つかれたらつきかげあびよ 3

naka-motoo

つかれたら学校へいこう

 たいちゃんがわたしの部屋へやにいそうろうし始めてはじめてから二週間が経たった。そろそろ気付くよね。


「ねえ、なみ、聞いていいか?」

「う、うん。なに?」

「この時代は学校って無ないのか?」


 きた。

 そりゃあそう思って当然だよね。別に夏休でもないのにわたしがずうっと家にいて家事とかおばあちゃんの畑のお手伝つだいとか近くのおじぞうさんにお花を上げたりおそなえものしたりばかりしているんだから。


「わたしね」

「うん」

「不登校なの」


 たいちゃんはだまったまま。

 でもしばらくしてわたしのベッドに腰かけて、フローリングに着かない足をぶらぶらさせながらこう言ったよ。


「なあんだ!なみもかあ?」

「へっ?」

「オレもリアル登校しない派なんだ」

「・・・リアル登校・・・?」

「そうだよなあ。だいたい通学時間んだってもったいないしインフルエンザの季節なんかわざわざ学校行ってまんえんさせるのなんかバカらしいもんなあ」


 たいちゃんの時代が未来なのか過去なのか時空が違うのかはよくわかんないけど、今でいうオンライン授業と対面授業のどちらを受けるかは選べるらしい。

 たいちゃんは今でいう小中高すべてオンラインでの授業を選び、一度も学校の校舎こうしゃというものへ行いったことはないらしい。


「うらやましい・・・・・」

「ん?なみもそうなんじゃないの?それとも何かシステムが違うのか?」

「わたしは、つまり・・・・・授業に参加してない」

「ん?」

「引きこもりってこと!」


 どうやらたいちゃんには『引きこもり』という概念がわからないらしい。わたしはできるだけわかりやすいように説明してあげた。


「つまりオンラインだろうが対面だろうが学校がっこうの授業じゅぎょうに出席しないの」

「ふうん。で?」

「それでもって家にいて学校とか外の世界とかに出ていかないの」

「ふうん・・・・・じゃ、なみは『引きこもり』ではないんじゃないの?」

「えっ?」

「だってさ。家事とかお手伝つだいとか畑仕事とかしてるしさ。この間なんかクマを撃退しちゃうし」

「げ、撃退なんてしてないよ」

「まあクマを助けてあげたみたいな感じになったし」

「それはそうかもしれないけど・・・・」

「で?どのぐらい授業に参加さんかしてないの?」

「夏休みの前からだから・・・・これで一ヶ月ぐらいかな・・・・」

「なあんだ。長い人生のたった一ヶ月か。そういう時ときもあるさ」

「・・・・・理由、聞かないの?」

「言いたくなきゃいわなきゃいいし、言ってもいいかな、って時になったら言ってくれたらいいよ」


 た、たいちゃん、大人だ。

 っていうか、じっさい大人だもんね。これで四才の姿してるんだからひきょうだよね。


 コンコン、ってノックの音がした。


「なみちゃん、たいちゃん、入ってもいいかい?」

「ど、どうぞ」


 おばあちゃんだった。

 わたしは勉強机のいすから立ち上がっておばあちゃんにクッションをしいてあげた。おばあちゃんはきれいな正座をして、話はじめた。


「たいちゃんの話なんだけどね。四才でしょう?幼稚園とか行ってたのかい?」

「おとさん。ボク、行ってなかったんだ」

「あら、そうかい。どうだい?行ってみたいとか思うかい?」

「うーん。おとさん、近くに幼稚園あるんですか?」

「小学校と同じ敷地にあるよ」

「ふうん・・・・・・・」


 どき。

 なんだろ、嫌な予感。


「なみ・・・・ちゃん。ボク、なみちゃんに幼稚園に連れてってもらいたいな」

「えっ!?」

「おやまあ。わたしが送り迎えしてあげようと思ったんだけどね」

「ほんとはおとさんに連れてってほしいですけど、なみちゃんでいいです」


 なみちゃんでいいです?

 なにそのわたしの意思とか気持とかプライドとかを無視した言い方はっ。


「なみちゃん。どうするかい?」

「・・・・・・・・・・送り迎えだけなら」

「そうかい。じゃあお願いしようかね。入園の手続きはなみちゃんのお母さんがしてくれるから、明日からたいちゃんを連れてってくれるかい?」

「・・・・・はい」


 幼稚園にたいちゃんを連れていくってことは、わたしが小学校の敷地に入らないといけないってことだもんね。


 さけられないもんね。


「おはよう、なみ」

「お、おはよう、たいちゃん」

「いよいよだな」

「うん。そうだね」


 初登園えんのたいちゃんよりもはるかに緊張きんちょうしているわたしをたいちゃんがめずらしく気遣ってくれてるみたい。

 だって、朝ごはんの時もたいちゃんの大好物のキウイをふたきれも分けてくれたし、玄関を出るときもレディファーストだって言ってわたしを先に外に出だしてくれたし(これが気遣いかどうかは微妙だけど)。


 ああ

 やだな

 がっこう、やだな

 がっこうなんて、かいじゅうがはかいしてくれればいいのに

 そしたらどんなにきょうぼうなかいじゅうでも

 わたしぜったいいえでかってあげるんだ


「なんだそれ」

「がっこういやだのうた」

「小学生しょうがくせいかよ」

「小学生しょうがくせいだもん。学校行いってないけど」


 着いちゃった。


「た、たいちゃん・・・・」

「なんだよ」

「ここがわたしの小学校・・・・」

「『「市立石割小学校』」イジワル小学校?」

「イシワリ小学校」

「なんだかいじめが多そうな名前だな」


 そのとおりだよ

 いじめ、つらかったよ

 みんなみてるよ

 みないでみないで

 いじめやだよ

 いじめつらいよ

 みんなわらってるよ

 わらわないでわらわないで


「それは?」

「いじめやだのうた」

「そっか」


 たいちゃんが突然わたしの手をひっぱった。


「なみおねえちゃん、ありがとう!」

「えっ?」


 そのまま立ち止まらずにひっぱりつづける。


「なみおねえちゃん、やさしい!いつもボクにしんせつ!おとさんにもしんせつ!なみおねえちゃんのお母さんにもしんせつ!みんなにしんせつ!」

「ちょ、ちょっとちょっと」


 クスクスクス

 って声がする。


 み、みんなわたしを見てわらってるんだ。


 でもたいちゃんはそんなことおかまいなしにわたしの手をひっぱった。


 ボクはなみおねえちゃんがだいすきだ!

 だってとてもみりょくてきだ!

 なみおねえちゃんをきらいなひとがいるわけない!

 なみおねえちゃんはかわいい!

 なみおねえちゃんはやさしい!

 なみおねえちゃんはいいひとだ!


「た、たいちゃん、それ・・・・・」

「はは。『なみおねえちゃんだいすきのうた』」


 あっという間に幼稚園に着いたたよ。

 わたしはたいちゃんの入る『トクマシ幼稚園』の園長せんせいにあいさつする。


「た、たいちゃんをよろしくお願いします」

「はい。わかりましたよ。心配ありませんよ」


 なんだかおばあちゃんに似たふんいきの女のひと。

 えがおでわたしにそう言ってくれた。


「じゃあ、なみ」

「うん」

「むかえにくるの、待ってるからな」

「うん」


 もう学校の授業は始まったからグラウンドを横切わたしを見るひとはいないよ。

 だれもいない。


「た、たいちゃんいますか?」

「あらぁ、なみちゃん。あそこにいるわよ」


 たいちゃんのいる『トカゲぐみ』さんの担任のナツキせんせいが指さしたところをみると、たいちゃんは女の子と一緒にブロックで遊んでた。

 まったく、二十才なのに四才の女の子とおんなじに遊べるなんて、どうなってるんだろう。


 でも、見てるとそのわけがわかったような気がした。


「ほら、エンコちゃん。これがエンコちゃんのおうちだよ」

「わあ、たいちゃん、ブロックじょうず」

「エンコちゃんだってじょうずだよ。ほら、このまど用のブロックをふたつくみあわせるとね、ドアみたいになるでしょう?」

「うん、うん。ほんとだね」

「エンコちゃんはおばあちゃんっているの?」

「うん、いるよ」

「いっしょにくらしてる?」

「ううん。別の家いえにくらしててね。グループホーム、っていうんだって。なんだか幼稚園みたいなね、おじいさんとかおばあさんがおおぜいいっしょにに暮らしてるところだよ」

「そうか。じゃあさ、もしエンコちゃんの家におばあちゃんがお泊まりしにくることがあっても困らないようにおばあちゃんのお部屋も作ってあげようか」

「うん!わたし、そうする!」


 たいちゃん、やさしいもんね。

 男の子に対してはどうだかわかんないけど。


「たいちゃん。なみおねえちゃんがお迎えにきてくれたよ」

「はーい。じゃあ、エンコちゃんまた明日ね」

「うん。たいちゃん、また明日」


 わたしはたいちゃんをからかった。


「たいちゃんモテモテだね。エンコちゃんっていうの?かわいい子だね」

「何なに言ってんだよ。四才の女の子相手だから気を遣つかうんだよ」

「じゃあ・・・・・十一才の女の子相手だとどう?」

「さあね。どうだと思う?」

「さあね」


 学校は放課後になってる。

 だからみんなグラウンドに出てきてる。


 クスクスクス

 ヒャヒャヒャヒャ


 ほらまたわらい声


 今度はわたしの方からたいちゃんの手をにぎったよ。


 そして歌った


 たいちゃんはほんとうはいい子

 たいちゃんはほんとうはやさしい子

 たいちゃんはほんとうは紳士

 いつもは照れてるだけなのさっ!


「な、な、なんだその歌は!?」

「『たいちゃんふだんはめちゃくちゃだけどほんとはやさしい』の歌」

「ほっとけ!」


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