁ、戻ってきたぞ、知らぬ人よ」

 メロスは深く埋め込まれたセリンヌティウスを解放すると、その壁の穴に自らが嵌った。


「何故だ……我は貴様に圧倒的なパワーを示した……!そしてお前の代わりに人質になったのはお前とは一切関係のない人間……それが何故……何の躊躇もなく戻ってきた……!」

 暴君が目に見えて動揺するのを、メロスは憐憫の目で見て、言った。


「王よ、貴方は人を信じられぬと言った……信じられるのは己だけだと、だが……見よ!王よ!」

 磔になったまま、メロスはセリンヌティウスを見た。

 知らぬ人間に命を委ねられ、己の力ではとても抜け出せぬ牢獄に追いやられた者を。


「自分すら信じられず……諦めざるをえない状況にいる者がここにいる……いや、ここにいたぞ……!とても、このメロスを信じられなかっただろう!メロスはどこまでも逃げていき、己はただ処刑されるだけだと思ったであろう!だからこそ、メロスは戻ってきたぞ!」

 メロスは叫んだ。天の穴から覗く魔界の獣はメロスが来るのを今か、今かと待っている。


「傷つけられるかもしれない、裏切られるかもしれない、それでも……己がまず相手に信頼を示さなければならない」

 セリンヌティウスは目を潤ませて、メロスを見た。

 その場に跪き、何度も感謝の言葉を繰り返しながら。


「貴様は……」

 暴君は重々しく口を開いた。


「何のためにスピード全振りにした」

「誰よりも速く、人を救うためだ」

 暴君は呵々大笑し、メロスの腕を取り、壁から引っこ抜いた。

 放り投げられるように、メロスは宙を舞い、空中で三回転し円卓の上に着地した。


「……名前を聞いておこうか」

「メロス」

「そうか、使えメロス」

 暴君は帯刀した剣を放り投げ、メロスに掴ませた。

 どれほどの血を吸ってきたのか、しかしその切れ味は一切鈍ること無く神話級神殺せるレベル


「その剣とお前のスピード……組み合わせれば、この暴君をも殺せるぞ」

 暴君の言葉にメロスは静かに剣を構えた。

 正義感という弓によって放たれる矢のように。

 音よりも速く放たれる矢のように。


「メロスよ、いつまでもお前は走り続けるつもりか」

「いつまでも走り続けよう」

「いいだろう、走れ……メロス!」

 メロスは音よりも速く、暴君へと向かった。

 その剣はまっさきに暴君の心臓に、愚かなる王の心臓に。


「……何故だ」

 メロスの剣は暴君の胸の前でぴたりと止まっていた。

 メロスは穏やかな表情で言った。


「もう、暴君は死んだ。パワー全振りの暴力君主は死んだ。ここにいるのは力を正しく使える王だ」

「愚かな……お前が我を殺さぬのならば、このパワーをお前にぶつけてやってもいいのだぞ!」

「私は王を信じよう」

 ディオニスはその場に崩れ落ち、はらはらと涙をこぼした。


「今更、我にどうしろというのだ……」

「知らぬ、私には政治がわからぬ。だが、正しき王であるディオニスならば知っているはずだ、王という立場で人を救う方法を。パワーを活かす方法を」

「民は我を許さぬ」

「ならば、それが罰だ。お前を信じぬ人々をお前が信じるのだ」

 メロスはふうと大きく息を吐くと、剣を捨て村の方を見た。

 結婚式はまだ続いているのだろうか。


「オイラ……よくわかんねぇでヤンスけど……けど、ディオニス王の恐ろしいパワーが正しいことに使われるってなら良いと思うでヤンスよ!」

 セリンヌティウスが言った。

 暴君が虐げた民の言葉だった。


「人の心は信じられぬか、自分の力しか信じられぬか、しかし赦せることもまた人の強さだ、王よ」

 泣き崩れるディオニスを後に、メロスは村へ向けて動き出す。

 早く結婚式へ行きたい、まだ御馳走が残っている。

 イモスともイモスノオットスとも村の人々とも言葉が交わし足りない。

 だが、村へ行く前にセリヌンティウスに会っていこう。


 今だけは、ゆっくりと歩いていこう。


 歩けメロス、終わり。

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