一三五四年四月、一人の名宰相が死んだ。
名を北畠親房。またの名を准后。息子の顕家の将才が著名であるが、彼もまた豊かな知見と謀才を持つ名臣であった。
『年明けこそ鬼笑う』
その老人の不気味な遺言が、南北朝に別れた日ノ本を動かす。
すなわち、足利尊氏の子でありその弟直義の養子、直冬の挙兵。
観応の擾乱から始まる足利の骨肉の争い、建武の乱から始まる北畠家との因縁も佳境を迎えつつあった。
果たして鬼の意味するところは、何か――?
基本は中央の戦いがメインとなりながらも、関東からの視点を中心にしてくれるのが、この作者さんのシリーズを追っている者にとっては嬉しいサービス。
これはあまり語られることのない太平記の後の物語。
その流れに詳しくない人でも大丈夫なよう分かりやすく、短くまとめられた構成となっているので、是非とも身構えずに手に取っていただきたい良作です。
作中の時代は、複雑怪奇で分かりにくい。
たとえば、登場人物の名前や舞台を、中世ヨーロッパ風にして、歴史に詳しくない編集者に読ませたら、「設定と人間関係が複雑すぎる」「人物の行動に合理性がない箇所が散見される」「ストーリーにリアリティがない」などと言われそうな時代である。
理解と説明が難しい時代なのだ。
そういう書きづらい時代を題材に選んだ作者だが、話を絞り込むことでうまく対応できているように思われる。
何というか、「説明しないこと」により、とくに、この時代にくわしくない読者を惑わせないことに成功しているように思う。その点、勉強になった。