第388話.ソースイの主張

 俺とムーアは、グレーターキューピッドを指差しながら会話する。一瞥しただけで、その後は顔は横を向き、グレーターキューピッドの姿すら見ていない。それは俺とムーアが見ていなくても、精霊達の複数の目で一挙手一投足を見ているから。体や指の僅かな動きだけでなく、気配や魔力の動きと幾つもの探知スキルが発動している。

 だがグレーターキューピッドは、そんなことは知るわけがない。声が届かなくても、俺とムーアは余裕を見せているにしか見えない。


 それは進化したグレーターキューピッドの自尊心を大きく損なう。俺達にそんな意図はなかったが、勝手に事態は進んでしまう。


 激昂し怒りの感情が頂点に達すると、グレーターキューピッドが、大きく翼を広げる。


「お主ら、お喋りはそこまでにしておけ。魔力が集まっておるぞ」


 イッショがグレーターキューピッドの魔力変化を探知し、俺とムーアに注意を促してくる。


「相変わらず、イッショは勤勉だな」


『そうね、怒りの感情じゃなく魔力変化に反応するんだから』


「うるさいわ、集中しろ。何か仕掛けてくるぞ!」


 グレーターキューピッドの翼に魔力が集まり、今度はそこから何かが放たれるが、過去に気配探知スキルで経験したことがある感覚。


「剣羽根か!」


 流石に剣羽根で攻撃されたとなれば、ラガートが黙ってはいない。まだロードにまで進化していない中途半端な存在が、剣羽根の攻撃を仕掛けたことに怒りを隠さず、すかさず翼を広げて剣羽根で応戦体制をとる。


「ラガート、待て!」


 それに若干不満げではあるが、前にいるソースイが黒剣を上に翳したことで、ラガートの放った剣羽根が僅かに逸れて放たれる。ラガートはハーピーの上位種としての力を示そうそしたが、ソースイのやろうとしていることは違う。


 ソースイは、まだソーウンに力を示していない。ソーウンは何も言っていないが、ソースイのことを知っている。正確には、ソースイの父親のことを知っているのだろう。だからこそ、真っ先にソースイの黒角に関心を示した。


 オニ族でもなく闇属性でもなく、ソースイの生きている存在を見せつける為の力。


「グラビティ」


 目には見えないが、空気の変化はソーウンに伝わっている。警戒しているグレーターキューピッドに攻撃されているにも関わらず、鋭かった目付きは変わり、子供を見守る親の目になっている。


 そして、グレーターキューピッドが放った剣羽根は、グラビティの影響を受けると遥か手前で落下してしまう。

 その点、ラガートの放った剣羽根は軌道を変え、グラビティの効果範囲を迂回するようにしてグレーターキューピッドに迫っている。


 しかし、グレーターキューピッドは何が起こったかを把握出来ていない。力の差を感じるのではなく、さらに怒りの感情が増幅され、遠距離ではなく急降下して直接攻撃を仕掛けてくる。


 まずの標的は俺ではなく、剣羽根を落としたソースイ。剣羽根を落とされたことへの怒りなのか、1番近くに居たからなのかまでは、感情の声を聞き取ることは出来ない。


「何も考えてないな」


『落とされた剣羽根の気持ちを知りたいんでしょ』


 少し考えれば分かりそうだが、何の警戒もなく突っ込んできたグレーターキューピッドは、1番重いカボチャ頭から真っ逆さまとなって落下してくる。


 砂地ではあるが、ドンッという鈍い音とともにグレーターキューピッドの上半身は、砂の中に埋まってしまう。だが体の消滅が始まらないのなら、グレーターキューピッドには致命傷を与えれていない。


「ウィンドウトルネード」


 埋まってしまったグレーターキューピッドを砂ごと吹き飛ばすと、まだ頭には傷1つない。強固な体はジェネラル以上で、ポツポツと黒ずんでいる箇所があるのは、傷んだりカビているのでなく進化する前兆。


『思ったよりも渋いわね』


「ソースイでも倒せれば、楽なんだけどな」


 上位種の魔物までになってしまえば、今のところ俺のマジックソードで魔石を破壊するしかない。そんなに高頻度で、レッサーキューピッドが大量発生するとも思えないが、低層で俺にしか倒せない魔物が発生すれば、やはりダンジョンに潜ることは考えれ直す必要がある。


「カショウ様、まだ終わってはいません!」


 天へと翳した黒剣は、グレーターキューピッドを指し示す。

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精霊のジレンマ~古の記憶と世界の理~ さんが(三可) @sanga3

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