ひとを ころしては いけない

どくどく

ひとを ころしては いけない

 最初は猫。野良猫を捕まえ、背中を一突き。その後で遊ぶように四肢を切り刻み、最後に首を裂いた。


 次は鳥だ。鳥を捕まえるのは難儀だったけど、罠を仕掛ければ容易い。捕まえた後は人目が付かないところで切り裂いて、最後は首を斬る。


 珍しい所ではネズミ。いまどき街中にネズミなんてそうそうみられない。偶然見つけた時には思わず喚起した。計画だって追い詰め、捕らえた時には興奮したね。


 犬は人が寝静まった時に侵入して奪い取った。あいつらは勘がいいからね。吠えられないようにするのに苦労したよ。でも苦労の甲斐はあったね。最後までやり切った達成感はむ格別だった。


 ここまでやればさすがに噂になったのか、警戒の空気が町中に広がっているのが分かった。動物バラバラ事件。警察も動いているらしく、尋問されることもある。思ったよりも優秀だ。


 監視カメラが町中にたくさんある時代だ。怪しい行動をすればすぐにわかる。だけどそれは監視カメラに映らなければ怪しまれないということだ。死角なんてその気になればすぐに見つかる。


 そしてその凶刃が人間に向くのは、さしたる時間はかからなかった。


◇          ◆          ◇


「ごめんね、お嬢さん。縛られたところ痛くなかった?」


 男は一人の少女を見下ろしていた。名前は知らない。夜一人で歩いているところを誘拐したのだ。どこかの学校の制服を着ているみたいだけど、どこの学校かは知らない。学校帰りに塾に行ってその帰りと言ったところか。


 この少女を選んだ理由は特にない。獲物の猫を観察していたらを探していたらたまたま目がついて、たまたまカメラの死角にいて、誘拐できそうだなと思っただけだ。口を押えて強引に車の中に連れ込み、縛ってから声をあげられないようにする。何が起きたのかわからないとばかりに困惑していた少女は、そのまま抵抗の間もなく拘束される。


 車を走らせること2時間。たどり着いたのは廃棄された和風旅館。そこに一室に投げだされる。拘束を解きながら、男は申し訳なさそうに少女に言う。自分が拘束したことなど、意にも介していないように。


「あ……あなたは誰なんですか!? ここは!?」

「いいねぇ。その反応。俺は……殺人鬼さ。聞いたことあるだろう? バラバラ事件。アレ、俺がやったんだ」


 男は笑う。言葉の内容に少女は二の句を告げずにいる。


「最初は動物だけで満足していたんだけど、飽きちゃってね。で、人間を殺したくなったんだ。縛ったまま殺してもよかったんだけど、それじゃあ面白くないもんね。だからゲームをしようじゃないか」


 男は言葉を続ける。ゲーム。人間を殺すときは、常にそうしてきた。


「今から3分だけキミに時間をあげよう。その間、好きなところに逃げるなり隠れるなりしていいよ。もし朝が来るまで逃げ切ったら君の勝ち。だけど捕まったら……どうなるかなぁ?」


 意地の悪い笑み。相手に想像させて、恐怖を煽るように言葉を濁す。


「建物の外に逃げてもいいよ。だけど夜の山は危険だからねぇ。旅館の中で隠れるほうがまだ安全かもね。どうするかは、キミが決めていいよ」


 希望を与え、その希望を砕いて絶望に落とす。その表情がたまらない。ああ、この少女はどんな顔で許しを請うのか。どんな泣き顔で愉しませてくれるのか。それを想像するだけでも笑いが止まらない。


「なんで……?」


 少女は問いかける。訳が分からないという顔で。


「なんで、どうして人を殺そうと思うんですか!? 人殺しはよくないって、思わないんですか!?」


 ああ、つまらない。この期に及んでそんな正論とは。あるいは現実を受け止められないのか。まさかそんなつまらない倫理にほだされて納得すると思っているのか。


「逆に聞くよ。なんで人を殺したらいけないんだい?」


 問い返す男。別に無知と言うわけではない。ただこの手の問いにはこう問い返すと決めているのだ。


「ほ、法律で禁じられているから……」

「法律? じゃあ殺人が認可される法律ができたら人は殺していいんだね? 国と言うコミューンが人殺しを是とすれば、人殺しは問題ないんだ?」


 嗤いながら答える。少女はさらに続けた。


「こ、殺された人には家族がいてその人が悲しむから……」

「じゃあ天涯孤独の人間は殺してもいいってことだね? 悲しむ人がいない友人もいない、そういう人は殺して問題ないんだ?」


「自分がされたら嫌なことは、しちゃだめって……」

「殺されてもいいって思ってる相手は殺していいんだ? 死にたいって思う人間なんか探せばいくらでも出てくるよ。大事な物を守るために自分を犠牲にする人もいるしね」


「死んだら、それでおしまいだから……」

「人間いつかは死ぬんだよ。世界中でどれ気の命が失われて、おしまいになっていると思うの? 死が悪っていうなら生きること自体が悪だよ」


「命の価値……」

「命に価値なんてないよ。大体お金とかそういうのでやり取りできるわけじゃない」


「人殺しが許されたら、誰が殺しに来るかわからない不安だらけの世界になるから……」

「そうだね。でもそれが自然なんじゃないかな? 自分以外は全部敵。油断すれば死んでしまう。それが生きるってことだと思うけど」


 言葉は通じない。常識は届かない。当然だ。価値観や常識は人それぞれ。好きな異性の好みが違うように、常識の物差しも違う。男のそれは一般的な常識とかなりかけ離れているだけに過ぎない。


「それでも、人殺しは、ダメです」


 震える声で、はっきりと言い放つ少女。言葉で説得することはできないと分かっていても、それでもすがるように告げる。


「そうかい。残念だけど3分経ったから殺させてもらうよ」


 肩をすくめる男。せっかくの時間を無駄に使ったな、と言う呆れが表情に出ていた。男はそのまま右手を少女に見せつけるように掲げる。


 その手が見る間に変形して、刃を形成していく。わずかに歪曲した形状のまま鋭くなっていく。日本刀を思わせる鋭い肉の刃。


「え……? その手は?」

「ああ、これが俺の武器さ。これでいつも獲物を切り裂いているんだ。

 便利だろ? 出し入れも自由で警察に凶器の特定もされないからな」

「あなた……人間、じゃない……? あ、は。あははははは」


 力が抜けたような少女の声に、男は愉悦の笑みを浮かべる。


 嗚呼、最高だ。この瞬間が一番興奮する。相手が人間じゃないと分かったときの獲物の諦念。心が壊れた瞬間。自らの理解を超えた時の表情。


「ああ、人間なんて下等な存在じゃない。俺は――」


 嗤いながら少女を見た。絶望よりももっと下があると知った人間の乾いた笑い声。狂い、そして壊れた瞳。そう、今の少女のような壊れた――


「あはは。なあんだ」


 壊れたような瞳の少女は、白鳥が飛び立つような優雅な動きで男の右腕を斬った。


「じゃあ、ころしていいよね」


 どさり。切られた右手が床に落ちる。


「…………え?」

「あなたは、にんげんじゃないから、ころしていいよね」


 少女の手に握られているのは刃物。動物の四肢を切り裂くのに適した大きさの、鉈。十分に研がれてあるのか、易々と肉を裂く。


 少女は何故、危険と言われる状況下、夜一人で歩いていたんだろうか?

 監視カメラの死角にたっていたのだろうか?

 何故、こんな武器を持っているんだろうか?

 なんで俺が追っていた猫の近くにいたんだんだろうか?


「貴方が下手にやるから、最近はやりにくくなったんだよね。

 やるならバレないようにやってよ。死体もきちんと処理してさ」


 そういえば、なんで警察はあんなに早く動いたんだ?


 まるで今まで尻尾を出さなかった犯罪者の尻尾を、つかんだかのように。


「おしえてあげるね。どうしたらバレないようにできるか。どこまで細かくしないといけないのか。

 


 ――ザシュ!


◇          ◆          ◇


 その夜以降、動物や人をバラバラにする事件は起こらなくなった。捜査は長年続くが犯人は特定できず、警察は最終的に捜査を断念することとなる。

 またこの街は昔から事件にはならない程度の頻度で動物の行方不明事件が時折起きているという。SNSや張り紙などを使って捜索はされるが、見つかることはない。


「あ、ネコちゃん可愛いねー」


 少女は猫を見つけ、ほにゃ、と柔らかく微笑んだ。

 壊れたような瞳で――

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